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第七十四話 そして停学へ

「んにゃぁぁぁあああ~~~あだだだ!」


 目覚めと共に、俺は大きく伸びをして、痛みに体を捩った。


 ストレッチ代わりに捻りを入れた動きを二、三度行い、その度に鋭かったり鈍かったりする痛みが全身を走る。


 ふかふかのベッドの上は、少なくとも俺が前世で使っていた安物の布団よりも質がいい。


 気のせいかな、実家にある「寝心地を科学的に検証した史上最高のマット」よりも、ぐっすり眠れたんだけど。


「朝、か」


 何気なく外を見ると、大きな窓に浮かぶ太陽の位置はかなり高くなっていた。


「いや、もうほとんど昼か」


 今日、俺が目覚めたのは助けた村の一室でもなければ、どこかの野宿先でもなく、王都にある邸宅だった。


 あの日、《スレイヤーソード》との戦いの後、意識を失って倒れた俺は村に送られ、丸一日眠り続けてようやく回復することができた。


 肉体的精神的疲労に加えて、初めての魔装に、属性融合という超☆高難度技法、更にはアディーン様の魔力を借りた――十二使徒の魔力を人間の体に循環させた――ことで、全身余すところなく酷い筋肉痛に襲われ、ベッドの上ですら満足に動くことができなかった。


 後になって説明を受けた事実として、どうやら俺の血管に神経、更には魔力系も相当なダメージを受けていたとのこと。


 原作には解剖学的な詳しい描写は存在しないが、魔法騎士には血管系や神経系とは別に魔力系という、魔力の通り道がある。


 その名の通り、魔力を身体各所に送るための経路で、平常時には魔力を全身に規則的に送ることが役割だ。


 これが魔法を使う際には、魔力系を流れる魔力量が爆発的に増加する。魔力系への負荷が増すということで、それは消費する魔力量の大きい大魔法になればなるほど、より顕著になるのも当然だ。


 初級の身体強化魔法程度なら、連続七十二時間以上維持できる魔法騎士はいても、高速飛行魔法を二時間以上発動させ続けることのできる魔法騎士は稀。


 古い貴族は有している魔力も莫大で、必然的に魔力系にかかる負荷も大きくなる。無尽蔵ともいえる魔力を持っていたとしても、魔力を使うための魔力系が脆弱もしくは並であるなら、まさしく宝の持ち腐れとなる。


 つまりはマルセルのことだ。


 魔力系を鍛えるには時間がかかる。しかも鍛えるためのメニューは地味だ。魔力系に一定量の魔力を流し続けて、魔力系に継続的負荷をかけ続けるという方法しか存在しない。


 凄腕と呼ばれる魔法騎士は、この地味なトレーニングを積極的に積んでいる。主人公アクロスにもライバルエクスにも、この描写はあり、言うまでもなくマルセルにはなかった。


 ちなみに俺は違う。破滅で死亡なエンドを回避するため、できることはすべてやるつもりであったし、魔力系訓練はできることの中でも必須。


 結構な時間を割いたはずなんだが、それでも十二使徒の魔力を通すにはまだ足りなかったらしい。


 今の俺の魔力系の限界を超える魔力が流れたことで、筋肉痛どころか、血管にまで痛みが駆け巡っているようだ。寝返り一つ、伸びをするだけでも痛い。


 回復するまでは低レベル魔法を使うのにも、苦労しそうである。


 ま、俺の話はどうでもいいとして、大事なのは村の顛末。


 よりにもよって黄昏の獣たちラグナロクに利用された村は無事に解放された。主人公アクロスたちは村民らから多くの感謝の言葉を受け取ったという。


 主人公アクロスなんかは「おれらがしたことは間違っていなかった」と無邪気に喜びつつ、シルフィードに拘束されたことには不満と抗議をたっぷりを向けてきたらしいが、残念ながら俺は意識を失っていたので現場は見ていない。単なる又聞きだ。


 破滅確定の悪役としては非常に珍しい、せっかくの感謝の言葉すらも又聞きだったのだから、虚しい限りである。


 手柄を奪われたと思っているのか、ふくれっ面の主人公アクロスたちが社会通念上の礼儀として見舞いに来たが、色々とこっちの段取りを無視してくれたのだから、こっちも無視した。


 この程度の意地悪は許してほしい。


 驚いたのは実習担当教官の主要キャラエイナールの動きだ。やたらと渋い顔をして事情を聞いてきた主要キャラエイナールに、こちらは表面上を撫でる程度の説明しか行わなかった。


 もっと強力に追及してくるかと思ったけど、主要キャラエイナールはこの簡単な説明で引き下がったのだ。


 疑惑を抱いていることは明らかだったが、今回の事件を実習の一環だと考えて後手に回ったことは明らかに主要キャラエイナールの失敗であり、こちらは主要キャラエイナールの尻拭いをした形になっているのだから、向こうも強くは出れない、ということだろうか。


 王都に戻ってくるまでの道程、ひたすらに疑惑と警戒とを練り込んだ視線と表情を向けられ続けたことくらいは、広い心で甘受してやろうじゃないか。


 はっはっは、原作でもトップクラスの人気を誇る腕利き魔法騎士を出し抜いたような形になったことは、ちょっぴり気持ちがいい。


 ぐすん。こんだけ頑張ったのに信頼よりも不振や疑惑を招いてしまうなんて。


 とにかく、例外と変則のオンパレードのような実習を無事に終え、王都に戻ったのである。


 ただし実習は無事に終えたとはいえ、本来の命令とは違う行動だったのは明らかだったので、学院から停学と自宅謹慎を命じられたのである。


「ごめん、停学になった」

「若様はアホですか」

「若さま、あほなの?」

「坊ちゃま、カリーヌは悲しいです」

「元々、バカ貴族だしな」

「せめて理由を聞いてくれないかな!?」


 停学になったことを報告すると、俺はアリアたちからの呆れの視線で滅多刺しにされた。ただでさえ筋肉痛とか血管痛に苛まれているのに、精神的な痛みまではいらないよ。


「なにをやらかしたのですか、若様?」

「やらかし前提!? 待ってくれアリア! 違うから!? ちゃんと善行を積んだんだよ!」


 疑いの眼差しも強いアリアたちに、占拠していた悪漢たちから村を助けた事実を伝えたところ、我が愛する使用人たちも口々に褒めてくれた。ご丁寧に他の参加者に確認を取った上で、だったけど。


「さすがです、坊ちゃま。わたしは信じてました。ね、ニーガン?」

「だな。他のクソ貴族とは違うよな」


 カリーヌとニーガンは俺を褒めながらも、互いに目を合わせて笑いあっている。どういうこと? ねえ、カリーヌさん、ニーガンとの距離がちょっとおかしくありませんこと? 


「えっと、アリア?」

「ん? ああ、カリーヌ先輩とニーガン? 前からちょっぴりいい雰囲気だったけど、最近は一線を越えた感じ。知らなかった?」

「全然、知らなかった」


 だって仕方ないじゃないか。生き残るために必死になって、色々と工作とか修行とかに勤しんでいたんだから。


 なにこれ。原作では最後まで俺のことを思ってくれてるような描写があったのに、なんというか、寝取られたような感じがするんですけど。


「あの二人のことに少しも気付いていなかった若様の鈍感さはともかく」


 ともかくなのか。


「よく頑張ったね、若様」

「!」


 そう言ってアリアは、俺の頭を撫でてくれた。頭を撫でられるなんて、最後に経験したのは何歳の頃だろうか。不覚にも、涙腺が緩みそうになる。


「若さま、えらいえらい」


 続けてクリスにも頭を撫でられて、緩んでいた涙腺はついうっかり決壊してしまった。もう大学生だし、原作知識も持ってるし、順調に成長している実感も持っていたけど、色々と溜まっていたらしい。


「おねえちゃん、若さま、ないちゃった」

「言わないの。若様は頑張ったんだから。ケガはないの、若様?」

「いや、全身に結構なダメージを負っているんだが……」

「それじゃ、回復するまではゆっくりして下さい。看病は、しますので」


 どうして、看病は、とわざわざ強調するのだろうか。


「看病中に耳とか尻尾を触ろうとしたら、そこの窓から外に放り捨てますので」


 あ、そういう意味でしたか。大変によくわかりました。肝に銘じておきます。窓の下の地面は固そうだな、と思いながらのんびり外を見ていると、来客を告げられた。


「来客、ね。こんな悪役貴族の館に来るだなんてどんな物好きだ」

「ニコル様です」

「ホワッツ!?」

「どこの言葉ですか?」


 カリーヌの言葉には溜息が多分に混ざられていた。

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