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幕間:クライブ編 ~その十~

「本来なら、元人の、ましてやミルスリットの貴族を、どうやって信じられるのかという話、なーのーでーすーがー、わたしたちは特別な絆で結ばれた仲ですし?」

「正体不明の呪いで縛りつけたのであろう!?」

「正体ははっきりしてますよ。詳細を語らないだけです」

「詳細不明も問題でおじゃらんかな!?」

「たとえそれが呪いであったとしても、二人の心が確かに通い合っていれば、それを絆と呼ぶに何の不都合がありましょうか」

「不都合と不具合しか見当たらんが!?」


 疾風の如きツッコミの絶えないクライブは、どうしようもない理不尽さを噛みしめつつも、得心の頷きを示す。


 発言内容は問題外であるが、クライブにはユフィの、移動に対する懸念が確かにあるのだ。エルフの女性が一人で王国内を移動するのは危険極まりない事。どこに奴隷商人の目が光っているやも知れない状況では尚更だろう。


 奴隷商人が近付いてきたら来たで、これ幸いと溜め込んでいる財産を奪いにかかるに違いない。


 ユフィの神に祈りを捧げるかの姿勢、涼やかな声と笑顔は、事情を知らない相手なら確実に騙しおおせるだろう。クライブはツッコミをし続けた影響で喉を傷めてしまい、オルデガン家謹製ののど飴を放り込む。


「マーマー、んん、うんうん! それはつまり、麿がユフィ嬢の旅路に同行することを許してくれたということで、よろしいでおじゃろうか?」

「もちろんです。馬車馬のように粉骨砕身の覚悟で働きづめて下さいね」

「言い方!」


 クライブとしては、説得の手間がある意味で省けたことは僥倖であった。エルフの、元人に対する不信感は極めて根深い。


 典型的貴族からの脱却を成しつつあるクライブは、ユフィに信じてもらうためなら、エルフが奉じる神に誓いを立てても一向に構わないとさえ考えている。


 問題は、仮に誓いを立てたとして、人間の誓いなどにユフィが価値を見出してくれるか否かだ。声を大にしようと、喉が裂けるまで叫ぼうと、いかなる請願の言葉を並べようと、相手に受け入れてもらうことで初めて意味を成す。


 クライブが裏切らないとどうして言えるのか。ユフィにそう問い詰められた場合、クライブには返答に窮する。


 ――――麿の裏切りを想定するのもわかるというもの、が麿としては信じてくれ、と繰り返すしかないでおじゃる。この連中を倒した事実でもって信用してくれというのはまだムシの良い話でおじゃろうか?


 このあたりが精一杯か。ユフィを信じ込ませるため、奴隷商人と一芝居打ったと疑われる可能性も否定しきれないが、キャンプに広がるトレーニング器具を見てもらえれば、それなりの証拠になるのでは、と思っている。どの器具も使い込まれていて、一朝一夕で細工できるようなものではない。


 まあ、それ以前に、如何に信じ込ませるためとはいえ、高額傭兵になる魔法騎士崩れを完膚なきまでに粉砕するというのは不自然だ。


「じゃあ、エルフと元人の、通過儀礼でもしましょうか」

「通過儀礼?」

「どうして貴方はそんなにわたしを助けようと思うのですか? 別にメリットのある話ではないでしょうに」

「呪いをかけておきながら、本当に今更な通過儀礼でおじゃるな!? エルフの立場からすれば至極当然の疑問であろうが、小芝居臭が鼻について仕方ないでおじゃるがの!?」

「鼻についてるのは貴方の体臭ですよ。スメルハラスメント、ダメ」

「制汗剤と香水を欠かしたことはないでおじゃる!」


 体力には自信のあるクライブをして、息切れが酷い。


 クライブの消耗は脇に置いておいて、通過儀礼、という名のお約束である。


 ユフィは亜人。亜人を奴隷として扱う人間がいる。奴隷商は高値で売れるエルフを得るためには荒事も厭わない。かかわることは己が身を危険に晒すことであり、同行することは、危険の真っただ中に飛び込むことを意味している。


 近しい相手でもなんでもない相手に、そこまでの危険を冒すなど、易々と信じることなど果たしてできようか。


 呪い云々は別として、冷静に考えるとクライブも同感だ。見ず知らずの相手から、ましてや潜在顕在にかかわらず種族的な敵対心を抱いているであろう相手の同行など、とてもではないが、易々とは信じられない。


 クライブは背筋を伸ばし、姿勢を正す。


「麿はオルデガン家の人間でおじゃる」

「伯爵家の」

「左様。貴族とは民を守るが努め。同時に我ら貴族はミルスリットを支え守る存在。王国の人々の考え方に大きな影響力を行使してきたのでおじゃる。であれば、ミルスリットの民が間違いを犯し、誰かを傷つけたのであれば、それは我ら貴族の責任でもあると言えよう。ユフィ嬢に王国への不信を抱かせたというのなら、それは我ら貴族の責任。我らの無知と無責任と不如意によるもの」

「前置きが長いですよ。要するに?」

「話しを振ったのはそっちでおじゃろう!? 連中を取り締まれない責任と償いとして、是非とも麿に護衛をさせてほしいでおじゃる!」


 むふー、とユフィの口の両端が持ち上がっている


「それだけですか?」

「む?」


 クライブにしても発言は間違いなく本音であるにしても、他に思惑がある。


 クライブは森に籠っての修業を積み上げてきた。日々成長する筋肉を見て、達成感と充実感もある。同時に鍛えることの目的がよぎるのだ。


 筋肉を大きくすること、見栄えのいい筋肉を作ることが目的なのではない。あのときのような不覚を取らないために鍛えているのである。


 ユフィを守りたいとの思いに嘘はない。同時に護衛を通じて修行の成果を確かめたいとの自分勝手な考えもあった。


 ユフィの目はそんなクライブの考えを見抜いているようであった。ユフィの目に耐えきれなくなったクライブは勢い良く頭を下げる。


「す、すまぬ! 実は、この筋肉がどこまで通じるかを試したいと考えてしまったでおじゃる!」

「やっぱりですか」


 細められたユフィの視線に、クライブの巨大な筋肉が小刻みに痙攣する。他にもう一つの考えもある。ここで困っているユフィを助けなかったら、クライブは惚れた相手ニコルに顔向けできない。


 ユフィは少しだけ中空に視線を向け、思考を巡らす。


「オルデガンといえば風を得意とする家でしょうに、何で筋肉……」

「うむ、麿は今、故あって風魔法は使えぬのでおじゃる。故の中身を教えるのはちょっと控えさせていただきたいが」

「知りたくもないからいいですよ。それにしても、オルデガン……あの悪名高い貴族、か。情報を集めるのには、近くにいてもらうほうが都合がいいですね」

「うむ?」

「そうですね」


 ユフィはたっぷり五秒後にクライブを見直した。


「そこまで言われたら仕方ないですね。貴方の護衛を受け入れようではありませんか」

「護衛ではなく、呪いで縛った同行でおじゃろうが!? しかも麿の側が熱望しているかの如く話の筋が変えられているでおじゃるよ!? いや、もうこの際、それはどうでもいいとして、構わんのでおじゃるか? 麿はかなり自分勝手なことを口にしたと」

「大丈夫です。わたしは貴方の(呪い)を信じます」

「ルビが甚だしくおかしい!?」

わたしエルフを狙う連中はわんさか出てきそうですから、力を試すにはうってつけでしょう」

「ユフィ嬢のことは全身全霊で守るでおじゃるよ!」


 貴族と亜人エルフの利害が綺麗に一致した瞬間だった。


「それで、ユフィ嬢はこの後はどこに行く気でおじゃるか?」

「ああ、それなら仲間がいる町がありますので」


 ユフィが目的地として告げてきたのはアムニテッシュという港湾都市だった。港湾都市として他国との貿易も行われているが、こちらは小規模なものであり、王国他都市との取引が大半を占める港を有する都市だ。


 元は小さな漁師町だったのを、この地を治めるアムニテッシュ侯爵家が三代に亘って大規模な投資と開発を継続した結果、王国にとってもかなり重要な都市へとまで成長していた。


 成長していた、ではなく、問答無用で成長させた、というべきだろうか。


 開発には強権を乱発し、漁師の権益や土地、財産を没収するだけでなく、無実の罪を着せた挙句に、人足として働くことを刑罰に科すといった無体を行っている。


 それでも尚も反対を行ったものたちは、いつの間にか姿を消すという末路を辿っていて、アムニテッシュの道路を下に敷き詰められているなどと囁かれていた。


「う、むぅ……アムニテッシュ……」


 クライブは背筋が寒くなった気がした。クライブはアンデッド系の魔物が苦手だ。正確にはスケルトンやゾンビのような物理攻撃で砕くことができる相手なら大丈夫だが、ゴーストのようにこちらの攻撃をすり抜けるような相手がダメなのだ。

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