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底辺くんと堕ちた勇者

 今朝から小雨が降っている。この季節には珍しい。いつもなら山腹にある無職寺は、山から吹き下ろす空っ風で土埃が絶えない。敷地に水を撒くのが日課だが、今日はその手間がいらない。それはそれで有り難いのだが、居候の無職の吾輩はやる事が無くなってしまう。それはそれで少々侘しい。

 かような事を考えていると、さっそく天罰が下ったのか、一人の男が寺の門をくぐってやってくる。その出で立ちから察すると、勇者か冒険者の崩れのようだ。かつては高価であったろう武具を(まと)っているが、それらは酷使され、手入れもされず、見すぼらしい姿に成り果てている。

「おい、無職寺はここでいいのか?」

 男は間近まで来ると、吾輩に問いかけた。よく見ると、かつての級友であった。

「おお、鈴木か。久しいな」

「おまえは誰だ?」

 男は少々面食らったようだ。吾輩の面を忘れたようだ。しかし鈴木を責めるのは酷というものであろう。別れたのは五年以上前のことである。五年以上前の級友の顔と名前を一人残らず覚えているような御仁は、滅多にいるものではない。

「俺だよ。佐藤だよ」

「佐藤? それだけじゃ判らん。下の名前は?」

「佐藤(まさる)

 鈴木は合点がいったようだ。勝手に頷いている。

「ああ、底辺くんか」


『底辺くん』とは偉い言われ様だが、これには理由がある。五年ほど前、吾輩は高校の級友たちとこの世界に召還された。よくあるクラス丸ごと召還というやつだ。当時の吾輩は、クラス内カーストが最下位の苛められっ子であった。それゆえこのようなあだ名で呼ばれていた。

 吾輩らが召還されたとき、お約束通り神様は一人ひとりにチートを授けた。カーストの高い者は好きなチートを選び、さっさと目当ての世界へと旅立って行った。底辺の吾輩の順番は最後となり、チートは一つしか残っていなかった。そのチートとは『無職』であった。

 チートは特権であると同時に、呪いでもある。『無職』の呪いにより吾輩は五年間定職に就けず、無職のまま異世界で過ごしてきた。その代わり神様直営寺院の無職寺で居候をさせてもらっている。もちろん居候をさせてもらっているのであるから、寺の手伝いをしている。といっても忙しいわけではない。無職寺には滅多に人が訪ねてこない。事実、人に会うのは三ヵ月ぶりである。


「しかしよく分かったな」

 鈴木は汚れた金髪をかき上げた。容姿は完全に白人になっている。チートと一緒に異世界に相応しい容貌も貰っていたのだ。

「雰囲気で判る。鈴木はこっちの世界では何て名乗っているんだ?」

「ケインだ。勇者ケイン」

 自分で勇者と名乗るとは、些か恥ずかしい奴になったようだ。

「ケインか。武勇伝はここまで届いているぞ」

「そうか?」

「魔王を倒して大国の姫君を娶ったと聞いているが……」

 吾輩はそこで言葉を区切った。

「そんな格好でここに来たということは、相当困っているようだな」

 鈴木は肩を落とした。

「その通りだ。神様に本当に困ったときはここに来いと言われたのを思い出してな。藁にもすがる思いで来たんだ」

「ふむ、実は神様の手伝いで、ここの受付の仕事をしているんだ。話を聞かせてくれないか。救済対象になるかもしれない」

「いや、実は追われているんだ。もうすぐ……」

 言われてみると外が騒がしい。

「大丈夫だ。この寺には異世界出身者しか入って来れない」

「本当か?」

「本当だよ。ここは異世界出身者たちの駆け込み寺だからな。それより何があったか聞かせてくれ。力になれるかもしれない」

 そう言って吾輩はノートを取り出した。


 ケインこと鈴木から聞き出した話を要約するとこうなる。

 鈴木は魔王を倒し姫君と結婚した後、国土の一部を領地として貰って貴族になった。ところがここから鈴木の転落人生が始まる。若いのに勇者だの救国の英雄だのとチヤホヤされればどうなるか? 当然だが増長する。ただでさえ成り上がり者で古参の貴族たちから目をつけられているのに、生意気な言動を繰り返して周囲の人間の反感を買い、ハーレムを目指して美女を漁り、おまけにギャンブルにのめり込む。気がつけば多額の借金と浪費三昧の愛人たちを抱えてボッチ状態。頼れる人間はおらず、金策のために領民に重税を課したり、飽きた愛人を奴隷商に売ったり、借金を踏み倒すなどの悪行三昧。悪政に困り果てた領民たちが、無礼打ちになるのを覚悟で王様に直訴。これを知った王様は激怒して、姫君とは離縁、貴族の地位は剥奪、領地は召上げられ、極悪人として指名手配される。官憲や賞金稼ぎたちから命からがら逃げ延びて、なんとかここに到着する。

 見事だ。見事なダメ人間()りだ。キング・オブ・クズ人間の称号をあげたい。

「それは大変だったな」

 吾輩は同情する振りをする。本心では自業自得だと思っている。

「救済対象になると思うよ」

「その救済対象って何だ?」

「詳しくはこれを見てくれ」

 吾輩は鈴木に申請用紙を渡した。鈴木はそれを受け取ると、マジマジと読んだ。

「個人破産申請書?」

「破産じゃない、破綻だよ。転生者または転移者が人生を破綻させちゃった場合の救済手段だ。チートを貰う前の状態に戻って、人生をやり直すことが出来る」

 濁っていたケイン鈴木の目が急にキラキラいやギラギラしだした。

「本当か? 本当に人生リセットが出来るのか!」

「申請が通ればね。どうする……」

 鈴木は既に申請書に記入を始めていた。本当に困っているようだ。

「書けたぞ!」

 鈴木が声をあげるのとほぼ同時に、一組の男女が寺の中に入ってきた。二人とも手に武器を持ち、凄まじい形相で鈴木に駆け寄ってくる。どうやら追手らしい。

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