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幕間:クライブ編 ~その十三~

「オルデガンだと? 貴族の? 貴族がなぜユフィと一緒にいる?」

「わたしの愛と誠意に満ちた説得を受けて心を入れ替えたんです」

「……成り行きか」

「理解の深い方とお会いできて僥倖の限り。うむ、今回のそもそもの原因が、貴族が根強く持つ差別感情に基づくものであれば、貴族である自分にも責任があるというもの。せめてアムニテッシュまでの護衛を申し出て、受け入れてもらえたのでおじゃる」

「ですから最初からそう言ってます」

「「一言も言っとらん!」」


 クライブとヴィンスの間に奇妙な連帯感が生まれた瞬間であった。そのヴィンスがチラリとユフィに視線を向ける。


「貴族共の差別感情に基づく?」

「そうです」

「…………わかった」


 かなり苦渋に満ちた「わかった」だ。ユフィと話をすると疲労が増す事実を、どうやら実体験として知っているようで、会話の脱線やツッコミ疲れを危惧して了解したのだと思われた。


「それでこの元人はどうする気だ? まさか、この件に噛ませる気か? 元人の、それも貴族を? 信用できるのか?」


 ヴィンスの声は驚きが三分で非難が七分で構成されている。当然の反応だ。ユフィと、このヴィンスの目的が亜人奴隷解放なら、元人のクライブを助っ人にするなど考え難い選択だ。


 ましてやオルデガン家は奴隷肯定派。奴隷禁止法の話が出たときには、廃案にするよう動き回ったことは有名な事実だ。


 奴隷禁止法が既に成立した今でも、活発に工作活動をしている。さすがに法撤廃までは無理があるので、改正を繰り返すことで、どうにかして骨抜きにしようと画策しているのだ。


 手始めに「犯罪を犯した亜人であれば、償いをさせるという意味で奴隷に堕とすことも可能にする」方向の改正を調整しているという。


「信用する根拠でもあるのか? 詳しく聞かせてもらおうか」

「詳しく話せるような内容もないですけど」


 ユフィが話した内容は本当に簡単なものだった。逃走中に森の中に入り、そこでクライブに出会い、助けを受け、一緒に森を出ることにしたこと、を手短に説明する。


「経緯はわかった、が大事なことが抜けているぞ。信用はできるのか?」

「一緒に動くようになってまだ少ししか経っていませんけど、少なくとも裏があるようには感じませんでした。あるのは筋肉だけ」

「うむ!」


 ユフィの皮肉交じりの評価を受け、クライブは喜色満面に頷き、三段ロールも弾む。クライブにとって筋肉が評価されるのは嬉しい限りだ。薄皮を張り重ねるようにして丹念に積み上げてきたのだから、是非とも評価してほしい。


「……わかった。お前が信じるに値すると判断したのなら、俺もとりあえずは信じることにしよう。もちろん、万が一のときはお前が責任を持つのだろうな?」

「え? そこは連帯責任でしょう。個人に責任を押し付けようだなんて、大望を抱く組織として間違っていると思わないんですか。まこと嘆かわしい」

「お前が勝手に連れてきたんだからお前が責任を持つのが筋だろうが! 嘆きたいのはこっちだ!」

「大きな声を出さないで下さいよ、ヴィンスさん」

「だっれのせいだと……っ」


 突っ伏してプルプル震えるヴィンスに、クライブは得も言われぬ親近感も覚えた。


「まあまあ、そんな深刻にならないでください。貴族だからいざとなれば人質に使えますし、見せしめに殺すことも」

「「おい」」

「場の雰囲気を和ます気が利いてウィットに富んだジョークはここまでにして、それで、わかったことはありますか?」


 ユフィの質問を受けて、ヴィンスもクライブに関する話題を止めた。納得したかは別として、重要なのはもっと別にある。


 ヴィンスが右のこめかみを軽く小突く。ユフィによるとこれはヴィンスの癖で、大事なことを話すときによくみられるものとのことだ。表情も真剣で、殺気混じりのものとなる。


「同胞たちは普段は別々の場所に少人数ずつが捕えられている。一斉摘発のリスクを避けるためにな」


 客の側からすると多少の手間はある。目当ての奴隷を手に入れるために、複数の店を回らなければならないからだ。奴隷を求める客はそれぞれの場所に赴き、個別に奴隷商人と交渉して売買を手に入れる必要がある。


 好事家の中には、最高の出会いのために店を回るのも楽しみの一つだ、と主張するものもいるが、実際に店を回って奴隷の情報を集めたり交渉したりする使用人たちからすると、かなりの重労働であることに変わりはない。


 例外が近日中に開催される大奴隷市である。


 大奴隷市は店を回る手間を省くだけでない。オークション形式を採ることによるボルテージの上昇は、アムニテッシュ経済に最大級の興奮と恩恵をもたらしてくれる。


 そのための準備として、商品となる亜人たちはこの時期だけ一ヶ所に集められるのだ。


「それがここだ」


 ヴィンスが開いた地図上で指し示したのは、港湾都市アムニテッシュの中心ともいえる港にある倉庫だった。陸路だけではなく海路も使って「商品」を輸送しているのだ。


 国境を越えて奴隷を欲する権力者や富裕層と、彼らを有望顧客と見込んで更に多くの奴隷商が集まる。それも地方経済を支える港を大胆に使用して。


 こんな大規模な闇市場がどうして存続できているのかというと、その理由は明快。アムニテッシュの領主が貴重な収入源として奴隷売買を黙認しているからだ。どころか、取引を積極的に推進してもいる。


 同時にアムニテッシュ領主は奴隷推進派であり亜人排斥派であり、亜人を売買することで懐が潤うのなら万々歳という考えを持っていて、頭の中だけで済まさずに実行に移しているのだ。


 さすがに堂々と表立って奴隷売買を推進するような言動は慎んでいるが、アムニテッシュ領民の口の端にも上るくらいには知れ渡っている話だった。


 アムニテッシュ領主はある意味においては間違いなく有能で、中央からの役人も金銭的・性的な搦手を通じて込んでいる。つまりは手が後ろに回るようなことはない。


「警備の状況は?」

「さすがの規模だ。数だけは揃っている」


 領主がそんな調子なのだから、治安を守る側も十分に弁えている。奴隷商人や貴族からのおこぼれに預かることは、アムニテッシュの兵士たちにとっては大事な副収入となっていた。やり手ならば、正規年収と同じくらいの額を大奴隷市の期間中に稼ぎ出すのだ。


 大奴隷市の開催時期ともなると、アムニテッシュの兵や官憲たちが奴隷商人の護衛たちと一緒になって警備にあたるのである。


 闇商人の護衛と正規兵が仲良く談笑しながら警備にあたっている様は、ある種の恐怖を周辺に与える。どこに訴え出てもすべては無駄だ、と。


「表の権力と裏の暴力が一緒になっている。普通なら近付こうとも考えんだろうよ」

「そこがつけ込む隙になっている、と?」

「ああ。警備の動員数自体は多いが、それだけだ。大奴隷市が行われるようになってから、商人どうしや客どうしで小競り合いが数件あっただけで、大きな混乱は起こっていない。警備の連携を取る訓練もなにもしていないことがわかっている」

「襲われることなどあり得ない、と高を括っているわけですね。ほえ面かかせて、目にもの見せてやりましょう」


 ヴィンスたちが打ち出す計画は単純にして大胆だ。大奴隷市に合わせて集められる奴隷たちを一斉に救出するため、奴隷たちを集めている倉庫を襲撃するというのだ。


 闇市場でも最大規模の、莫大な金額が動き、数多くの貴族や有力者も参加する大奴隷市。その「商品」を保管する倉庫ともなれば、警備は極めて厳重なものになる。


 しかも警備にあたっている連中の攻撃性も、最大にまで高まっているだろう。制圧して逮捕するよりも、その場で殺害することを選ぶに違いない。生きて捕まったとしても、見せしめとしてとびきり惨たらしく殺されて、死体は晒されるだろう。


「直接、襲うのでおじゃるか? 輸送中の隙を突くとかではなく?」


 計画の大胆さにクライブは面食らう。ユフィが小首を傾げる。


「輸送中のほうが警備は厳しくなることをご存じない?」

「こ、こやつは本当に」

「一ヶ所に留めている間は安心感もあるだろうがな、動かすとなるとどんな不足の事態が起きるのかわからないから、嫌でも緊張感が増す」


 ヴィンスとユフィの顔付きから、計画の難易度が高いことは容易に知れる。大奴隷市はアムニテッシュにとって最大の経済イベントだ。動くカネも莫大で、政治的な意味合いからも成功を前提にしている。


 警備に動員されるのはアムニテッシュ領の兵士だけでなく、奴隷商や場合によっては貴族の私兵まで動員されるという。


 警備にあたる人間たちは、奴隷がどういうものかをよく知っている連中ばかりだ。奴隷市を襲撃するユフィたちが捕えられようものなら、どんな目に遭うか。女のユフィなら奴隷に落とされ、ヴィンスは殺されるだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハゲとデブと筋肉のトリオって、独身3を思い出した。
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