迷い
五時半を少し回ったくらいに諒子は桜木町の駅に着き、駅近の立ち飲みバーで時間を潰した。
開店したばかりの店内に人はまばらだ。
まだ明るい外には大きな観覧車が見える。
5:43と観覧車が時間を知らせる。
女が来るのは七時以降と聞いている。
ーその女は一体なにものなの?
ーわたしにそっくりな女。
ー容姿だけではなく、歩き方や仕草も似ている?
ーもしかして、ドッペンゲルガー?
まさかね・・・・・・。
自分にそっくりな人間を見ると、死期が近いというやつ。
そんなはずはゼッタイにないけど。
そもそも、どうして自分にそっくりな人を見ると死んじゃうの?
死期が近づくと幻覚を見るってことでしょ?
でも、幻覚なら人によって見えるものが違うはず。
同じように自分の分身のような人を見るのはどうして?
ドッペンゲルガーは死神がその人そっくりに姿を変えたってことなの?
まさかね。
わたしおかしいわ。
自分でも笑えてきた。
何を深刻に考えているの。
課長が言うとおり他人の空似だわ。
世の中に自分に似た人は三人いるって言うし。
諒子は気分を紛らすために白木のことを考えた。
坂の上には今この瞬間も実体をもった白木がいる。
そう考えた途端、急に知らない心細さに襲われた。
夢ではない白木は、本当はどんな男なのだろうか。
知りたいが知りたくはない。
そもそも知れるはずもないのだ、と諒子は自分をいさめた。
諒子は自分から男に歩み寄ったことがない自分を恨んだ。
ーこういう時、他の女ならどうするのだろう?
やめた、つまらないことで悩むのは。
ー今晩はいったいわたしのどこを開いてくれるのだろう?
めくるめく夢の世界に諒子は神経を集中させた。
アラームが七時を知らせ、温くなったビールを慌てて飲み干して諒子は店を出た。
もっと余裕を持って待ち伏せしておくべきだったと悔いながら小走りでシラキ産業へと登っていく坂道の下の信号へ向う諒子を、
店員が呼び止めた。
「お客さん! お会計がすんでないよ!」
諒子は自分がやはりどうかしていることを認めざるを得なかった。
ー何をテンパッテルの?
ーわたしはただ自分にそっくりの女を確かめにいくだけ。
ー何も特別なことをしているわけでもないし、やましいことを企んでいるわけでもない。
ーそう、その女の正体を突き止めなければならないの。
諒子は、シラキ産業への坂の途中で立ち止まった。
ーこれって本当に必要なこと?
ーただ自分に似ている女がシラキ産業に出入りしているだけよ。それを他の営業にからかわれて、気に病むなんて……
ーおかしいんじゃない、わたし?
ーそんなまわりの雑音なんて今まで気にしたことなかったじゃない。
諒子は今来た坂の下を振り返って見下ろした。
そこにはみなとみらいの
イルミネーションが目映く光り、
変わらず観覧車がゆっくりと廻っている。
その景色の隅に、白いパンツスーツの女を諒子の両目は捉えていた。
つづく