002 転生の理由
「これ、おかしくないか?至る所が"???"で隠されいてまともに見えないのだが」
「おかしいな。そんな現象は今まで聞いたことないが」
「捧解で開いたステータス画面って他人だと見えないのか?」
「そうだ。他人に見られる心配はない」
「……誕生して間もないのでステータスがまだデータとして定着されてない、というのは筋が通るのではニャいでしょうか」
俺とゼファーの会話に入ってきたのは魔王ニャテンだった。
こいつは俺の強者の余裕で倒れたりはしなかったのか。
「それにしても、他人のステータスを見えないってのは便利であると同時に不便だな。敵と遭遇したら戦うことでしか相手の強さを測れないってことじゃないか」
「いや、大丈夫だと思いますニャ。ネロ様より強い敵なぞこの世に存在しないと思われますニャ」
だといいんだが……ついさっきまで人間だった俺がこの世で一番強いと言われても実感が湧くわけない。
なにか、肌身で俺の強さを実感できるような何かが起これば良いのだが。
「自分の強さを試してみたいものだ。誰か俺と戦ってくれる者はいないか?」
なんて聞いてみた。
さて、誰が反応するだろうか。
「よかろう、大魔王の名においてこの場は私が申し受けることにしよう」
グゲッ、よりによって一番強いであろうゼファーかよ。
まぁいいや。
魔皇帝たる所以を俺に見せてもらおうじゃないか。
魔族の頂点に君臨するゼファー、こうして対面で改めて見るとこいつの悪役適正は半端じゃない。
3メートルはあろう高身長で、顔まで覆った漆黒のマント付きの鎧を装備している。
だが一つ気になる点は、武器を持っていないのだ。
どうやって戦うつもりだ?
さすがに鎧を纏ったこの見た目で魔術師って訳でもあるまい。
てか、よくよく考えれば俺も武器なしじゃねぇか。
なんなら俺ってたしか今裸だったよな……?
フル〇ン野郎が魔皇帝に挑むってどんな絵面なんだよ!
「さぁネロ様や。私はここから一歩も動かない。一撃でも私に攻撃を与えることができたらネロ様の勝利としよう」
ほう、この発言は全てを物語ってるな。
きっと力の使い方を知らない今の俺では勝てないんだろう。
だがやるしかない。
ここで怖気付いたらこれを見てる他の魔族たちに舐められてしまう。
どうするか、まともなスキルも覚えてなければ戦い方のたの字も分からない。
……良い事思いついちまった。
「なぁゼファーさん、俺は戦い方を知らない。だから勝負はこうしないか。同じ魔法を撃ち合い、先に倒れた方の負け……なんてどうだろうか?」
「ふむ、よかろう。ならば下位炎属性魔法"ボンア"にしよう。なぁに、難しくない。下位魔法なぞネロ様なら唱えるだけで良いはずだ」
ホントかよ。
たが物は試しだ、やるしかない。
俺はなんとなくイメージで魔力を手先に集中させた。
そう、完全にイメージだから実際に集中できてるかは知らない。
そして唱えた。
「――ボンア!」
すると辺りに次々と火の玉が現れ、目の前にどんどんと集約されていった。
最終的に巨大な火球となったそれは凄まじい轟音と速度でゼファーを貫き、爆音と共に辺り一体が火の海と化した。
なんて威力だ……。
殺しちゃったりしてないよな?
しばらくゼファーの周囲に黒煙が舞っており、様子が見えない。
段々とその煙が晴れていくと、ゼファーは何事もなかったかのように仁王立ちしていた。
マジかよ、あんな火球食らってビクともしてないとか、やはりこいつの強さは伊達じゃないな。
「面白い……面白いぞネロ様!ボンアをここまで魔改造して放つとは!火球のみならず周辺に黒煙を撒き散らすことで毒耐性がない者に更に追い打ちをかける……なんて神童なんだネロ様は!実際、毒耐性がなかったら我は死んでおったぞ!ガーハッハッハッ」
いや、魔改造した覚えなんて毛頭ないのですが。
ただ何も考えずボンアと叫んだだけなんだよなぁ。
魔改造……本来のボンアって一体どんなもんなんだ?
これは実際に受けてみるしかなさそうだ。
「さぁ、次はゼファーさんの番だ」
「あんな怪物魔法を披露された後だと少々やりづらいが……致し方あるまい。ではいくぞ――ボンア!」
ゼファーの辺りに火の玉が作られていき、それが次々と俺に襲いかかった。
1発当たったのだが、たまごボーロが体に当たった時ぐらいの感覚。
そして、熱々のおでんに一瞬だけ触れたような熱さが肌身を通して感じた。
約9発の火の玉が降り注いだ後、何事もなく沈黙の時間が流れた。
うそだろ……もしかして終わり?
本当に俺が放ったボンアと同じ魔法なのか?
俺はどうしていいか分からず、言葉を発することができなかった。
ただ気まずい時間が流れた。
いや、せめてゼファーぐらい何か喋ってくれよ。
一部始終を観戦してた周りの魔族たちもシーンと黙っている。
なんだか、こいつらも気まずそうにしてるように見える。
体感ではだいぶ長く感じたが、実際の時間経過では10秒すぎたぐらいだろうか。
「いや……こん……んよ?」
ゼファーがボソッと呟いた。
小さすぎて何を言ってるのか聞き取れなかった。
俺が耳をこらすと、ゼファーは突然大声をあげた。
「いやいや、こんなもんよ!?だってボンアって下位魔法よ!?目の前の化け物と比べられても困るわぁ、なんで僕ちんがこんな恥ずかし目を受けねばならんのだ!もうヤダヤダヤダヤダ!無理!いやっ!」
ゼファーは地団駄を踏みながら文句を垂れていた。
漆黒の鎧を身につけた大魔王が僕ちんと言いながら地団駄を踏む……なんだこの地獄絵図!
俺はドン引きしてしまい後ずさりをしたが、周りの魔族たちは大笑いしていた。
「よっ!出ましたゼファー様の地団駄!」
「僕ちんゼファー様きたー!」
この様子からするに、どうやらゼファーはよくこうなるようだ。
にしても、魔皇帝という御方がこんなことをしていても決して笑える空気ではないが、大笑いを許されてるってのはゼファーと魔族間の信頼を現してるのではないだろうか。
このゼファーとかいう者、まだ少ししか話してないが良い奴ってことだけは分かる。
魔族だからって完全な敵ってわけでもないんだなと俺はこの時実感した。
「ネロ様、我の負けで……結構です」
いつの間にかシラフに戻っていたゼファーが、腰を丸くしてそう言った。
「おかげで自分の強さというのが少し実家できた、礼に着るぞゼファーさん」
「……いえ、礼などとんでもございません」
「にしてもゼファーさんは上に立つ者としての気質が高いみたいだな」
「と、言いますと?」
「いや、ゼファーさんは魔族の皆から愛されてる、ふとそう思っただけだ」
「だと……良いんですがね」
ゼファーはすっかり敬語になっていた。
よほど俺にトラウマを植え付けられたのだろうか。
心做しか丸くなって背が縮んだようにも見える。
「ところで……俺はどんな目的でこの世界に召喚されたのだ?」
「あ、召喚した理由ですか?それはですね、えっと……」
「……ゼファー様、ここは私がご説明致しますニャ」
心が折られ本調子に戻らないゼファーに嫌気が差したのか、ニャテンが口を挟んだ。
「簡潔に言いますニャ。ネロ様を淵羅籠の儀で召喚したのは魔族の軍事力を莫大に増大させるためなのです」
なんだ、シンプルすぎる内容じゃないか。
聞いたことが恥ずかしく思えるくらいシンプルだ。
この恥ずかしさはあれだ、みんなが知っていて当然の事をみんなの前で質問した時に似ている。
1+1はなんですか?って聞いてるみたいに……。
「……つい先月、ハゼル率いる超聖勇者一行がこのイザレッド魔王城を侵略しに来たんです。
四天魔王リキュルスの他、超位魔族が4体と、上位階級以下の魔族5000体が一瞬にして殺されてしまったんです。
そして、超聖勇者一行は現れてから30分も経たずに姿を消しました。
これをゼファー様はいつでも私たち魔族を潰せるぞという勇者たちの見せしめだと仮定し、今の戦力を底上げする為に、魔族30万体を犠牲にネロ様を召喚しましたニャ」
なるほど。
30分の侵攻で魔王クラスの奴が殺されたぐらいだ、そりゃ30万体を犠牲にしてでも今の現状を打破しようと思うわな。
超聖勇者というのは……まぁ文字通りこの世界での勇者なのだろう。
思ったよりこの世界の勇者たちは強いようだ。
俺が勇者にとって敵側である以上、弁えておくしかないようだ。
「ゼファー様にとって、魔族全員は血の繋がった家族のようなもの。
それぐらい私たちにゼファー様は愛情を捧げてくれましたニャ。
……ここからの発言、失礼お許し願いますがネロ様。
犠牲にした30万体の魔族たちは、イザレッド魔王城が平和になるならと、喜んでゼファー様によって殺されました。
ですがそれは、ゼファー様にとって精神的なダメージは相当なものです。
愛する家族である魔族を30万体も自分の手で葬る辛さは、少し考えれば分かることでしょうニャ。
そして、――ゼファー様はネロ様によって殺されます。
淵羅籠の儀によって召喚された者が、その召喚士を自らの手で殺した時、召喚士の能力を引き継ぐと伝えられております。
ゼファー様は自分を犠牲にしてまでも魔族全員の平和を願う御方です。
ですが我々魔族一行はそれを望みません。
傲慢な願いだとは重々承知してますが、ゼファー様に私を殺せと命じられてもどうかそれを拒んでいただけますでしょうか」
「……分かった。そうしよう」
この答えが出るまで迷いなどなかった。
ゼファーが人間に対してどんな行いをしてきたかは分からないが、良い奴である事には間違いない。
そんな奴を自分の手で殺すなど出来るはずがなかった。
ゼファーの能力を引き継ぐというのは少しだけ気になったが、さっきのゼファーとの一件で俺の強さは十分に理解できた。
きっとこれ以上強くなる必要もなさそうだと。
今の強さでも俺なら超聖勇者とやらからみんなを守れる、どこから湧いた自信か分からないがそんな気がした。
「余計な事を言うなニャテン!我が死なねば犠牲となって家族たちの死が無駄になってしまう!我だけ助かるなど、そんなふざけたことが通用すると思うな!」
いつの間にかシラフに戻っていたゼファーは大声で叫んだ。
それはあまりにも考えさせられる内容だった。
ゼファーとニャテン、両者の意見に納得ができてしまった。
30万の命の結末はそう簡単に決められるものではない。
長い沈黙が続いた後、俺は自分なりの答えを口にした。
「ゼファーさんは俺が殺す。だがそれは今ではない。殺さねばならないと俺が判断した時に殺す。30万体の家族の犠牲は俺が責任をもって実りあることとさせる。これに賛同する者はいるか!」
「ネロ様……しかし我は……」
「うぉおおお!それがいい!」
「ネロ様の慈悲に感謝を!」
「ゼファー様!良かったー!」
周りの魔族たちが一斉に声を荒らげた。
殺す気は全くないが、ゼファーに納得してもらえるような返答は俺の中ではこれしかなかった。
まぁ、良かったかな?
みんなも賛同してくれたみたいだし。
この発言が響いたのか、その後は俺を魔族として歓迎する宴が開かれた。
なんとも言えない不思議で楽しい時間を俺は過ごしたのだった。
この時俺はまだ知らなかった。
ゼファーを殺すのは抗えない定めだということを。
そして、殺すのは時間の問題だったということに。