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幕間:クライブ編 ~その四~

「それで、見目麗しい美少女エルフ、つまりわたしに懸想している貴方は誰ですか?」

「お主に懸想などしておらんわぁっ!?」

「それは嘘です」

「嘘とな!? 発言しとるのは麿自身でおじゃるが!?」

「男とは獣欲に塗れた生き物。つまり、天上の神々が地上につかわした美の化身たるわたしに心を奪われないわけがありません!」

「どれだけ自分に自信があるでおじゃる!?」


 まさしくお手上げ。クライブは両手を上げ、その場から動かないことにした。


 やり取り自体は馬鹿げたもので、脱力感を覚えなくもないが、底流には隠しようのない緊張感が漂っている。接近するのは危険だし、逃げ出しても後ろから攻撃される恐れがある。


 戦うという選択はない。クライブ個人の戦闘力の問題ではなく、精神的な問題だ。仮にも貴族として、女性に手を上げるのは憚られる上に、マルセルの影響もあって、亜人への態度を改めると決めていることも関係している。


《スレイヤーソード》にコテンパンにされた経験から、戦いに対する自信も少しばかりを失っていた。


 修行と称して山籠もりを敢行中の現在も同じで、「狩りで食料を調達する」モチベーションはあっても、「雌雄を決する戦い」となるとどうしても心が竦んでしまうのだ。ついでに言うと、目の前のエルフ少女に対する毒気はすっかり抜けていることも大きい。


 クライブは口から大きく息を吐き、鼻から息を吸ってから、エルフ少女に応えた。いや、応えたという表現は不適切だが、とにかく会話を続けることにしたのだ。


「麿はクライブというものでおじゃる。ここのキャンプは以前から麿が使っているものでおじゃってな、戻ってきたところにそなたがおった。エルフの方にお会いできる機会にはしゃいでしまい、つい不調法に声をかけてしまったこと、深く詫びるでおじゃる」


 両手を上げたまま頭を下げるクライブは、自身の変化に自分で気付いていなかった。


 以前のクライブは他人に頭を下げるなどするはずのない人種であり、ましてや王国では差別対象とする亜人への謝罪など、太陽が西から登っても起こりえないことだった。


 亜人は使い潰すことが当然だと考える、見目の麗しいエルフも周囲に侍らせるための装飾品扱いしかしない王国貴族は少なくなく、クライブは間違いなくその筆頭格だったのだから。


 交流の深いマルセルとシルフィードも同じ穴の狢で、今では穴から脱していることに気付いていないだけでなく、穴から脱していることに違和感も持っていなかった。


 亜人エルフに謝罪することは不思議なことでもなんでもなく当然のこと、であると考えるまでもなく行動に移していたのである。


「はっは~~ん? 読めました」

「ん?」


 クライブの言葉に対し、エルフ少女はなにかを察したような顔をした。出会ってから大した時間が経っていないにもかかわらず、クライブも何となく察した。このエルフ少女の「読めた」は、当てにならないだろうことを。


 エルフ少女は両手の人差し指をピッ、とクライブに向けた。


「わたしに惚れたんですね?」

「誤読でおじゃる」

「隠さなくとも結構。わたしの美貌に男たちがひれ伏してしまうのは無理からぬこと」

「惚れるからひれ伏すまでの飛躍が気になるでおじゃる」

「嘘ですね。貴方が気になるのは、わたしがフリーかどうかに決まっています」

「決めつけないで!?」


 クライブとしては誠意をもって対応したはずなのに、エルフ少女の雰囲気を変えるには、まったくもって不十分だった。


「だってそうじゃないですか。こんな魔物のうろつく森の中でキャンプだなんて、怪しすぎます。ワンチャン、エルフの美少女と会えるかもと期待していること以外で、ここにいる理由があるというんですか?」

「そんな期待は微塵も抱いておらんよ!? キャンプといってもレジャーの類ではないでおじゃる。修行のための山籠もりで、ここはその拠点でしてな」

「修行?」

「うむ。つい最近、この身は清々しいまでの完敗を喫しておってな。力がなければなにも出来ぬ……それこそ大事な人を守ることすら叶わぬとあっては」


 クライブに胸中に決して消えない無力感がある。怒りを爆発させて挑んだものの一蹴され、結局はマルセルが撃退を成した。その場面を眺めているだけしかできなかった。


 もし仮に、あのときあの場にマルセルがいなければどうなっていたか。そんな想像がよぎるだけでクライブは夜も寝れなくなる。強くならなければ、と強く決意しての山籠もりなのだ。やらかしたことは単なる自然破壊にしかなっていないことは、ここ最近の最大の悩みの種である。


 沈痛な表情のクライブにエルフ少女は小さく頷く。


「力を求めて……それなら……」


 言いつつ、エルフ少女の視線は周囲に向けられる。破壊された地面や岩石、折り倒れた木々を見るにつれ、エルフ少女の視線は厳しいものになっていく。


 エルフに限らず、獣人のような亜人種にはそのままの自然を好むものが多い。ドワーフのように造形物を好む種も少なくないが、多くは自然そのままを好む。


 わけてもエルフは自然を好む種として知られている。無残に破壊された自然を目の当たりにしては、人への警戒よりも嫌悪と怒りが大きくなるのは当然のことだ。


 エルフ少女の険しくなる視線に、クライブは大慌てで釈明を始めた。


「いや! たた確かに麿がしていることは単なる元人による自然破壊でしかないように見えるでおじゃろうが、これには麿も無力感を募らせているところでおじゃってな!? 決して好き好んで破壊して回っているわけではなく、今後はこのような修行方法は採らないことを誓うので何卒ご理解いただきたく!?」

「誓う、ですか。元人の誓いは信じるに値しないというのが、我々エルフの間での常識なのですが?」

「手厳しい!?」

「でーすーがー、心配ありません。わたしたちの仲なら大丈夫ですから」

「完全無欠の初対面なのだが!?」


 クライブの鋭いツッコミに、エルフ少女はそっと右手を自分の胸にあて、目を閉じる。


「エルフの古老が書物に書き残しています。ペンは剣よりも強い、と」

「嘘をつくなでおじゃる。それはどこぞの歴史家の言葉でおじゃるよ。元人の歴史家の」


 出会って数分、クライブのツッコミが途切れる暇もない。そもそもエルフは、文字で資料を残す習慣がない種族である。悠久の年月を生きるので、知識はすべて頭の中に入っているのだ。


「シャラップ。更に古老はこうも残しています。言葉はペンよりも強い。言葉が対話という形を採ったなら、それはもはや極大魔法よりも強いのだと」

「ぬ、ぬお、さすがエルフの古老。深い言葉でおじゃる」

「ええ、コミュニケーションはドロップキックから始まる、を持論とするわたしの祖父です」

「エルフとは一体どんな種族でおじゃるかな!?」


 学院での授業や、伝え聞く限り、エルフというのは思慮深く、物静かで、多くの知識を蓄えている、賢人と呼ぶに相応しい種族である。魔法力は高く、見目もよいとのことで、エルフに憧れる元人は多く、クライブも少なからずエルフへの憧れを抱いていた。


 エルフへのイメージがガラガラと音を立てていくクライブである。


「もちろん麗しき美貌と高い知性を併せ持つ、優雅で優美な種族ですよ。それ以外の表現が立ち入る余地がありますか? いや、ない」

「自分で言うなでおじゃる! いかん、もうツッコミ疲れたで……ん?」


 クライブが気付いたのは、エルフ少女の視線だ。クライブの髪の毛に吸い寄せられている。特徴的な三段ロールは、確かにエルフの世界では見かけることはないだろう。エルフだけでなく、貴族の世界でもまず見かけることのない髪型である。


「ところで、その素敵な髪型は元人の世界の流行ですか?」

「!」


 かなり気を使った発言であることなど察するはずもなく、むしろ触れられたことでクライブの機嫌はうなぎのぼりに上昇した。プルプルと震えながら、感動のあまり上げていた両手も下がってくる。


「お」

「お?」

「おおおおおおおおおおほっほぉおおぉおおおっ!」

「な! なに!? 何なの!?」

「わかるでおじゃるか!」

「え゛?」


 我が意を得たり、とばかりに目を輝かせるクライブにエルフ少女はドン引いていた。

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