幕間:クライブ編 ~その六~
クライブとエルフ少女の出会いはまったくの偶然であり、意図など存在しない。
独断と浅慮による決めつけは、真実からは程遠く、遠いからといって男たちのすることには何の変化もなかった。暴力的な空気と視線をクライブにもぶつけてくる。どうにも殺意過多の印象だ。
「さあ、勇敢なる戦士よ。幼気な美少女であるわたしを助けなさい!」
「自分で言うなでおじゃる!」
「ごちゃごちゃうるせえぞ! ふざけやがって小娘が。いらん手間ぁ、かけさせんじゃねえよ」
「大人しくこっちに来るってんなら、その男は見逃してやってもいいんだぜ? なあ、そこの男!」
「麿でおじゃるか?」
「麿って、なんだその言葉は。まあ、今はそんなことはどうでもいい、てめえだよ。大人しくそっちのエルフを渡しな。そうすりゃ命だけは助けてやる」
武器をちらつかせて威嚇しつつ要求してくる男に、クライブはため息をついた。このエルフ少女には確かに色々と思うところがあるが、だからといってこの手の連中を相手に、引き下がれるはずもない。
「貴様らのような品性の欠片もない間抜け共の要求、麿が受け入れるわけないでおじゃろうが」
「ああん?」
「聞こえなかったでおじゃるか? 貴様らに与することなどあり得ぬ、ということよ」
「下らねえな」
吐き捨てた男は、同時に唾も吐く。クライブが己が筋力で切り開いたベースキャンプに唾を吐いたのだ。クライブの眉が微かに動く。
「髪型が間抜けな三段ロールだと頭も悪くなるのか? せっかく話し合いで解決してやろうってのによ。この数を相手にどうこうできると思って」
「間ぁぁぁ抜ぅぅうけだとぉぉぉおおっ!?」
プッチィイン、とクライブの堪忍袋の緒が切れ飛んだ。いや、爆発四散した。
自分の髪形は王国の名誉と伝統を――決してそんなわけではないのだが――背負っているとの自負心の強いクライブであるが故に、髪型への侮辱は逆鱗になり得る。他には筋肉への侮辱も逆鱗だし、ニコルの件だって逆鱗だ。
「なななななんだこいついきなり!?」
「おい女、てめえ、こいつは何なんだ!?」
男たちの当然ともいえる疑問に、当然のことエルフ少女は答えを持っていない――――
「簡単なことよ。この男が今からあなたたちを蹴散らします。命が惜しくば早めに降伏することですね」
――――のだが気にせずに答えていた。
「ふん、この髪型の素晴らしさも理解できんような低センスの下民共など、我が敵ではないわ」
ポンポン、と三段ロール髪に触れるクライブは、口元に不敵な笑みを浮かべて見せた。
大人に対する礼儀を弁えていない子供の太々しい態度、それも身分差を感じさせる口調は無頼漢どもを不愉快にさせるには十分すぎる効果がある。男たちの額に青筋が浮かび上がった。
「け、髪の毛で戦うつもりかよ、クソガキが」
「愚かな。戦いに使うのは、我が相棒たる筋肉でおじゃる!」
サイドチェストのポージングをビシッと決めるクライブ。男たちに浮かんでいた青筋が二本三本と追加された。
「筋肉だけで勝てるつもりかガキが! こっちの人数わかってんのか!?」
「雑魚がどれほどいようと物の数ではないでおじゃる! 更に! 麗しきレディを守るために戦うは男の本懐! そこに種族の差などあろうはずがない! なによりもぉっ! 我が髪を侮辱したものには報いを受けさせねばならぬ!」
厳しく断言するや否や、クライブは突進する。素手の子供が無策で突っ込む。傍目には無謀極まりない特攻にしか映らないだろう。
「け、突っ込んでくるだけかよ」
無頼漢どもにとっても同様だ。魔法騎士ほどではなくとも、多くの実戦を経験を重ねてきた男たちにとって、駆け引きのない突進など恐ろしいものではない。
それなりに素早い動作で剣を上段に構え、簡単な作業をこなすように振り下ろした。鉄剣は正確にクライブの左鎖骨に吸い込まれ、どこか愉快な音と共に刀身が折れ飛んだ。
「「はい?」」
目が点になったのは剣を振り下ろした男だけではない。クライブの後ろに立つエルフ少女もだ。
「いぎゅらぶぉっ!?」
折れ飛んだ愛剣に意識を奪われていた男の腹部に、クライブの膝蹴りが直撃した。筋力に加えて、魔法による強化も最大限に乗っている膝をつき上げたのだ。無頼漢が着ける革の胴当て如きが耐えられるはずもない。骨が折れ、内臓が潰れ、短い悲鳴と大量の血反吐を吐いて吹き飛んだ。
「な、な、な」
「呆けている暇はないでおじゃるよ!」
「ぐへぁっ!」
クライブの左アッパーが一人の男の顎を完膚なきまでに砕く。
「このガキが!」
「クソが、容赦すんじゃねえぞ!」
男たちは下劣なりの怒りに震えてクライブに襲いかかる。剣を、手斧を、ナイフを、クライブはフロントダブルバイセップスのポーズで迎え撃つ。振り下ろされる剣。
「ふん!」
筋肉が剣を弾く。斧が横薙ぎに振るわれた。
「むん!」
斧の刃が砕けた。気合と共にナイフが突き出される。
「そいや!」
ナイフを持つ男の手が折れた。
『『『どうなってんだ、てめえの体はぁぁっぁあああ!?』』』
男たちの絶叫も無理からぬことだ。
「無駄無駄無駄ぁっ! 愛はすべてに勝つ! 筋肉は愛で育つ! すなわち筋肉は愛であり! 愛がすべてに勝つ以上は筋肉もすべてに勝つのでおじゃる!」
暴論を通り越して、もはや単に意味不明で滅裂な妄言である。エルフ少女はドン引いている一方、クライブの筋肉の前に攻撃すべてを封殺された男たちには、衝撃的な効果があった。
「こ、この化物め!」
「化物だと? ふ、安心するがいい、麿は責めぬでおじゃる。筋肉への無理解者が世に蔓延っている事実は麿もよく知っていること。そのような無理解者に筋肉の良さを教え、正しき筋肉道へ導くことも麿の役目でおじゃるからな」
「……筋肉道ってなんですか?」
エルフ少女の眉は凪の大海原のように、とっくに平坦になっていた。
「筋肉を愛し、筋肉を慈しみ、筋肉を育て育み、筋肉を広める。この世界を筋肉愛で満たすために。それこそが筋肉道でおじゃる!」
「意味わかんねえよ!」
男の絶叫はそのままエルフ少女の叫びでもある。
「ふっふっふ、無知であることを責めはせぬ。麿が正しき道を示す故、疾く立ち直るでおじゃるよ」
「いらん世話だ、この変態め! ええい、先生、お願いします!」
男が森の奥に声を飛ばす。物言いからして、自分たちだけでは手に負えない事態に備えた用心棒だろう。
「やれやれ、結局はわしの出番か」
ヌルリ、と姿を現したのは、無頼漢どもとは明らかに雰囲気の違う初老の男だった。服装こそ市井のものであるが、右手に握るものが一般人でないことを物語る。エルフ少女の顔色もサッと変わった。
「まずい、あいつは」
反対に落ち着いているのはクライブだ。
「ふむ、魔法杖……魔法騎士崩れでおじゃるか」
「崩れじゃと? ほざくな、ひよっこが。あのような組織、わしのほうから切り捨ててやったのだよ。魔法を極めるための真なる試みを、邪道などと的外れな批判をする愚昧共。わしには必要のないものじゃ」
ニタリとした笑みが初老の男の顔に張り付く。三日月形に開けられた口からは、気のせいか死臭が漂っていた。同時に粘り気の強い殺意が滲み出る。
「なるほど、見当がついたでおじゃる」
「ぬ?」
「大方、魔法の人体実験に亜人を使って追放されたクチでおじゃろう。魔法騎士は対外的にも王国の象徴となる存在。貴族にいくら差別主義者や奴隷肯定者がいようとも、魔法騎士団ではそれらをすべて禁じておる故の」
ビシリ、と決めつける。ちなみに突きつけたのは指ではなく、モコリと膨れ上がった左肩の筋肉だ。
クライブがこの推論に容易に辿り着いた理由は簡単だ。人体実験の加害者側にいるのがオルデガン伯爵家だからに他ならない。
オルデガン家は薬の製造と販売を手掛けている、市場でも王国トップシェアを持つ家だ。高価ではあっても、非常に良く効くとの評判は国内外に響いている。自領で原材料を育てている他、国際的な調達ルートも確立していた。




