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幕間:クライブ編 ~その十七~

 聞き耳を立てている側の精神的健康が、著しく損なわれる内容の話だ。ユフィとヴィンスは当然、クライブまでも嘔気がしてきた。


 すぐにでも飛び出して皆殺しに。そんな気配が爆発する寸前、別の声が届いてきた。


「躾けるのならやはりエルフが最高でしょう。見た目も肉付きもエルフは王道にして至高だと思いますぞ」

「おお、これはオードリー商会の!」

「オードリー会長、見ましたよ。さすがですな。まさかエルフ族を五匹も確保できるだなんて」

「一体どのようなルートをお持ちなのか、羨ましい限りです。これは今年の最高落札額もオードリー商会で決まりでしょうかな」

「ははは、それはまだわかりませんよ。皆さんが仕入れた商品も素晴らしいものが多いと聞いておりますぞ」

「っあいつらっッ」


 階下に羨望と愛想の混じった朗らかな笑い声が響く。強い怒りが、神経伝達以上の速度でヴィンスの全身を駆け巡る。ユフィの手は腰に佩いたナイフに伸びた。


 ナイフは引き抜かれることなく、ヴィンスの手に押し留められる。


「ヴィンスさん?」

「奴の後ろを見ろ」

「後ろですか?」


 ユフィたちの位置からでは足の一部しか見えないが、どうやら用心棒らしい。オードリー会長の動きに合わせて、後ろの用心棒も動く。顔を含む全身像が見えた。


 サムライと呼ばれる東方の剣士だ。


 船の性能が上がって、世界は狭くなった。東方世界とのやり取りは年々増加していて、モノだけでなくヒトの流入も増えている。それだけ、非合法な活動に従事する人間も増えていた。


 ヌラリ、と現れたサムライ用心棒は、相当に強いことがわかる。十分な実戦経験を積んでいないクライブにも、それとわかるくらいの代物だ。


 ただ立っているだけなのに、特に視線を動かしているわけでもないのに、油断なく周囲を探っていることがわかる。


 隙のなさといったら、まるで後ろにも目がついているよう。それこそ背後に舞う木の葉の枚数ですら把握できそうだし、即座に木の葉を真っ二つにも出来そうだ。


「サムライが用心棒についているからなんだというんですか。臆病風に吹かれたんですか? わたしはやりますよ。やってやりますよ。同胞を救出して、連中を始末する機会がすぐ目の前にあるのですから、慈愛の女神としては見過ごせません」

「慈愛だのには異論があるが……この機会を逃すわけにはいかない。だが先にすべきことがある。感知だ。階下の連中の配置をすべて把握したら、突入するぞ」

「はい」

「任せるでおじゃる」


 感知魔法には属性ごとに違いもあれば、種族ごとに特徴もある。ヴィンスとユフィが用いる感知は、エルフ族に特有のものだ。


 肌に触れてもわからないほどに緩やかな風が広がる。急激に風を広げると感づかれるリスクが高まるからだ。


 気付かれないような弱い風だと、これだけ巨大な倉庫を把握するのには時間がかかる。ヴィンスが右半分を、ユフィが左半分を担当する。


「うーむ、麿も鼓膜の筋トレをしておけばよかったでおじゃる。視力と同じように聴力を強化して、聞き取ることもできたでおじゃるに。いや、皮膚を鍛えれば、皮膚の感触で気配察知ができるようになるやも」


 ブツブツと呟くクライブの声は幸いにして、エルフの戦士たちには届かなかったようだ。


「この下にいるのは商人共だけのようだな。数は五」

「こちらは六、警備っぽいです」

「倉庫の周りに人員を集中させて、中にはあまり立ち入らせないようにしているな。部下どもをさして信用していないんだろう」

「業の深い連中ですね。陰湿な罰が必要です」

「陰湿である必要はないが、同感だ。だが外の連中よりは使えるようだ。装備は剣やナイフ。魔法適性はない様子だが、歩き回らずに牢の前から動かない」


 元来、元人よりも魔法適性が高いエルフが、ギリギリまで気配を消した風を少しずつ倉庫に広げていく。


 風属性を生まれ持ち、且つ間近で目にするクライブをして風の気配がわからないほどだ。


 油断している警備の連中などが気付けるはずもない。高級酒まで酌み交わしながらご機嫌に談笑している商人たちは尚更だ。


「ユフィ、オードリー商会長に風を纏わせることはできるか? こいつだけは絶対に逃がすわけにはいかないから、先に拘束の準備をしておく」

「わかりました」


 エルフの感知魔法が床を這ってオードリー会長に近付いていく。まるで蛇だ。慎重に、少しずつ、周囲の空気に溶け込みながら。


 五メートル。四メートル。三メートル。


 そして二メートルにまで近づいた瞬間。


「下がれ! 侵入者だ!」


 サムライ用心棒が大喝と共に動く。狼狽えて動けない商人共に触れることなく、外見からは信じられないほど洗練されて、流麗な動きで前に出る。


 左腰に佩いた湾刀を、右足の踏み込みと共に抜き放った。


 商人や警備たちにはなにを斬ったのか見えなかったろう。クライブたちには見えた。サムライ用心棒は魔法を斬ったのだ。


「出てこい。一人残らず斬り殺していやる」


 湾刀を鞘に納めたサムライ用心棒は、陰鬱な殺気を全身から立ち昇らせている。


「あの剣、魔法付与……あるいは、腕で斬った、かでおじゃるな」

「残念、伝説の剣とかだったら売り払おうと思いましたのに」

「それは略奪でおじゃる」

「達人という奴か。厄介だが、引っ込むわけにはいかん。警備を増やされて近付けなくなる。ここで片付けるぞ」

「心得たでおじゃる。解放が優先でよろしいか」

「ああ、それでいい」

「了解。ばれた以上は隠密は解除、派手にやっちまいましょう」


 ユフィの宣言は極めて正しかった。両の掌に風を集中させ、階下に叩きつけた。爆風と衝撃が倉庫を大きく揺るがす。商人たちと警備たちは動転し、体を硬直させ、無意味に口と目を開けるだけだ。


 容赦があるはずもない。抜き放たれた剣が警備の首を正確に斬り落とす。腕を斬られ悲鳴を上げようとした警備の喉を剣が貫く。色めき立ったのは捕らえられていた被害者たちだ。


「まさか!? 助けに来てくれたのか!」

「やった。これで助かった!」

「おおい、ここだ!」


 被害者の声に応えたのはユフィでもヴィンスでもなく、クライブだった。明らかな元人の出現に被害者たちは警戒と驚きを前面に押し出す。


「ふぬぅん!」


 モコォッ、とクライブの上半身の筋肉が盛り上がる。クライブ程の筋肉の使い手ともなると、肥大化させる筋肉を選ぶことも容易いことなのだ。


「せえい!」


 被害者の感情を斟酌するだけの余裕のないクライブの固めた拳が右に一振り、鉄格子三本をまとめて折り飛ばす。


「さあ、逃げるでおじゃ」

『『『ぎゃぁあああ、筋肉お化けぇぇぇええっ!?』』』

「ち、違っ! 筋肉は人の最大の味方であり理解者であって!?」

「安心して下さい。その筋肉はデカいだけですから」

「デカいだけとは失敬な! 麿の筋肉は持久力に瞬発力にも魔力伝達力にも優れた、まさに人が求める理想を成し」

「気にしないで早く逃げて!」


 クライブの妄言を遮っての逃走の促しは、開放された亜人たちにはよく響いた。


 巨大倉庫内は一瞬にして混乱の坩堝の只中にあった。襲撃者の数はたった三人でしかないが、商人たちの側がこのことを把握できているわけではない。


 商人たちの認識では、この倉庫が襲われることはまったく想定していなかった。だからこそ襲撃は極めて計画的で、大規模なものだと勝手に勘違いした。


 金儲けには長けていても、実戦経験がない商人たちだ。浮足立ち、逃げることも満足にできずに右往左往している。開放された「商品」たちの歓声を受けて我に返っても、「商品共を取り戻せ」などと口にするより先に喉を裂かれて地面に倒れていく。


 少しだけマシな動きを見せたのがオードリー商会会長だ。大物ぶっていたのに、騒ぎが始まるや否や警戒心の高い小動物のような機敏な動きを見せた。


 自己保身に長けた行動力は、しかし最後まで発揮されなかった。倉庫の出口近くにまで移動したところで、大きな舌打ちをして再び混乱に体を向けたのだ。


「逃げないのか?」


 サムライ用心棒の声は雇い主には届かなかった。


「逃げるさ! あれを確保した後でな!」

「命のほうが大事だろう」

「あの商品はとっておきだ。既に買いたいと言ってる客がついている。取り逃がしたなんてことになったら、こっちが殺されちまう」


 非合法なやり取りに手を出すような人間だ。成約済みの商品がいざ手に入らないとなれば、報復に出てくることなど珍しくもない。金は大事だが自分の命はもっと大事だ。


「他に替えの利く商品ならともかく、あれだけは別だ。確保しておかないとダメだ」


 オードリー会長の焦燥交じりの声に、サムライ用心棒は腰に佩いた湾刀を愛おしそうに撫でた。

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