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幕間:クライブ編 ~その五~

 もちろんクライブには気付いている様子もなく、ドゥルン、と三段ロール髪をなびかせる。


「ふっふっふ、わかるでおじゃるか? さすがはエルフ、審美眼は王国のバカ貴族などの及ぶところではありませんな」

「いえ、それは関係ないような」

「これこそは! 我がミルスリット王国に伝わる貴族伝統の髪型!」

「っ」


 貴族、の単語にエルフ少女の眉根が極微かに寄る。


「そう、そうそうそう! 建国王が自らの誕生日を祝う席で披露したものでおじゃる! 以来、王国貴族の間で大流行したでおじゃるが、最近ではおしゃれではないとか古臭いとか言われて廃れてしまっておるのよ。なんとも嘆かわしいと思わぬでおじゃるか!?」

「そ、そうかしら?」

「ほれほれ、豊かな毛量が成せるゴージャスな髪型でおじゃろう? この伝統と格式を後世にまで語り継ぐことは、麿が自らに課した責務の一つなのでおじゃる」

「そ、そうですか……」


 心理的には数キロ単位で距離をとっているエルフ少女とは裏腹に、クライブの顔は紅潮して興奮状態が続いている。筋肉を褒められるのと同様、髪型が褒められることが好きなのだ。


 逆説的に、髪型をけなされるのは大嫌いである。学院では権力に物を言わせて、髪型を悪く言った相手を徹底的に叩いてきた。


 聞こえないような陰口であっても、必ず聞きつけて、きっちりと仕返しをしてきたのである。クライブの髪を貶した相手が、数日後にはズタボロになっていたことも一度や二度ではない。


 シルフィードのサラサラヘアスタイルとは宿敵ともいえる間柄で、同時に周囲になにを言われようと髪型を貫き通すという点で同志でもある。尚、建国王がこの髪型にした際も、他の貴族たちが真似した際も、地毛ではなくカツラであったという事実をクライブは知らなかった。


「では次はこちらからの質問でおじゃる。エルフのお嬢さんはどうしてこんな所にいるでおじゃるか。いや、エルフが森にいることは不思議ではないにしろ、やけに疲労している様子。どう見ても只事ではないでおじゃろう」

「そんな、わたしをジッと観察していたんですね、変態。衛兵に突き出していいですか?」

「違ぇでおじゃるわ! あと、突き出すのは勘弁してほしく!?」


 クライブは実家からの支援を失いつつあるので、官憲に出張られると、所持する薬物に関しての説明がややこしいことになる可能性がある。


「冗談ですよ。わたしはある奴らに追われて、森の中を逃げていたんです。ここには偶然流れてきただけですが……何ですか、その目は? 視姦はやめて下さい」

「人のイメージを不当に貶めるのはやめるでおじゃる! エルフが森の中で不覚をとるだなんて、俄かに信じられる話ではないでおじゃろう」

「む。失敬ですね。どんな天才にだってミスはあります。わたしのような天才美少女エルフだって例外ではありませんから」


 胸を張ってドヤるエルフ少女に、クライブは強烈な頭痛を感じた。どうにもかかわってはいけない相手にかかわってしまったような、取り返しのつかないミスを犯してしまったかのような感覚だ。土魔法に泥沼を作って相手の足を奪う魔法があるが、まるでそれに嵌ったかのよう。


「貴方も元人だったら、わたしたちエルフが奴隷商につけ狙われていることは知っていますよね?」

「ぅ、む」

「今、私を追っているのもその手合いです。商会の名前は覚えてもいませんが、奴隷商なのは確かですから」


 かつてのクライブは奴隷商を利用する側の人間だったので、このあたりの事情には詳しい。このエルフ少女の性格はどうであれ、エルフというだけで狙われる理由になるのだ。性格がどうであれ。こんな性格のエルフに果たして需要があるのかどうか。クライブは太い腕を組んで考え込む。


「あ、信じていませんね。まったく、こんな美少女の言葉を信じられないだなんて、現代の元人社会はこんなにも心を病ませるものなんですね」

「世界全体に責任を負わせるのはどうかと思うでおじゃる」

「仕方ありませんね。わからず屋の貴方でも納得できるように証拠をお見せしましょう」

「おい、ちょっと待つでおじゃる。まるで麿に責任があるかのような話題の展開は受け入れられないでおじゃるよ」

「いいから、黙ってそこで待っていてください」


 エルフ少女はピッと決めつけて、森の中に入っていった。


 一人、ポツネンと取り残される形になったクライブは、唐突に訪れた沈黙を非常に心地悪く感じた。このキャンプを利用していたのはクライブだけであり、一人であるのが当然であったのに、奇妙な感覚である。


 さて、エルフ少女はどこまで行ったのか。ふと気になったクライブは、探知用の風魔法を広げてみた。結構な範囲にまで広げたのだが、エルフ少女を捉えることはできない。


 元人よりも魔法適性に長けたエルフ族は、魔法で近くすることはできないという噂は本当だったのか、とクライブは一人納得した。


 代わって感知したものがある。森の中には不似合いな、集団だ。これがエルフ少女の言っていた奴隷商なのか。エルフ少女の言葉は本当だったのか。こんなことなら最初から魔法で調べればよかったな。


 色々考えつつ、ここからあのエルフ少女はどうするつもりなのか、などとのんびりしていたのが間違いだった。


 ――――あれぇ、皆さん、まだウロウロしてたんですかぁ?

 ――――てめえ、女ぁっ! こんな所にいやがったのか!

 ――――見つけたぞ! 絶対に捕まえろ!

 ――――ああ、こんなにも必死にわたしを求めるだなんて……自分の美しさが怖い。

 ――――じゃっかしいわぁぁぁぁあああっ!


 以上のやり取りがクライブの耳に飛び込んできた。音は複数で、姿や気配を消すことに集中されていない。距離的に「捕らえた」と思っているのか、威嚇目的なのか、意図的に音を大きくしているようですらある。


 しかも怒号のやり取りは徐々に近づいてくるではないか。まさか、とクライブの脳裏とか背筋に嫌な予感が走る。


 予感を振り払おうとして、振り払うだけの根拠がないことに気付く。ついでに予感が叶うであろう根拠にはいくつも心当たりがあった。


 ガサガサガサ!


 乱暴な音を立てて、森の中からエルフ少女が飛び出てきた。


「きゃー、助けて下さいー」


 棒読みで助けを求めてくるエルフ少女。続けて人相の悪い男たちも飛び出してきた。


「待てやゴルァ! このエルフ女がぁっ」

「よくもここまでコケにしくさらしやがってぇ!」

「ぐへっへっへ、ようやく見つけたぜぇ」


 男たちは次々に出てきて、その数を増やしていく。木々の切れ間から乱暴に現れたのは、明らかに無頼漢といった風の、安っぽいながらも武装した男たちだった。


 出てきたのは七人。どうしたわけか、とてつもなく殺気立っている。一触即発どころか、既に火がついてしまっている状況で、エルフ少女はクライブに笑顔を向けた。


「ね?」

「なにが、ね、でおじゃるかぁぁああっ!?」


 あまつさえサムズアップすらしているではないか。


「ほらほら、わたしの言った通りだったでしょう。この美少女エルフを狙う悪者がわんさかと出てきたじゃないですか」

「お主が誘い込んだようにしか見えんでおじゃるが!?」

「ま、人によって様々な見方があることをあえて否定はしませんよ」

「まるで麿に落ち度があるように!?」

「てめえら、なにをじゃれてやがる!」


 一際、凶暴そうな雰囲気を纏う禿頭の男が更に一歩前に出てきた。


「そういうことかよ、このクソエルフが。なんだって、こんなめんどくせえ森ん中に逃げ込んだのかと思ったら、助かる当てがあったってわけか」

「ふ、その通りです。あなたたちはここに誘い込まれたのですよ!」

「どういうこと!?」


 野卑な男どもの決めつけに、エルフ少女は「我が策、成れり」とばかりに指を突き付ける。欠片も合点がいかないのはクライブだけだ。

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