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幕間:クライブ編 ~その十六~

 街灯の設備が行き届いていないため、場所によっては光が建物に遮られてかなり薄暗い。威嚇している連中が多くいるのは、そんな薄暗さと、倉庫の巨大さとで異様な雰囲気を醸し出している一角だ。


 他の倉庫より二回りは大きな石造りの建物で、開閉が繰り返される扉からは、ひっきりなしに人が出入りしている。


 ユフィたちは巨大倉庫を視界に収められ、且つ見張りから隠れることのできる物陰に身を潜めていた。


「あれは」


 ヴィンスの低い声は、巨大倉庫に向かう馬車に向けられていた。動いたユフィの視線も険しい。


「馬車、でおじゃるか……荷台の中が見えたと? この距離で?」

「わたしたちエルフの目は貴方たち元人よりも優れているの。だから、胸糞悪い真実も見ることができるんですよ」

「麿を甘く見てもらっては困るでおじゃるな」

「はい?」

「ふぬぅん! 眼筋力アァァァッップ!」


 説明しよう。クライブは目の筋トレを繰り返した結果、一時的に視力を脅威的に上昇させることができるのだ。


 目の筋トレとはなにか、と問われると、クライブは眼球を高速回転させる場面を見せるようにしている。今ではクライブは、左右の眼球をそれぞれ別に動かせるようになっていた。


「これぞ筋肉魔法による眼筋力強化でおじゃる!」


 風属性の望遠監視の魔法とは違うものである、とクライブは力説する。


「意味がわからんな」

「わたしにもわかりません」

「筋肉への愛が足りんでおじゃる。特にユフィ嬢、御身にはこれだけ筋肉の素晴らしさを伝えておると言うのに」

「「なるほど、さっぱりわからん」」

「後でたっぷりと教えて進ぜようぞ!」


 ギュイィィイン、と視覚が馬車に集中。微かな隙間から確かめられたものがあった。


「……エルフが一人、狐人と猫人が二人ずつ。五人が乗せられているでおじゃるな」

「本当に見えるのか。元人とは思えん視力だ」

「ふっふっふ」

「褒めてないですから。呆れてるだけですよ」

「おじゃっ!?」


 馬車は巨大倉庫の入り口で少しだけ止まり、予定調和のように倉庫の中に吸い込まれていった。


「……あの倉庫に集められていることは間違いないようですね。ヴィンスさん」

「急くな。倉庫をよく見ろ。見張り共からはやる気は感じられないが、建物自体は中々に堅牢だ」


 ヴィンスの言葉は正しい。巨大倉庫には馬車も余裕をもって通れる巨大な扉の他には、その隣にある見張り用と思われる小さな扉以外の出入り口はない。


 出入り口には数だけは多い見張りが立っている。窓は既に潰されていて、残されたままの鉄格子が窓の名残を示すだけだ。


「建物自体も頑丈そうだが、もう一つ問題がある。わかるか、ユフィ?」

「倉庫の壁面、ですね。接触型の感知魔法が仕掛けられています」


 重要な建物にはよく仕掛けられているタイプの感知魔法だ。厄介そうに感じるこの魔法も、実際には穴が多い。


「接触型の感知魔法を一部の隙なく張り巡らせるなど、不可能でおじゃるよ。一つの感知魔法でカバーできる範囲は術者の力量によるとして、形状は術者や起点を中心とした円形になるでおじゃる。隙間はできるし、無理に隙間を埋めようとして感知魔法どうしが重なってしまうと、干渉して互いに打ち消してしまう」

「ユフィ、隙間を見つけられるか?」

「隙間ではないですけど」

「けど?」


 ユフィの指が指し示したのは、巨大倉庫の屋根部分だった。ヴィンスが目を閉じ、ややあって開眼したときには、困惑と拍子抜けが混在していた。


「屋上には感知結界がない?」

「そうみたいですね。周辺にはあの倉庫より高い建物がありませんから。見張りがいる気配もないですね」

「ということは、潜入は上からでおじゃるな」


 クライブの発言に被せるように、ジトっとしたユフィの目がクライブに突き刺さった。つられてヴィンスの目もクライブに向く。


「クライブさん、あなた、確か理由があって風の魔法を使えないって言ってませんでしたか?」

「然り」

「然りじゃないだろ。風の魔法が使えないオルデガンなど聞いたことがないぞ」

「麿にも理由があるでおじゃるよ。その理由を詳しく話せぬことは許していただきたい」

「筋肉に振りすぎて風に見捨てられたんですよね?」

「ち、ちゃんと使えるでおじゃるから!」

「理由云々は別にいいですけど……クライブさん、あなたはここで待っていてもらいますからね」

「む?」


 クライブは呻く。地上から堂々と突入するわけにはいかない。側面は感知魔法が展開されていて、隙間があるとはいえリスクが高い。倉庫以上に高い建物がないので、風魔法で屋上に移ることになる。


 ただし飛行魔法はダメだ。発動に伴う音が派手で、隠密行動には絶対的に向いていない。浮遊魔法でプカプカと浮いていくしかない。感知されないように、浮遊魔法の発動範囲を限界まで絞る必要がある。


 浮遊魔法はスピーディな移動手段ではないので、同行者クライブを連れて浮かんでいると見つかる危険性を高める。風魔法の使えないクライブが置いて行かれるのは当然だ。


「懸念はもっとも。が、空中を移動するのは可能でおじゃるよ」

「は?」


 クライブが読んだ入門書によれば、武とは緊張と弛緩によって成り立つ。己の体重を消し去れるほどの弛緩を習得した達人ともなると、水面に浮かぶ小枝の上にも、宙を漂う葉の上にも立つことが可能という。


 まさかクライブが達人の域にまで達しているのか。


 そんなエルフ二人の疑問に、クライブはにこやかに首を横に振る。


「いやいや、麿はまだその域には到達していないおじゃる」

「じゃあどうするんですか」

「体重を消すのは無理でおじゃるが、別の技術なら習得済みでおじゃる」


 豪語したクライブが披露した技術というのは特別なものではなかった。クライミングだ。


 感知魔法が仕掛けられているのは、件の巨大倉庫だけであることを確認した上で、近くの倉庫の屋上によじ登る。ヤモリもかくやという驚くべきスピードだ。行動と速度は驚くべきものでも、行動の内容はユフィたちとしても驚くべきことではない。


 屋上に立ったヴィンスが腕組みをする。


「こんなところに来てどうする気だ? まさか飛び移る気か?」


 奴隷を扱う倉庫とは距離があって、とても現実的な方法ではない。魔法の補助があれば可能でも、そんなことをすれば気付かれる恐れがある。しかしクライブの返事はそのまさかであった。


「無論、飛び移るでおじゃる」


 エルフたちの度肝を抜いたのは次の行動だ。クライブは屋上の床材の一部を剝がすと、宙に向かって投げた。


「待」


 制止を聞かず、クライブは陸上競技のように身を屈めた。鼻で息を吸い、スタートする。大した助走距離がないにもかかわらず十分な加速を得たクライブは跳躍、宙に浮かぶ床材の上に着地した。


「応えよ、麿の筋肉! あちょぉっ!」


 以上は小声だ。クライブの足が床材を蹴りつける。クライブの技術で床材はほぼ無音で木っ端微塵に砕け、たことを代償にクライブは更に大きく跳躍した。


 クライブが巨大倉庫の屋上に着地した瞬間、地上の見張りたちが怪訝そうに屋上に目を向け、クライブは思わず口を抑えて身を屈める。が、見張りたちは直ぐに油断した仕事モードに戻る。


 ほっと息を吐いたクライブは手を振ってユフィたちを呼び寄せる。ため息をついたユフィたちは浮遊魔法で屋上に移動した。


「うむ、麿のジャンプはどうであったかぶ!?」


 得意面のクライブの頭にユフィの拳が降ってきた。


「やるなら先にちゃんと言ってください。手順を固めないと不測の事態を招くでしょう」

「も、申し訳なかったでおじゃる」


 クライブにとって、こうも明確に責められるのは珍しい。自身は高位貴族の出で、最高位貴族マルセルの取り巻きなので、正面から注意してくるものなど皆無に等しかった。教師ですら気を遣ってくるというのに。


 クライブは驚くと同時、正面からちゃんと怒ってくれる相手がいることに、どこか嬉しく感じてもいた。


 屋上には倉庫内に通じる扉があり、クライブたちは気付かれないようにそっと開ける。


 階段には荷物が置かれていて、都合がいいことに身を隠すスペースができている。下からは光と、光以上に大量の音が漏れてくる。


 ヴィンスが唇の前に人差し指を立て、沈黙を促してきた。


「いやはや、今年も始まりましたな。落札最高額はどこになりますかな」

「うちでないことは確かですな。今回は仕入れに少々、失敗してしまいましてな」

「獣人の需要は高いといっても、種族ごとにばらつきが出る。護衛にするなら持久力に勝る犬人が一番人気だ。うちは南方の犬人族を多数買い付けてきたよ」

「それはいい。南方産は暑さに強く、過酷な環境にも耐えられる。高値で売れそうですな」

「しかしベッドの中ではやはり猫人でしょう。しなやかで情熱的、たまりませんぞ」

「それはそうだが、猫人はハネっかえりが多いのがなぁ」

「それを躾けるのが醍醐味ではありませんか」

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