異世界転生最新事情
「エスアールジーズ?」
吾輩はオウム返しをしてしまった。
「"Sustainable Reincarnation Goals"(サステナブル・リインカネーション・ゴールズ)の略だ。直訳すると『持続可能な転生目標』という意味だ」
ニケ様は再び蒸気を吸い込む。
「分かったような、分からないような、曖昧な言葉ですね」
「色々な施策の寄せ集めだからな。一言で言い表せんのだ」
要するに、「決定打となる施策は存在しない」ということか。
「どんな施策があるんですか?」
「AI導入もそのひとつだ」
吾輩は胡散臭そうな表情をしたらしい。ニケ様はキセルから蒸気を思いっ切り吸い込んでから、先を続けた。
「AI導入は転生先決定の高速化だけが目的ではない。転生者の寿命延長もそうだぞ」
吾輩の脳裏には疑問符が浮かんだ。それがニケ様には見えたらしい。
「もちろん人間の生物学的な寿命は変えられない。神様といえど既に初期設定を済ませた自然法則を変えることはできないからな。だが今の生を強制終了して、その後に新たな生を与えれば、寿命を決める生物カウンターは巻き戻せる。リセットも巻き戻しの一種だ」
「それってつまり……」
「輪廻転生だな。もちろん生まれ変わるのなら、世のため神のために役に立つ人間になってもらわなければ意味がない。そのために必要な再教育は、新たな生を与える前に済ませる必要がある。再教育が必要な人間の選別もAIの仕事だし、各々の教育内容の設定も同様だ」
輪廻転生と聞いて、吾輩の脳裏に嫌な閃きが生まれた。背中に冷や汗をかきながら、確認の質問をした。
「その再教育を行うための、専用の世界があるのですね」
「ウム、それをなんと呼ぶか知っているか?」
「……地獄、でしょうか」
ニケ様は口角を上げて笑った。口が耳の近くまで裂ける。その様子は高橋が言ったように化け猫そのものだった。
「持続可能な転移・転生を実現するためには、再利用は欠かせない。おまえが言ったそれは、転生者の再処理工場だ」
これは新しいモデルなんかじゃない。『SRGs』とは人材資本主義を延命させるための手段じゃないか。ニケ様は社会の主役は『人』だと言ったが、その中に転生者は含まれていないのだ。転生者とは、どこまでいっても遣り取りの対象の『財』なのだ。そこに本人の意思はない。人材資本主義が間違いだったとしても、まだ続けるしかないというのか?
「先ほどの三人が、どこへ旅立ったか知りたいか?」
「いいえ、この世界で彼らの活躍を祈るだけで、私は満足です。それにニケ様のお手伝いができることに、喜びを感じています」
「そうか、では励むがよい。火鉢の掃除を頼む」
ニケ様はそう言うと、ずんずんずんと寺院の奥へ戻っていった。
吾輩は言いつけどおりに火鉢を掃除する。鈴木たちのことを考えると、無職も悪くない気がする。