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幕間:クライブ編 ~その十四~

 リスクを承知していない筈はないのだが、本気で襲撃を相談する二人にさすがのクライブも口を挟む他なかった。


「だからといって麿を含めてたったの三人で襲うのは回りくどい自殺か、手の込んだ破滅でしかないでおじゃろう」

「わたしたちだけでやるわけないじゃないですか。筋トレばかりで想像力が欠如しましたか? 他にも協力者はいます」


 協力者の単語にクライブは少しだけ安堵して、一秒後には嫌な予感が総出で背筋を這いずり回った。ユフィとヴィンスの顔にも苦みが走っている。


 少数精鋭による急襲と救出と脱出というだけならユフィたちにとっても悪い話ではないが、苦い表情には理由があった。


 大奴隷市に合わせてアムニテッシュに入り込んでいるエルフ族は数十人にはなるという。計画段階ではもっと大人数を送り込もうと主張する勢力もあったとのことだが、最終的にはこの意見は退けられた。


 奴隷解放後にはアムニテッシュからの脱出する必要があり、その際にあまりにも大人数で動いているとかえって危険だというのが理由だ。


 無事に少数精鋭に絞り込んだまではよかったのだが、ただしこれは賛成多数の意見で押し切っただけのことであり、多数を派遣しようと主張する彼らは表面的には同意したものの、腹の底から納得しているとは思えなかった。


「それってどういうことでおじゃるか?」

「わたしたちとは別の動きを見せるかもしれないってことです」


 もっと多くの人数を投入しようと主張する派閥の目的は、究極的には虐げられてきた積年の恨みを晴らし、亜人、特にエルフによる支配体制を作ることであるらしい。


 そのためには元人との戦争に突入することもやむなし、いや、むしろ戦争で叩き潰すことは必要なプロセスだと考えている。


「その手始めとしてに、俺たちのような全面衝突に消極的な派閥の排除を目論んでいる。力づくで排除するつもりなのか、奴隷救出の実績を奪って俺たちの発言力を奪うのか……実際にどう動くかはわからんが、連中は確かに、俺たちとは別に自分たちの手勢をアムニテッシュ近郊に隠しているからな」

「すべてのエルフがわたしのように、慈悲と慈愛と母性に満ちていれば、こんな争いも起こらないでしょうけど……まあ、エルフもまだまだ未熟だってわけなんです」

「ふんぐ!?」


 クライブは自らの平拳を自身の喉に突き刺した。ユフィの発言のすべてに全力全速のツッコミをするのことを防ぐためだ。


 如何に法で規制しようと、アムニテッシュのように違法を弁えた上で無視して動く勢力は必ずいる。


 亜人と一括りにしても、エルフ族もいれば獣人族もいる。獣人族にも猫人族や犬人族、獅子人族といった多くの種がいて、エルフ族も部族ごとに差異がある。決して一つにまとまっているわけではないのだ。


「亜人奴隷の解放」の一点では一致していても、それ以外では意見の対立が存在する。


 今回、アムニテッシュに入り込んで奴隷解放運動を展開している亜人たちの間でも、奴隷解放を第一と考える派と、奴隷を扱う商人や買い求める貴族たちを殺そうと考える派、更には全面戦争止む無しと主張する派とで意見が対立している。


 奴隷解放の題目手については思惑が一致していても、細かい部分では多くの差異があって、揺るぎない一致団結とは中々ならないのである。


 そのためそれぞれの組織が個別に動くことが多くなり、数や組織力で上回る元人たちを相手にして不利に追い込まれることが多いのだ。


「総論賛成、げっほ、各論反対という奴でおじゃるか。どこの世界にもあるもんでおじゃごほるなぁ」

「喉大丈夫ですか? 回復魔法で癒してあげましょうか? 自傷行為をしてしまう心の傷も癒しますよ」

「心の傷を治せる回復魔法など聞いたことがないでおじゃるが!?」

「わたしという存在ですよ」

「やかぁしゃぁっ!」

「気持ちはわかるが、やめておけ、クライブ。全面衝突を主張する奴らの中には、元人の奴隷商と手を組んでいる奴らだっているという話だ」

「どういうことでおじゃるか?」

「対立している派閥の亜人を売るんだ。売り飛ばして大金を得ると同時に、反対派を排除することに繋がる」


 露見しては意味がないので、もちろん隠蔽工作もしっかりしている。ユフィたちが潰した組織の中には確かに、主張を通すために亜人を裏切る下衆もいたのだ。


「そもそもエルフ族自体が部族単位で対立しているケースは少なくないですから」


 組織間だけではなく、種族としても総論賛成の各論反対の様相を呈し、迅速で一致した行動を採れないでいるのだという。


「だからこそ派閥ごと、思想ごとに行動する。必要なら他の種族とも、な」


 ユフィとヴィンスはまず奴隷を解放することを第一と考える派閥に属していて、アムニテッシュには他にも奴隷解放を優先するグループが複数、人数にして十五、六人が潜り込んでいるという。


 それとは別に、貴族や商人を殺すことこそが亜人の未来のためだと考える派閥の亜人グループも同程度の人数が確認されている。


「内輪揉めになる可能性もあるというわけでおじゃるか」


 クライブの声にヴィンスは頭を振る。


「連中との衝突が起きる可能性はかなり低い。奴隷解放までの協力は約束しているからな。連中も捕らえられている同胞を救出するという点では一致している。ただ、こっちは解放した奴隷と一緒に逃走することを選ぶが、奴らは解放と同時に貴族殺害に作戦を切り替える」

「それは」

「こちらの逃走の妨げ――貴族殺害に巻き込むために意図的に逃走を妨げてくる場合は、最悪、亜人どうしでの衝突に発展する可能性も否定はできないですね」


 ヴィンスの返答に眉根を寄せるクライブに、ユフィがあっけらかんとした声で説明する。


「亜人どうしの衝突は、偶発的に元人との衝突に発展しかねないというのに、な」


 クライブは軽いめまいに襲われた。エルフ族だけではなく、獣人のような他の亜人だって一枚岩ではない。戦闘力に長けている獅子人族や狼人族には強硬派が多く、兎人や犬人族のように、元人社会で多く暮らすものたちでは衝突反対派が多い。


 そして一枚岩ではないのは王国だって同じだ。立場や利権などが複雑に絡まり合って、様々な主義主張を持っているものがいる。亜人との共存を訴えるものもいれば、亜人は劣ったものであるので単なる商品として見るべきだと訴えるものまで、意見の一致したことなどついぞない。


 法律的な枠組みがあるため、エルフたちの立場に立って考えるものも王国上層部にはいる。


 いるにはいるが、アムニテッシュの貴族などの有力者がエルフに害されるようなことになれば、王国側の意見も反亜人・反エルフで結束するだろうことは想像に難くない。


 そうなれば王国と亜人との一大戦争に発展する恐れだってある。


「う、む、ユフィ嬢たちの懸念する通りのことが生じてしまえば……全面的な衝突に発展する可能性は低くはあろうが、少なくとも部分的な衝突が起きることは間違いないでおじゃろうな」

「部分的衝突? 全面戦争の可能性は低いと思う理由は何なのですか?」

「ミルスリット王国の国力は確かに大きい。総合的に判断するなら周辺国よりも頭一つは抜きんでているといってよいでおじゃろう」


 ただしそれは、あくまでも総合的に、だ。ミルスリット王国は強力な魔法騎士団を有してはいても、国土面積が広いことから各地に分散させる必要があった。


 特に国境を接する帝国と獣王国とは領有権で対立する土地が複数あって、散発的な戦闘が今でも起きている。王国の誇る四つの魔法騎士団のうち二つは、常に国境に張り付くことを余儀なくされていた。


「つまり、実質的に動ける騎士団は二つってことですね?」

「詰めるといっても、全団員が一ヶ所に常駐しているわけではないでおじゃるよ。四つの魔法騎士団は、それぞれ四つの大隊で構成されていて、土の団も四大隊が交代で帝国国境守備を担当している。それは他の地域でも同じでおじゃる」


 東方各国はミルスリット王国とは友好的だが、強固な同盟を結んでいる一部の国を除くと、東方各国とて帝国と大規模な商取引を行っている国もあって、ミルスリット王国の意のままに動くわけではない。


 国力と軍事力で他国を上回ることもあって、ミルスリット王国は周辺国から頼りにされている反面、警戒されている面もある。一部の貴族たちの中には王国こそが地域一帯の盟主だ、と他国を見下すものもいて、これがまた周辺国からの反発を招いているという現実もあった。


 亜人との全面衝突ともなれば王国側が投入する戦力も大規模なものとなる。つまり帝国のような仮想敵国につけ入る隙を与えることになる。


 帝国も亜人を劣等種扱いしてきた時代があったが、現在では戦力として組み込むことを戦略的に行っている。軍に決められた年数を務めあげると正式な帝国民として認める政策がそれだ。

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