追い込まれる様に、誘われる様に
その女は薄暗い坂道をコツコツと音を立てながら上がってくる。
確かに自分の歩くリズムにとても似ている。
女が外灯の下を通ったとき、
その女は坂の上を向いて笑っていた。
諒子にはその笑みがとても卑猥に映った。
いやらしい笑みを口元に湛え、
収まらずその卑猥さを歩く体全体にまとわせている。
自分を凝視している諒子に女は笑いながら近づいてくる。
諒子はまるで鏡の中から出てきた自分を見ているような錯覚にとらわれた。
しかし、自分は笑っているはずはない。
どうして鏡の自分が勝手に笑っているのだろうか。
そうしているうちにも女は勢いをそのままに諒子のいる丘の上に近づいてくる。
今まで感じたことのない潰されてしまいそうな緊張に諒子は体を縛られた。
女は何者なのだろう?
そういう疑問がとんでもなく悠長に思えるほど、諒子は追い込まれていく。
その女は自分に近づいてくる、
自分に接近して自分に接触するのだろうか? その時、女は自分に何をするのだろう?
もしかすると女は自分を飲み込んでしまうのではないか。
女がさらに近づいてきている。
諒子は女の目に捕らえていた。
大きくなる靴音に怯え、迫る女に諒子は目を閉じた。
女はオーデコロンの香りを残し、そのまま諒子の脇を通り過ぎて諒子を置いていった。
「ちょっと! あんたなにものなの?」
恐怖から一瞬自由になったその解放感が、
消え入りそうになっていた彼女の体を逆流するように女を追撃するような一言を言わせた。
女は立ち止まって振り返った。
その顔からは卑猥な笑みは消えていた。
改めて諒子は彼女はまるで自分の分身だと感じた。
ーあなたにそんなこと言う必要はない。
ー本当はわたしが誰だが知っているでしょ――。
女は確かにそう言ったように聞こえた。
そう言って、シラキ産業のガラス戸を中へ入っていった。
そこに入ろうとする刹那、
女は坂の下の諒子を見下ろして、
また笑った。
確かめることができないほどの一瞬の出来事ではあったが、嘲笑うかのように、
また見下すように淫靡な笑いを諒子に投げつけるように向けた。
そして彼女は部屋の中を真っ直ぐ見て入って行ったのだった。
そのとき、
諒子は女が白木にこれから抱かれることを、黙って諒解した。
諒子は自分の右手を見た。
そこには置き忘れてしまったはずの桜色のハンカチが握られていた。
自分を焦がしてしまうようなあせりのやり場を求めるように、諒
子は白木産業の裏手の林に駆け込んだ。
一度だけ入ったことのある社長室は建物の奥にあった。
その社長室のさらに奥に、
もう一つ部屋があり、
夢で諒子はその部屋で白木に抱かれているのだった。
夢ではその部屋の窓外は緑の木々があった。
ー林からその部屋が覗けるはず。
ー建物の奥からならその林に入れる。
つづく