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幕間:クライブ編 ~その七~

 調達することができるのは材料となる動植物以外にもある。製造における過程で、実際の効果効能と副反応などを調べるための、人体実験用の素体だ。


 オルデガン家も奴隷肯定派に属しており、同時に元人は亜人よりも上位にあるとの思想も持っていることから、主に亜人を薬物実験に使っていた。


 更には実験が終わった後の亜人を安く払い下げることまであった。度重なる薬物投与実験の結果、既にボロボロになった奴隷だ。


 買った相手が人道的で奴隷解放を唱えているような人物ならともかく、そうでなければ行く末は悲惨なもの以外にはない。


 クライブの指摘に初老の魔法騎士崩れの顔が赤くなる。どうやら図星だったようだ。初老の男は赤い顔を伏せ、プルプルと小刻みに震えていた。震えが足にまで届いた瞬間、初老の男は右足を持ち上げ、地面を蹴りつけた。


「ええい! 黙れ黙れ! 小童が知った口を叩くでないわ!」


 地団太を踏むとはまさにこのことだ。口角泡を飛ばすとの表現も当てはまる。確かなのは、経験豊かな大人のとる態度にしては、あまりにも児戯めいていることだ。年齢的にも精神的にもまだまだ一人前には程遠いクライブから見ても、みっともないと思うレベルである。


「口巧者な小僧風情が! 大人に対する礼儀を弁えなかったこと、すぐに後悔させてやるわ! 《風の尖刃》!」


 崩れとはいえ老人は魔法騎士としての経験を持っている。術の構築速度はさすがの一語。威力も十分な殺傷能力を持っていることは容易に窺い知れる魔法を前に、クライブは口の端を吊り上げた。


「猪口才な!」


 大きな胸筋に更に力が込められる。受け止める気だ。


「は? 受け止める気!?」


 エルフ少女の声に、魔法騎士崩れもまた反応する。


「あほうが! わしの《風の尖刃》を生身で防げるとでも思ったか! 血だるまになるがいいわ!」


 ちゅどーん。


 そんな効果音の有無については議論の余地もあるだろうが、確かに《風の尖刃》はクライブを直撃した。《風の尖刃》の鋭さを考えると、クライブを貫いて、後ろのエルフ少女に当たっていてもおかしくない。


 魔法騎士崩れの顔は、少なくとも勝利は確信していて、十秒を経ずに確信は砕け散った。


 砂埃は晴れた中に立っていたのは、青空に浮かんでも不思議ではないほどのいい笑顔で、アドミナブル・アンド・サイのポージングを決めたクライブの姿であった。


『『『はい?』』』


 エルフ少女も魔法騎士崩れも無頼漢も、目を丸くしている。


「ふ、その程度でおじゃるか。所詮、崩れは崩れということでおじゃるな」

「いやいやいや、おかしいでしょ、どう見ても」


 白い歯がきらりと輝くクライブに、真っ先に反応したのはエルフ少女だ。顔の前で手のひらを振っている。


「なんで魔法を受けても平然としてるの? 《風の尖刃》は岩でも斬り裂く魔法よ? なんでかすり傷一つもないのよ、おかしいでしょ」

「わからぬでおじゃるか?」

「わかるわけないでしょう」

「すべては筋肉でおじゃる」

「なるほどなるほど……ますますわかんないですよ!?」


 エルフ少女の叫びに、クライブは呆れたように頭を振った。


「筋肉とは決して裏切らない最強の鉾であり鎧。鍛え上げ、鍛え抜かれた筋肉ならば、崩れ如きの魔法の一つや二つ、防げることに何の不思議もないでおじゃる」

「いや、不思議でしかないんですけど」

「筋肉への理解が浅いでおじゃるな」


 浅いも深いもないだろう。そんな空気がキャンプに広がった。


「筋肉はいい。鍛えれば鍛えるほど、応えてくれる。わけても学院最高最強であること疑いない麿の筋肉ならば、下賤の輩の魔法など弾けて当然でおじゃろう?」


 もちろん当然なわけがない。


 魔法を防ぐのに筋肉だけで足りるわけがないのだ。魔装のように魔力で編み上げた魔法騎士独自の技能や、そうでなくては特殊な加工を施した装備が必要になる。


 加えてもう一つ、基本的な点がある。魔法騎士は無意識に全身を魔力で覆っていることだ。この魔力の膜は防御力を持っていて、弱い魔法や攻撃なら防ぐ、あるいは減弱させることができる。


 ただし限度がある。魔法騎士団長なら、魔法騎士学院の生徒が放った初級魔法程度なら弾くことが可能だ。崩れとはいえ魔法騎士が放った魔法を弾くなど、エイナール級の魔法騎士でも不可能である。


 しかしクライブは筋肉を肥大化させる際に魔力を使用しており、全身を覆う魔力の膜も同時に強化しているのだ。それも無意識に。


 しかもクライブは魔法力のすべてを、というよりも才能の一切合切を筋肉に振っているような状態で、だからこそクライブの防御力は格段に向上している。


 魔力+筋肉、つまりは圧倒的な筋肉ならば、魔法騎士崩れの魔法程度は突破できない程の防御力を得るのは自明の理といえよう。


「自明なわけがないでしょう!」


 エルフ少女の言葉は正しい。魔法騎士崩れも同様に感じたらしい。


「バカなバカなバカな! わしの魔法を筋肉で防ぐじゃとう!? そぉんなバカなことがあってたまるか!」


 もちろんのこと、魔法騎士崩れの側からすると、筋肉で魔法を弾かれるなどかつて経験したことのないものだ。狼狽し、混乱し、思わず喚いたとて誰が責められようか。


「目の前で実際に見て尚、目を背けようとは……何と愚かなことでおじゃるか」

「いやいや、愚かじゃないですから? 筋肉で魔法は弾けないですからね。わたしでも騎士崩れの爺さんの気持ちはわかりますから」

「ふむ、筋肉への愛と理解が足りないでおじゃるな」


 そんな問題ではない。クライブ以外の全員の気持ちが一致した。だが行動までは一致しない。心理的に距離を置いたエルフ少女とは反対に、魔法騎士崩れが激昂のままに追加の魔法を放つ。


「我が胸筋の冴えを見よ!」


 ぼかーん。


「腹筋のキレ具合に慄くがいい!」


 ずがーん。


「広背筋の美しさに痺れたか!」


 どかーん。


 ついさっきの無頼漢の攻撃同様、魔法騎士崩れが次々に放つ魔法の数々を、クライブはポージングと共にすべてを弾く。


「……しょ、しょんなはじゅは…………」


 魔法騎士崩れの杖を持つ腕がプルプルと震え、目と口が大きく開かれ、右の鼻から鼻水が長く垂れるのも無理からぬ話である。


「わ、わしが研鑽を積み上げてきた魔法が、魔法の数々がこんな筋肉などに防がれるなど、しょんなバカなことがあってたまるか。騎士団の連中を見返すために練り上げてきたわしの魔法……わしの、魔法ぉぉぉ、魔法がぁぁ……」


 あまりにもショックが大きかったのか、魔法騎士崩れの頭部から残り少ない頭髪がハラハラと舞い落ちていく。一瞬で二十年は老けた印象だ。


「こんな、こんな、ぶぁかなことは現じちゅじゃなぁぁぁぁあああいっ!」


 更に放たれる、恐らくは渾身の力を込めたであろう《豪火線》の魔法が迫る。人はおろか、砦の石壁程度なら確実に貫ける強力な火の槍を見据え、クライブは大きく手を広げてた。


「は? 迎え撃つ気? なにやってるんですか、逃げて!」


 エルフ少女の声はもちろんクライブの耳にも届いている。だがクライブは逃げない。なぜか? 己が後ろにはエルフ少女がいるからに他ならない。


 自分が避ければ、《豪火線》が彼女を傷つけるかもしれないではないか。麗しい女性を守るために戦えるなど、まさに男の本懐。


 故にこそクライブは避けないのだ。


 筋肉に対する全幅の愛と信頼が、そこにあることも関係している。


「げらげらげら! バカめ! この《豪火線》はわしの魔法の中でも最強最大の一撃! 砦ですらもぶち抜く魔法ぞ!? 筋肉なんぞで防げると思」

「っっふぅぅぅううん!」


 バチン、と空気が轟音を伴って弾けた。クライブが採った行動、それは合掌だった。殺意迸る《豪火線》を、左右からの掌打で挟み、押し潰したのだ。


「防げると、思……思、お、も……ぉ、ォぉォおおぉぉおぉ……」


 もはやエルフ少女は騎士崩れの男のことが気の毒になっていた。


「無駄だ! 我が筋肉は鍛え上げられていることに加え、今はそれだけではないでおじゃる。麗しきレディを守る騎士として気高き使命も帯びている! 貴様らの如き卑劣漢の刃が我が筋肉を傷つけることなど不可能!」

「刃じゃなくて魔法ですよ!」

「魔法でも同じことでおじゃる!」


 いや違うでしょ。エルフ少女の目はそう物語っていた。ついでに男たちの全身も同じことを主張していた。

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