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幕間:クライブ編 ~その十二~

「ふーむ、アムニテッシュに来るのは初めてでおじゃるが……訪れただけの人間からすれば、それなりに賑やかで商業施設もある程度は揃う、中々に居心地の良い都市でおじゃるな」


 商品として扱われる亜人たちにとっては地獄そのもの、だが。


 クライブが言外に触れたことにユフィは気付いたのか気付かなかったのか、彼女の視線は前を向いたままだ。


 亜人の地獄たるアムニテッシュに入るのに、手間はまったくかからなかった。


 ユフィが「さて、クライブさん。オルデガンの名前が最大限に生かせる機会を差し上げますね」と、煽っているのかと思うような働きかけをしてきて、クライブはイラっとしながらも家名と紋章を提示、あっさりと入れたのだ。


 所持品検査などあるはずもなく、順番待ちをしていた他の人たちをすっ飛ばして、如何にフードを被っているとはいえユフィですら警戒されることなく。


 あまりに簡単に事が進み過ぎて呆気に取られているユフィに、クライブはいつものことであると笑って返す。侯爵家の家名とクライブの持つ悪名が功を奏した結果だ。こいつ(オルデガンのバカ息子)を下手に刺激することは得策ではない、と。


「さすが、安定の悪評っぷりですね。よ、ナイス悪役!」

「それでフォローしているつもりでおじゃるかぁっ」


 クライブのツッコミも安定している。


「それで、ユフィ嬢、どこに行くでおじゃる? 仲間がいると口にしておられたが」

「わたしの一言一言を覚えているなんて、どれだけわたしのことが好きなんですか? ごめんなさい、顔を洗って出直してください」

「好意を示した記憶もないのにフラれるのは斬新でおじゃらんかな!?」

「この町には仲間がいるの。その人のいる場所に向かうわ」

「話の腰骨のへし折り方が凄い!? て、アムニテッシュの中にいるでおじゃるか?」

「そうですよ。なにか不思議なことでも?」

「う、む」


 クライブには軽い驚きだった。アムニテッシュは人身売買の一大マーケット。亜人は取引対象であり、捕縛対象だ。


 ユフィの知人というのが亜人なのか元人なのかは知らないが、どちらでも街中にいるということは危険であることに変わりはない。


 亜人ならユフィの同族だろうと想像はつく。元人ならどうだろうか。奴隷売買に反対する活動家あたりかもしれない。


 クライブには一つの気がかりが鎌首をもたげ始めていた。どうしてユフィは奴隷売買の中心地であるアムニテッシュに来たのだろうか。


 いくら協力者がいるとはいっても、アムニテッシュは危険度が高すぎる。他の都市に協力者がいないわけでもないだろうし、このことを踏まえると彼女は、明確な意図を持ってここに来たことになる。


 移動中は賑やかだったユフィの口数もかなり減っていることも気になる点だ。鎌首をもたげてきた程度だった気がかりは少しずつ大きくなり、今や大きな口をこちらに向けて開いているようだ。


 ユフィがアムニテッシュに来た目的は、単なる仲間との合流などではなく、奴隷解放の闘争のためではなかろうか。そういえば、わたしの仕事を手伝わせる、などと言っていたような。


 だとするなら、己はどう動くべきか。自問自答して思い浮かべるのはマルセルのこと、そしてニコルのことだ。


 生まれ変わると宣言し、実際に行動で示してきた彼ならばどう動くだろうか。じっくりと振り返るまでもない。マルセルなら奴隷解放に動く。


 ニコルはどうか。彼女も虐げられてきた側の人間だ。亜人というだけで踏み躙るような人間は大嫌いだし、蔑ろにされている人たちがいるなら助けようと動くだろう。


「当然、麿も続くでおじゃる」


 続くばかりで、先頭に立てない己を歯痒く思うクライブだ。


「?」


 怪訝そうな目を向けてくるユフィには、曖昧な笑みを浮かべて見せ、クライブもまたフードを目深に被ったのであった。特徴的な髪型のせいで、フードはかなり歪な形に膨らんでいたので、身を隠す効果についてはかなり疑わしい。


 アムニテッシュはさして広くない土地だ。周囲にも土地は広がっているものの、平野でないため家を建てるには大規模な造成が必要になる。


 開発のための費用も莫大な額に上るため、人身売買で十分な利益を上げているはずの歴代領主は、領地開発には熱心ではなかった。


 弊害を受けたのが町そのものだ。法や人倫に悖る商売であっても、活発な取引はヒトとカネの動きをも活発にさせる。


 人の流入が増えたにもかかわらず、暮らすに適した土地の開発が成されないことから、既にある建築物を増築することで住居を確保するようになったのだ。


 綿密に練られた都市計画に基づくような大層なものではない。住む場所を求めた人々が、行政に届け出ることすらなく勝手に増築をしていった結果、雑然そのままの、ある種のスラムのような建築群が形成されるに至っていた。


 クライブが見る限り、ユフィが歩を進める先は、どう考えても治安が悪い場所に向かっているように思えてならない。


 複数の暴漢程度なら、わけなく蹴散らせるクライブだ。いくら治安が悪かろうと、大した問題ではない。


 ただ、場所全体の雰囲気が妙な緊張感をクライブに与えていた。風通しや採光のことなど考えられることなく作り上げられた建築物は、まだ日が暮れていなくとも都市を薄暗く染め上げる。


 陰と陽が混じり合った活気を背中に受けながら、先を歩くユフィに声を掛ける。


「ここからどうするでおじゃるか?」

「合流場所があるます。行きつけの酒場って奴ですね。まだ時間には少し早し、軽く食事でもしましょう。その内に来るでしょうし。おっと、クライブさんは女の子と酒場に行くことが初めてでしたね。やったね」

「確かに初めてでおじゃるが、一言余計でおじゃる!」


 フードを深くかぶり直したユフィに案内されて辿り着いた酒場は、ツギハギだらけの建物の三階部分にあった。階段も建物の外に後付けされたもので、いつ踏板が砕けるかヒヤヒヤする。手摺が欠けている部分があって、ユフィによると、酔っ払いが転落した跡だという。


 瑠璃色の夜明け亭、の看板を出している店の雰囲気自体は賑やかなものだ。立地条件が悪いのに、客の入りは悪くない。というのも、アムニテッシュの酒場や飲食店の大半は、いわゆる空中店舗が多いからだ。


 一階部分に店を構えることができるのは、相当に資金力や人脈がなければできず、ほとんどが高級料亭や高級娼館に押さえられている。


 客の側もよく理解していて、千鳥足からの転落の危険を承知の上で、二階以上の店舗に足を運ぶのだ。


 瑠璃色の夜明け亭は酒にはさして力を入れておらず、代わりに食べ物、特に魚料理に力を入れている。港を抱える都市に構えている店とあって、店主の意気込みも強い。


 鱈と菜の花のトマト煮、鮭とジャガイモのオーブン焼き、イカの雑炊アローシュ、カツオと季節の野菜の焼きびたし、イワシのパン粉焼きなどなど、魚介を用いたメニューの豊富さは王都の店にも勝る。


 反面、肉料理の品揃えは淡白なもので、壁のメニュー札には年季の入った「売り切れ」の文字が書かれたままになっているものまであった。


「ほほう! これは美味いでおじゃるな!」

「さすがは悪徳貴族。舌は確かですね。ここは魚料理ならなんでも美味いけど、干し鱈を使った料理はもう鉄板で絶品なんですよ」

「せっかくの美味に盛大に泥水をかけるような物言いは止めてほしいでおじゃるな。だが確かに、この味に出会えただけでも森を出た甲斐があったというものでおじゃる」

「美味しい食べ物との出会いは旅の醍醐味の一つですよ。知らなかったの?」

「寡聞にして、知りませなんだ」


 そりゃそうだろう。マルセルあたりならそう言っただろう。なにしろクライブの食事と言えば、筋肉を作ることだけを優先したものばかりだ。


 味よりも旬よりもバランスよりも、より大きな筋肉を作るにはどうしたらよいか、とのみ考えている。


 美食家でもあるシルフィードと比べると、いかにも両極端だ。クライブが生まれて初めての美味に舌鼓を打っていたことも関係したのか、自分たちの席にいつの間にか三人目のフード姿が座っていたことに、クライブは気付かなかった。


「ぬぉわ!?」


 突如として隣に現れた相手に驚いたクライブは、椅子から転がり落ちてしまう。右手に持った料理を持った小皿を落とさなかったのは、さすがのバランス感覚か。床に転がるクライブを見やるフードの奥の目には、警戒の色も濃い。


「ヴィンスさん、気配を消して近付かないでと言ってるでしょう。ビックリするじゃないですか」

「ユフィ、この男は誰だ?」


 ヴィンスと呼ばれた男は、ユフィの抗議には答えずに、低い声と猜疑の色の濃い瞳で応じた。しかし答えたのはクライブだった。


「お初にお目にかかる。麿の名はクライブ、クライブ・オルデガン」


 オルデガン、の名にヴィンスの眉の角度が跳ね上がった。

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