底辺くんと堕ちた級友
「げっ! クルツにマリー?」
「ケイン、観念しろ!」
「私のために、人柱になりなさい!」
おやおや、今度の客は田中と高橋ではないか。これは同窓会でも始まるのか? いや、その様な訳がない。会話の内容から察するに、この二人は追手らしい。しかし『人柱』とは穏やかではない。何やらややこしい事情がありそうだ。首を突っこみたくはないが、如何せん居候の身故、この程度の面倒は引き受けねば肩身が狭い。
「おい、追手は入って来れないんじゃなかったのか?」
「異世界出身者以外は入って来れないと言ったんだ。田中、高橋、久しぶりだな」
「「アンタ、誰?」」
田中と高橋の質問がハモった。やはり吾輩を覚えていないようだ。期待はしていなかったが、少々寂しい。
「底辺くんだよ」
鈴木がそう言うと、二人は一瞬きょとんとしたが、すぐに頷いた。吾輩を思い出したらしい。鈴木の説明が適切であったことは認めざるを得ないが、このような言われ方は不本意である。
「なんで底辺が……いや、そんなことはどうでもいい」
吾輩は呼び捨てか? どうでもいいのか? いやまあ、分かってはいたが。
「ケイン、アナタの首を取って帰らないと、私の首が危ないのよ!」
やはり物騒な発言だ。しかしこいつらは四人パーティーを組んで旅立ったはずだが?
「何で仲間割れをしているんだ? この寺の内は戦闘禁止だぞ」
だが後から来た二人は吾輩の言葉を聞いていなかった。クルツ田中は腰から剣を抜いた……が、剣は大昔の手品の様に花束になってしまった。
「何だこりゃ?」
「だから言ったろう。戦闘禁止だって」
「誰がそんなことを決めた!?」
吾輩に怒るな。
「神様だよ」
マリー高橋はというと、呪文を唱えている。
「攻撃魔法は自分に跳ね返ってくるぞ」
だが吾輩の忠告は無駄に終わった。高橋は炎に包まれる。火炎魔法を使ったらしい。吾輩は天を見て、助けるまでもないと思った。吾輩の予想通り、雨が炎を消してくれた。
「何でこんな目に遭うのよ!」
「人の話を聞かないからだ」
二人とも戦闘が出来ないことは分かったであろう。三人まとめて来てくれれば手間が省けるものを……いやいや、居候なのだからこの程度の手間を惜しんでは罰が当たる。
「田中も高橋も相当ヤバイみたいだな。事情を説明してくれ。力になれるかもしれない」
二人の話を要約するとこうなる。
田中は魔王討伐の後、王様から貰った報奨金で悠々自適の生活を送ろうと考えていたところ、商人から必ず儲かるという出資話を持ち掛けられ、うっかり信用してしまい、気がついたら無一文になっていた。高橋は勇者のパーティーの一員ということで、一時は社交界で殿方からチヤホヤされて逆ハー気分に浸っていたが、時が経つと周囲から人が離れ、寂しさを紛らわすためにホストクラブに通うようになり、気がついたらやはり無一文になっていた。二人とも再び一攫千金を狙って、鈴木の首に掛けられた賞金に目をつけた、と。
鈴木ほどではないが、これまた見事なダメ人間だ。ここで吾輩は鈴木たちが四人パーティーだったことを、再び思い出した。
「加藤はどうした?」
「あいつは死んだよ」
吾輩は鈴木の言葉に驚いたが、ショックは受けなかった。実は級友の訃報を聞くのはこれが初めてではなかった。
「魔王を倒した後、あいつは民間軍事会社を作ると言い出した」
「民間軍事会社?」
「簡単に言えば傭兵団だ」
「傭兵団? そう言えば加藤は軍事オタだったな」
鈴木は頷いた。
「魔王討伐中も、あいつは度々騎士団長に自分に部隊の指揮を任せてくれと頼んでいた」
「そりゃ無理だろう。軍事オタと言っても、本職から見ればただの素人だぞ」
「その通りだ。でもあいつはどうしても自分で部隊を指揮したかったらしい」
「それで自前の傭兵団を作ろうとしたわけか。その後はどうなった?」
「その準備だと言って国境の紛争地帯に一人で行った」
「一人で? 無謀だな。それで死んだのか?」
「ああ、反政府ゲリラに捕まって、身代金を要求された」
「ゲリラは誰に身代金を要求したんだ? この世界には家族はいないぞ」
「俺のところに手紙が届いた」
「俺も」
「私も」
鈴木だけでなく、田中と高橋も手紙を受け取ったのか。吾輩は敢えて地雷を踏むことにした。
「身代金が払われなかったから、殺されたのか」
「そうだ」
「何故みんなは身代金を払ってやらなかったんだ?」
三人は一瞬硬直した。
「お、俺が払わなくても、誰かが払うと思ったんだ」
鈴木、見苦しいな。
「俺もだ」
「私も」
「なるほど、不幸な偶然が重なったわけか」
「そうだ。偶然だ」
「偶然だよな」
「偶然よね」
三人ともダメ人間確定だな。吾輩はそう確信したが、最終判断を下すのは吾輩ではない。吾輩はルール通り田中と高橋にも自己破綻制度を説明した。予想通り二人とも目をギラギラさせて食い付いた。その二人の目の前で、吾輩は二通の申請用紙を取り出した。
「救済を希望するのなら、この申請用紙に記入して……」
吾輩が最後まで言い終える前に、田中と高橋は申請用紙をひったくって、一心不乱で記入を始めた。
吾輩は三通の申請用紙に目を通した。
「記入ミスは無いな。じゃあハロラに提出だ」
「「「ハロラ?」」」
かつてパーティーを組んでいただけあって、三人の質問が綺麗にハモった。
「ハローライフの略称だ。新しい転生先を紹介してくれる役所だ」
そう返事をすると、吾輩は寺の正面の引き戸を開放した。