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第七十八話 従魔契約は神聖なもの

 ――――ポン!


「え?」

『は?』


 何というか、和楽器の鼓を叩いたかのような軽妙な音がした。


 嫌な予感とか不安は遥か彼方に吹き飛んでいったが、代わりに別の不安が湧いてくる。こんな間抜けな効果音で出てくるような魔物、頼りになるとはとても思えないじゃないか。


 果たしてそこにあったのは、一つの卵だった。世界最大の単細胞として知られるダチョウの卵よりも、ずっと大きい。幼稚園児くらいの大きさがあるのだ。


「えっと、たま、ご?」

『オムレツの材料やな。そや、ホットケーキゆーたか。久しぶりにあれを食いたいから作ってくれへんか? パンケーキやったかな?』


 ふ、読めた。これも異世界物で主人公が成り上がる手段の一つとしてよくある奴だ。あれだ、周りの人間が凄い召喚獣や従魔と契約しているのに、一人だけが卵と契約をする。


 教師たちが調べても卵の中身はさっぱりわからない状態で、最初の頃は同級生や教師からもバカにされ続けるのだ。


 しかしながら愛情を込めて卵を温めることでも、卵が孵化するととてつもなく強力な、例えば伝説級の魔獣、それこそドラゴンとかフェニックスとかが現れて、周囲の評価を一気に引っ繰り返すのである。


 ピキ。


 勝手な想像をしていると、卵にヒビが入る。


 ははは、おやおや? どういうことだ? 俺はまだ卵を温めもしていないし、愛情を注いでもいないのに、中からなにかが生まれようとしているのか。


 はたまた、中身がダラァと流れ出てくるだけなのか。


 後者なら完全に儀式失敗だ。ドラゴンとかを妄想していた自分が恥ずかしくなる。


 バリン。


 殻が一部、内側から破られた。安堵の息を吐く。よかった、失敗じゃなかった。さて、どんな相手と従魔契約を結べるのかな。主人公アクロスたちのような伝説級の魔物でなくともいいから、飛行能力持ちであってくれよ?


「うん?」


 卵を突き破って出てきたのは、どう見ても人間の腕に見える。まるで子供のように細く、たくましさや力強さとは無縁の腕だ。


 バリン、パキン、パリ。


 立て続けに音が響き、音に続いてもう一本の腕、更に二本の足が生える。四肢を得た卵がプルプルと震え始めた。


 待ってくれいや待って下さい是非ともお待ちいただきますよう伏して寛恕を願い奉る次第にございます。頼む! 殻を破って他の部分も出てきてくれ! この際、嘴だけとかトサカだけとかでも我慢するから!


 思い出したくない記憶と共に、さっきとは別種の不安が巨大な鎌首をもたげてくる。単行本のカバー裏に描かれていた冗談みたいなネタだ。いや、みたいじゃなくて本当にただの冗談だ。


 従魔エッグマン。


 卵に四肢が生えただけのシンプル極まりないフォルムの魔物。攻撃力はなく、卵でありながら防御力は紙にも劣り、歩けば必ずこけるほどの敏捷性を誇り、一度こけた以上は卵は割れて中身をぶちまけて死ぬ。


 戦闘力はゼロ、サポート能力も持っていない。ないない尽くしという、別の意味でのゼロの魔物。


 忘年会だったか新年会だかの席上で酔った作者が提案したところ、同じく酔っている担当はおろかアシスタントにも却下されたという、曰く付きの魔物。ちょっとくらいは笑えるネタキャラとして採用されてもいいだろうに、それすら許されなかったという伝説の魔物である。


 ちょっと本当に待ってくれ。俺が破滅から逃れるためには飛行能力が欲しいんだ。よしんば空を飛ばなくとも機動力の高さや、危機を切り抜けられるだけの戦闘力の高い従魔が欲しいんだよ。


 ははは、まったく悪質な冗談だ。エッグマンなんてカバー裏にしか居場所を見出せなかった魔物だろ? まさかそんなネタ魔物が実際に存在するわけがないじゃないか。実際、ファン向けに発売された従魔ガイドにも掲載されていなかったよ。


 ほら、ここから殻をぶち破ってちゃんとした魔物が出てくるんだろ? 出てくるに決まってるよね? 出てこないなんてそんなはずはないよね? 両手両足を生やしてそれで終わって、すっくと立ちあがるなんてそんな冗談みたいな悪夢が現実に起こりうるわけがないよね!? ねえ、そうだよねぇっ!?


『わお、エッグマンやないかい。くっそ珍しいの』

「嘘って言ってぇぇぇぇえええええぇぇっ!」


 どうする!? これがゲームなら希望通りの相手が出るまでリセットを繰り返すところだ。この世界にはリセットボタンなんかない。あったらとっくの昔に押している。押して、こんな悪役人生とはおさらばしているよこんちくしょう!


 召喚を何度でもやり直すことができる魔法はあるのか? あるかもしれないが俺は知らないし、原作にも出てこない。


「俺は一体、どうすれば……っ」


 がっくりと膝をつく、のと同じタイミングで、エッグマンがこっちに歩いてきた。


 おいやめろ、お前は動けばこけて割れるんだぞ。割れたらそこで死ぬんだぞ。だというのに、エッグマンは決して頼もしくない足取りで俺の隣にやってきて、ポン、と俺の肩を叩いた。


「もしかして、慰めてる?」


 問いかけに、エッグマンはグッと親指を立ててきた。やだ、カッコいい。その男気に、ない筈の口に輝く歯が見えた気がする。トゥンク、と胸が高鳴ってしまったのは絶対に錯覚だ。


 一方の肩にエッグマンの手、他方の肩にアディーン様の手が乗せられた。


『召喚したんは自分やろ。契約者として認めとるゆーことや。せやけど、そこまで気にせんでええやろ』

「ほへ?」

『エッグマンはすぐに死ぬ。戦っても走っても歩いても、なにしても簡単に死ぬような奴やさかいな。よかったやないか、うまいこと行けば明日にでも次の従魔契約ができるんとちゃうか? 今度こそ鳥やったらええの。最悪、虫でも』

「ぐ」


 アディーン様の指摘に言葉が詰まる。俺の肩に手を置いたままのエッグマンに視線を向ける。俺の失望を知ってか知らずか、エッグマンは朗らかに笑っている、ように見えた。


『あーあ、自分の都合で勝手に呼び出しておきながら、勝手に失望して切り捨てようゆーねんから、ほんま人間て勝手な連中ばっかやで』


 まったくもって指摘通りで返す言葉もない。確かに、従魔を欲しいと願ったのは俺だ。向こうが、従魔にして下さいお願いしますと言ってきたわけではない。


 このエッグマンは俺の求めに応えて来てくれたのに、期待外れだからとなかったことにするのはあまりにも非情すぎる。


 それこそ言語道断の悪役の所業。かつてのマルセルなら間違いなく取った選択であり、逆に言うなら今は絶対にとってはならない選択でもある。


 深く考えすぎかもしれないが、脱破滅が目的なのだから、マルセルと同じことは選ばないようにしないと。


 考え方を変えよう。


 確かにエッグマンは期待外れも甚だしい。飛行能力はないし機動力もないし戦闘力もない。マルセルを破滅から遠ざける能力は一つたりとて持っていない。俺を守るための手段も能力もないときている。


 だが別の視点から見れば、俺に災いを運んでくることもないのではないか、とも受け止めることが可能だ。


『毒にも薬にもならんっちゅーわけやな』

「身も蓋もない言い方は止めていただきたく!?」


 助けにはならないが障害にもならないというのは、ある意味ではマルセルに相応しいのではなかろうか。マルセルに、ではなく俺にだが。


 世界を敵に回す悪役にはならない。かといって世界を救う正義の味方にもならない。破滅を避けることができればそれでよく、悪とも正義とも距離を置いて生きていきたい俺には、ある意味でぴったりと言えなくはなかろうか。


 意を決した俺は、肩に置かれたままのエッグマンの手に、自分の手を重ねた。


 そうだな。俺の従魔はエッグマンだ。君に決めたよ。とりあえず、卵の殻が割れないようにするため、保護用の塗料かなにかを買ってきて、一部の隙なく塗るとしよう。


 頭上ではアディーン様が微笑んでいた。


 同日、エッグマンにはシュペクラティウスの名前を付けた。ドイツ語でクッキーだったかな、確か。

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