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幕間:クライブ編 ~その十八~

 商人たちが談笑していたスペースには、いくつもの通路が配されている。その内の一本は商人たちにとっての最重要の、目玉商品を保管するスペースへと通じていた。オードリー会長が走って移動している通路がそうだ。


 巨大倉庫とはいえ、通路の長さは高が知れている。数秒で走り抜けて、通路の奥にある扉を押し開く。まるで小動物を閉じ込めておくかの檻が所狭しと並べられ、積み上げられている。


 この檻は非常に頑丈で、商人たちが特別に金を出して、厳密な契約の上で使用しているものだ。居住性は最低最悪で、ただ中身を外に出さないことのみを追求している。


 オードリー会長は自分が契約している檻に手を伸ばす。特注の鍵は、オードリー会長の微弱な魔力に反応して開錠される。オードリー会長が開錠した檻の中に乱暴に手を伸ばし、「商品」に繋いでいる鎖を掴んだ。


「な、なにをする!? 放せ、無礼者!」

「うるせえ! 商品風情が歯向かうな! さっさと来い!」

「ぅあっ」


 光も満足に当たらない檻の中から引きずり出されたのは、見目麗しいエルフの少年だ。サムライ用心棒が短い口笛を吹いた。


「エルフはどいつも美しいが、そいつはちょっと別格だな。とっておきというのがよくわかる」

「ふん、お前でもわかるか。こいつを手に入れるのにどれだけの金と人的資源を失ったことか。だがそれでも、投資の五倍以上の値がついているんだ。こいつを置いて逃げるわけにはいかんのだよ」

「わかったわかった。他の商品はどうするんだ?」

「俺がここに入れておいたのはこいつだけだ。他は知らん」

「横取りのチャンスだろ? それに命が助かる範囲の重傷をくれてやれば、襲撃者共の手を止めることにもつながると思うがな。後で補償してやればいいんだろ?」


 サムライ用心棒の無慈悲な提案に、オードリー会長は舌打ちを返す。


「他の連中がこの襲撃で全員、死ぬというのなら奪うがな。そうでなければ恨みを買うだけだ。それに、奪っても逃げ切れるかもわからん。最重要の商品だけ抱えて逃げるのが一番だ」

「傷を負わせるのは?」

「ふん、この連中のことなら俺のほうがよく知っている。商品価値以上の金を吹っ掛けてくるに決まっている」


 闇市場に活動している商人というのは、どいつもこいつも金に意地汚いものだ。


 オードリー会長は奴隷エルフを引っ張って行こうとするが、奴隷エルフが鎖を掴んで抵抗したため、苛立ち紛れに思い切り鎖を引っ張った。奴隷エルフが短い悲鳴を漏らして、床に倒れた。


 さっさとこの場から立ち去りたいのに思い通りにならないことに、オードリー会長はより苛立ちを強める。


 強める以上のことはできない。大事な商品だ。暴力を振るって怪我をさせるわけにはいかない。オードリー会長はサムライ用心棒に興奮した顔を向けた。


「おい!」

「某の仕事はあんたの護衛だ。荷物運びはしない」

「ちぃっ」


 にべもなく断られ、オードリー会長は奴隷エルフを担ぎ上げた。肩の上でジタバタと暴れる相手に、ヨタつきながら走り出す。


 この契約檻のスペースには非常口などない。来た道を引き換えし、巨大倉庫の出口から出る以外に方法はないのだ。


 オードリー会長が広間に戻ってきたとき、そこは既に酷い有様だった。混乱はうねり、悲鳴と血しぶきが各所で容赦なく噴き上がっている。


 逃げ惑うのは解放された亜人たちだけではない。商人たちと商人の護衛たちもだ。倉庫を守る領兵と警備の用心棒たちだけが応戦している。


「混乱しているな。酷いもんだ」

「ええい、そんなことはどうでもいい。さっさと俺をここから安全に逃がせ!」

「そう喚くな。こっちだ」


 混乱に乗じて逃げようとするオードリー商会に二人の姿は、ここでは決して異質なものではなかった。


 明らかに異質でないものを、これだけの人と悲鳴と怒号が混在する中で見つけ出すのだから、ヴィンスとユフィは幸運の女神に贔屓されているのだろう。


 クライブは倉庫の外から雪崩れ込んできた警備たち相手に、派手に暴れている。「うわー」とか「うぎゃー」とかいう叫び声は、クライブが警備を蹴散らしている効果音みたいなものだ。


「ヴィンスさん、向こうにも!」

「よし、俺がやる!」


 ヴィンスが既に抜いている剣は血に濡れている。


 剣の材質は単なる鉄ではなく、一般にエルフ鉄と呼ばれる特殊な合金鉄だ。鉄よりも硬度と強度に優れ、加工はややし難いが魔力を通しやすい。元人の間には滅多に出回ることはなく、稀に出た場合は高値で取引されている。


「ひっ」


 高速で迫るヴィンスに、オードリー会長の顔色が青くなる。


 ヴィンスの目にはオードリー会長が担ぐ子供の姿も見えている。情けをかける理由は僅かばかりもなかった。ヴィンスの長剣が横に滑り、正確にオードリー会長の首に吸い込まれていく。


 甲高い音が響く。ヴィンスの剣を弾いたのは、サムライ用心棒だ。ヴィンスもが目を剥く速度で抜刀したサムライ用心棒は、静かなだが凶暴そうな所作で湾刀を構える。


 二人が斬り結ぶ。一合、二合、三合と刃が重なり、四合で均衡は崩れた。甲高い音と共に、ヴィンスが二歩分の間合いを開けたのだ。


「く」

「ほう、三合斬り合って殺せなかったのは久しぶりだ」

「そんな、ヴィンスさんが斬り負けるなんて……腕が落ちました?」

「ごっは」


 ヴィンスに精神的ダメージが追い打ちをかける。


「ふははいいぞ、皆殺しにしてしまえ」


 高笑いをしながらも、オードリー会長は足の動きを止めない。崩れかけるバランスを何度も立て直しつつ、出口へと一目散に向かう。


「え?」

「なんだと!?」


 驚きにユフィとヴィンスの体が打たれる。オードリー会長の逃げ足にではなく、彼が抱えている相手を見て、だ。ユフィよりも小さな体躯。エルフ族の子供なのは明らか。胸糞悪い事実よりもだがずっと、二人の貫いた事実があった。


「ヴィンスさん、あの子は!」

「わかっている! セロン氏族のメイア様だ。数ヶ月前に攫われたと聞いてはいたが、まさか本当に!」


 セロン氏族は王国の他に三つの国境をまたぐ森林に集落を構えるエルフ族だ。複数の国境がかかわっているおかげで、元人の活動があまり活発でない地域で穏やかに過ごしている。


 過ごしていた。


 重なり合う複数の国境は役人の動きを鈍らせていたが、同時に非合法活動に従事する元人の活動は活発化させていた。


 といっても森の中での活動ではエルフ族に分がある。元人がどれだけ頑張っても、森ではエルフ族を捕らえるのは難しい。


 メイアが捕えられたのは、いくつもの条件が悪い方向に重なり合ったからだ。


 法により奴隷売買が禁止された。しかしエルフを欲しがる客は後を絶たない。セロン氏族の森は、複数の国境が跨いでいるせいで役人の動きは鈍い。


 顧客のために、奴隷商人たちが人的資源を投入できる環境が整っていたのだ。武装し、また森のあちこちに罠を用意した元人たちの手によって多くのエルフが被害に遭い、その中にメイアがいた。


 ヴィンスとユフィの視界が急速に狭まり、一呼吸で距離を詰める。


 細く曲がった銀光が遮った。


「くぁっ」


 咄嗟に反応したユフィは驚嘆に値するが、それでも左前腕に細く赤い線が走る。赤い線を舐めまわすように殺気がうねる。


「くく、エルフの戦士と戦うのは初めてだ。つまらん依頼だとばかり思っていたが、こんな幸運に恵まれるとはな」


 立ち塞がったサムライ用心棒は湾刀に舌を這わせる。ただそれだけの動作で、広い倉庫に血の臭いが広がった。金属的な火花が散る。割って入ったサムライ用心棒の湾刀に、ヴィンスの長剣が衝突したのだ。


「邪魔を、するな!」

「押し通ってみろ。できなければ諦めろ」

「ならば、押し通るでおじゃるよ!」


 横合いからの突進。クライブの体当たり、ショルダータックルだ。

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