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幕間:クライブ編 ~その八~

「ひ、ひぃっ! 化物だ! か、かか勝てるはずがねえ!」

「筋肉お化け怖いぃぃい!」

「変な髪型のくせにぃっ」


 完全に戦意喪失した連中が逃げに入る、


「変だとぉぉおおぉぉ!? 貴様らは許せぬことを口にした。逃がさぬでおじゃるよ!」


 も易々と逃走を許すクライブではない。


 個人的な憤怒を込めて決意を込めて口にするや否や、三段ロールが怒髪天をついた。一瞬で回り込み、腹部への一撃で意識を奪い取った。他の連中にも拳や足を振り落としていく。


 価値観の全壊した魔法騎士崩れはというと、虚ろな瞳で乾いた笑い声を上げるだけの存在に成り果てている。


 あえて追加の攻撃は必要なく、しかし自棄になって暴れられるのは困るので、こちらも意識を刈り取っておく。首筋に手刀を当て、魔法騎士崩れは呻いて地面に倒れた。


「一件落着、でおじゃるかな」


 得意気に歯を輝かせるクライブの耳に、足元からの声が飛び込んできた。


「ぅぐぐ、こ、小僧……」

「貴様、まだ意識があったでおじゃるか!」


 スマートな仕草で意識を刈り取ったと思いきや、失敗していたとは。いい笑顔まで浮かべて見せたのに、格好悪いことこの上ない。


「く、今度こそ! どりゃ!」


 固めた拳を下段に振り下ろす。拳は魔法騎士崩れの腹にめり込み、胃液を吐き出した。


「ふう、これで」

「うぅ……ぃ、痛いよぉ……」

「ええい! まだ粘るか! さっさと気絶せいというのに! ふんふんふん!」

「ぐぼはっ!?」


 クライブのスタンプ蹴りを何発も受けて、ようやく魔法騎士崩れは白目を剥いた。ふぅ、と息を吐いてクライブはエルフ少女に向く。本来なら、助けられた側のエルフ少女が、感謝の言葉の一つでも口にするのが王道なところ、エルフ少女は、ととと、と近付いてきた上でにんまりと笑っていた。


「それで、元人さん? なにかわたしに言うことがあるんじゃないですか?」

「う」

「例えば、わたしの言葉を疑ったことに対する謝罪とか、もしくはわたしの言葉を疑ったことに対する謝罪とか、あるいはわたしの言葉を疑ったことに対する謝罪とか?」

「うごご」

「ええ? まさか! 謝罪することができないとでも!? ああ、人は過ちを認めて成長するというのに! 自ら成長する道を捨て去ってしまうだなんて!」


 大仰なポーズで勝手に話を進めていくエルフ少女に、クライブは血圧が上がっていくのを自覚した。


「ですが心配には及びません。わたしは慈愛に満ちたエルフの一族。貴方がたとえ謝罪の一つもできないような器の小さい人物でも、わたしは寛大な心で過ちを笑顔で許してあげます」

「麿が悪かったでおじゃるよ! お主の言葉を疑ってしまい、まっこと申し訳ごじゃらんかった!?」


 エルフ少女は満面の笑みを浮かべて、わかればいいのです、と深く頷いた。笑顔だけは本当に女神のように見えるから始末が悪い。


「それじゃ、わたしからもお礼を。あの程度の輩、蹴散らすのは造作もなかったですけど、それでも助けていただいたことは事実ですし? 一般常識を弁えたものの当然の対応として、お礼を申し上げます。余計なお世話感が否めませんけど、この度は本当にありがとうございます」

「まったく気持ちが伝わらんでおじゃるな!?」


 お礼を言われてこんなに気分が悪くなることが果たしてあるだろうか。クライブは過去の人生を振り向いて、そんな記憶がないことを確認した。確認して、気持ちを切り替える。


「ほ、気にする必要はないでおじゃる。女性を守るは筋肉の責任でおじゃるからな」


 男の責任とか努めというのならともかく、筋肉の責任なんて言葉、エルフ少女は聞いたことがない。クライブ自身も初めて口にした言葉で、不思議としっくりきた。


「自己紹介がまだでおじゃったな。麿はクライブ、趣味は意外であろうが筋トレでおじゃる」


 なにが意外なのか、エルフ少女にはさっぱりわからなかった。


「それで、エルフのお嬢さんはどうしてこんなところにいるでおじゃるかな? 実は貴族の令嬢で、この無頼漢共もお嬢さんの護衛でしたというのなら、申し訳ない限りでおじゃるが」

「もちろん、そんなはずがありません」


 手を組んで星を振りまくような笑顔のエルフ少女は、クライブからは見えないように、ニヤリと笑った。


「どうしたでおじゃる?」

「いえ、実は」


 元から余裕ある態度を維持していたエルフ少女は、少し考える仕草をしてから事情を話し出す。


 エルフ少女の名はユフィ・デファレス。百二十歳程度の、エルフの中ではまだまだ年若い少女だ。長寿で知られるエルフ族の中には、八千年を超えて生きるものまでいるというのだから、確かに百歳そこそこなど若者である。


 若者の行動が慣習やルールを嫌うことに種族の差は少ない。


 ユフィも森で暮らすエルフの生活に飽き、掟を破り外に出てきたのだという。自由を満喫していたユフィは、ときに魔物を退治し、ときに大きな街に行って里では口にできなかった山海の珍味に舌鼓を打った。


 そうしたある日、奴隷商人に捕まりそうになったのである。


「クライブさんは亜人を扱う奴隷商をご存じですか?」

「うむ」


 かつてはクライブも利用こそしないものの、存在することを当然だと受け止めていた事業形態。今では友人たるマルセルと一緒に決別を決めた相手。


 このエルフ少女も、人身売買の被害者なのだろうか。クライブは問題の根深さと広がりに眉が寄る。


「その奴隷商人から逃げてきたと?」

「ええ」


 ユフィも他のエルフから、人間が元人を勝手に名乗り、エルフたちを亜人と呼んで下に見、亜人を売買の対象にしていることを教えられてはいた。


 わけてもエルフは極めて高値で売買されていると。ただしどれだけ危険だと教えられていても、単なる知識でしかない。現実での体験を伴っていないため、親切を装って近づいてきた人間に亜人たちが騙されるケースは後を絶たない。


 最初こそ警戒してはいても、今まで知らなかった人間の町や娯楽についての話を聞いたり体験したりするうちに、ほだされてしまう。見せかけの親切を見抜けず、捕らえられる亜人たちの何と多いことか。


 ユフィも捕まりそうになったのだが、ユフィの警戒を解くための席上で、酔っ払った奴隷商人がこれから行う買い手についての情報を嬉々として話している聞いてしまう。


 聞いた以上は動くしかない。隙をつき、逃げ出すことに成功したのだった。


 逃げ出すことに成功しても、逃げ出した先にあてはない。森の中を生活の拠点にする種族であること、人間は誰も信用できないことから森の中へ入ったのだが、奴隷商人は森の中にまで追っ手を差し向けてきたのだという。


「執念深い奴でおじゃるな」

「それだけエルフは高値で取引されてるってことなんでしょう。追手に魔法騎士崩れを雇うだけの経費をかけてもいいと思うくらいには……ご理解いただけましたでしょうか?」

「うむ……それで、麿はどこからお主の話を信じればいいでおじゃるか?」

「そんな! 社会的弱者であるエルフわたしの訴えを信じていただけないと!?」

「お主がそんな殊勝なわけがなかろう!? 付き合いの短い麿でもそれくらいはわかるでおじゃる!」

「ち」


 エルフ少女は行儀悪く舌打ちをした。


「同情を引く作戦は失敗ですか」

「堂々と言うなでおじゃる」


 仕方ないですね、とユフィは肩を竦めて見せ、咳払いまでする。


「実はわたしたちエルフ族には、『悪人にはなにをしてもいい』『悪人からは尻の毛一本も残さずに毟り取るべし』との御聖訓がありまして」

「嘘つけぇっ!」


 思慮深く、冷静で、精霊の代行者とも森の賢者とも囁かれるエルフが、急に極悪盗賊に思えてくるクライブであった。


 この認識が勘違いであることに気付くのに、大した時間はかからなかった。このエルフ少女、奴隷商の財産を根こそぎ奪ってやろうと思ってわざと捕まってやったのだと続ける。


「あ、もちろん、同胞や亜人の解放が最大の目的ですよ。その過程で、頂戴できるものは一切合切貰っていこうと思いまして」


 亜人たちを解放したとしても、奴隷商が生き残っていたり、事業者の中に十分な資金が残っていたりすれば、再起も容易くなってしまう。この事態を避けるためにも、人身売買業者の財産をすべて奪い取るのだと胸を張って主張する。


 ここまで聞いてクライブはふと、ある噂を思い出した。ほとんどのエルフは奴隷業者を打ち倒し、同胞たちを解放することだけを目的としている。


 これに対し、ごく少数ながら、エルフ族長老衆の指示を聞き入れながらも、好きに行動する一派があるらしい。

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