第六十九話 原作の流れ
俺が知る《スレイヤーソード》の攻撃は、攻撃範囲と殺傷能力の高い、相当に厄介攻撃だ。無数の剣片が絶え間なく四方八方から襲いかかってくる、人を殺すことに特化していると言ってよい。
唯一の欠点らしい欠点を挙げるなら、剣片の性質上、一撃の破壊力が他の大魔法には劣るくらいか。
今回はそれが奏功した。派手な衝撃音を伴う赤とオレンジの共演は、一ミリにも届かないだろう雷光の薄膜を突破することができない。
「ニコルぅっ!?」
「うっさいな!」
「ほえ!?」
確かに建前では貴族と平民は平等だ。しかし学院の食堂でも働いているニコルは、身分差を強く意識している。そのニコルが乱暴な言葉と共に登場したのには驚いた。
このニコルは光属性ほどではないが、珍しい雷属性の持ち主だ。雷は血統でしか保持されない属性で、ニコルの死後も、その出自を巡って様々な考察が繰り広げられていた。
ニコルではないが作中での雷属性の持ち主は強力な攻撃力と攻撃範囲と攻撃速度で、悪役三人組だけでなく黄昏の獣たちとも渡り合う。一読者としても、雷って色々と反則だろと思ったものだ。
もしニコルが生きていたら、以後の活躍はヒロインのビヴァリーを凌いでただろう。そして主人公のハーレム要員となっていたに違いない。
学生の身で《スレイヤーソード》の攻撃を防いだのだから、凄腕に成長することは想像に難くない。けど今の問題はそこではない。
「どうしてこっちにいるんだ! クライブ君たちと一緒に逃げるように言っただろ!」
俺は確かに言った。ニコルに万が一も起こらないようにと、恋の炎に燃えるクライブなら付きっ切りで守ってくれると信じていたのに。
戦闘力の高いラウラもいるし、回復魔法の使えるシルフィードも合流すれば、身の安全は保障される。にもかかわらずどうしてこっちに来ているのか。いや、助かったけどね。
「ごめん、やっぱり一人だけ残して逃げるなんてできない!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど!」
「す、すまんでおじゃる、マルセル氏!」
「ぶひ、申し訳ない、マルセル殿、止められなかった!」
なんでお前らまでこっちに来てんのぉっ!? いや回復魔法、じゃなくて回復技術の持ち主であるシルフィードがこっちに来てくれたのは助かったけどさ。
「申し訳ございません。指示には従っていたのですが、こちらで衝突する魔力を察知したところ、駆け付ける必要があると判断いたしました」
答えたのはラウラだ。この任務中、まったくと言っていいほど疎通を図っていなかったのに、さすがにそんな状況ではないということか。
でもアクロスたちが来なくてもラウラが来たら意味ないだろ! あと拘束するんだったらニコルも止めてくれよ。クライブがいるからできないとは思うけど。
「エイナール講師の目が険しくなっておりますので、遺憾の限りではありますが、ラウラもマルセル様の援護に回り、速やかに事態を収拾するつもりにございます」
遺憾を表明する必要はないが、この流れは実にヤバイ。ニコルを助けるためにした行動が盛大に裏目った。
「ああもう! わかった。よろしく頼むぞ、皆」
「任せて。ちょっと怖いけど、うちも頑張るから」
「引き受けるでおじゃるよ」
「ぶふぅむ、僕の役目は回復でいいかな」
「承知しております。優先順位はマルセル様の安全が下から二番目に、マルセル様の生命は最下位に設定しております」
「その基準だと優先度の一位はなんなのかね?」
「え? ラウラ自身の安全ですが?」
そんな汚れなき眼で言わないでほしい。ただし戦術としてはあながち間違っているとは言い切れない。
恐らくこの中でもっとも戦闘力が高いのは彼女だ。《スレイヤーソード》との戦いにではなく、ニコルを守る上で、ラウラは極めて重要。俺としても失うわけにはいかないのだ。
『で、実際のところはどないすんねん、これ。魔装を使うんか?』
(使います。でないと対抗できません)
俺の視線の先には、表情を歪ませる《スレイヤーソード》がいる。柄を握る音、歯軋りの音が聞こえてきそうなほどに険しい表情だ。中空に漂う剣片も、《スレイヤーソード》の殺気を受けてギラリとした輝きを増している気がする。
『ええんか? 自分の年齢で魔装使うんがばれたら、碌なことにならんのとちゃうか?』
「今はそれは考えない方向で!」
『お、ええな、それ。そういうんは好きやで』
アディーン様の力は使えない。属性融合は使用禁止。手持ちの魔法だけでは力不足。ラウラたちの助けはありがたいが、頼りすぎるのは危うい。なによりラウラたちにはニコルを守ることを優先してもらいたい。
そして俺には切れる手札があるのだから、ここで使わずしていつ使うというのか。勿体ぶってもなにもいいことはない。
「雑魚共がどれだけ増えたところでぇ!」
咆哮と腕の振りが連動する。《スレイヤーソード》が巨腕を振り回して肉薄してくる。降り注ぐ斬撃の数々は、腕の振りとは全く関係ない方向から、しかも複数が同時に行われる。
狙いは俺だ。くそ、魔装を纏う暇もない。詠唱を破棄した魔法で右手に炎の剣、左手に炎の盾を作りだし、受け止める。猛攻と呼ぶにふさわしい攻撃。
「輝き 撃ち抜け 我が光 《雷尖》!」
ニコルの腕の振りと共に、三本の雷の槍が生まれる。強弓から放たれるよりも力強く雷槍が発射され、剣片の嵐に直撃――――
――――金属的な音を発して雷槍が砕け散った。
ニコルと《スレイヤーソード》とでは実力に差がありすぎて、傷を負わせることも押し留めることもできない。
「小賢しいわ!」
大喝に呼応した数十枚の剣片が向きを変えた。雷槍並みの速度と、明らかに雷槍を凌ぐ殺意と攻撃力を纏った無数の金属の塊がニコルに迫る。
「ふっ」と短い呼気と共に小さな影が走る。ラウラだ。二刀ナイフが閃光めいて空を裂く。ラウラの斬撃は、数十に及ぶ剣片をすべて弾く。ラウラ自身はかすり傷の一つもない。
「小賢しいと言った!」
ラウラが弾いた剣片は、しかし一つたりとも地面に落ちることなく、再び動き出す。狙いは尚もニコルだ。
「させぬ!」
シルフィードの贅肉たっぷりの太い腕が杖、ではなく別のものを取り出した。使い捨て高級魔道具の転送符だ。便利だが、使用には空属性への適性と莫大な魔力が必要で、シルフィードは魔法を使えないが双方を備えている。
転送符が輝き弾け、
「来い、セルベリア!」
大事に馬車の中に置いていた人形セルベリアが出現した。ブキヤケー……訂正、透明ケースに入ったままの状態で。
ふざけた防御性能を持ち、更にシルフィードが魔力を流し込むことで強化を果たしたケースが、甲高い音を立てて《スレイヤーソード》の攻撃を押し留める。
「こっの、豚の分際で!」
「ふくよかと訂正し給えよ!? イケメン的に!」
シルフィードのどうでもいいこだわりも不快だったのか、《スレイヤーソード》の戦意が完全にシルフィードに向けられた。
矢継ぎ早に繰り出される《スレイヤーソード》の攻撃を前にしては、如何に強化型ブキヤケースといえど耐えられるはずもない。
磨き上げられて透明なケースに二本、三本と亀裂が生まれ、亀裂がそれぞれに交叉し、ケースの強度が一気に低下する。一つの欠片がケースを抜いて、推進力を失って地面に落ちた。
全員の顔色が変わる。魔法の壁ではなくとも、あれだけの財力と魔力の込められた壁を、こうも簡単に貫いてくるとは。
「なんと!? かつて麿の拳をも防ぎきったシルフィード氏の防御をこんな簡単に!」
「ぶひ!?」
「くたばれ、ガキが!」
剣片が凶悪な光を反射して走る。狙いは正確無比、シルフィードの首を裂く気だ。防御を抜かれて動転しているクライブとシルフィードは動けず、だからこそ、
「危ない!」
『『『っっ!?』』』
予想外の動きに――よもやニコルがシルフィードを助けるために咄嗟に動くとは――まったく反応できなかった。
世界がゆっくりと動く。大きく目と口を開くシルフィードとクライブよりも、失敗に唇を噛むラウラよりも、なによりも目に入ってくるのは背中から鮮血を散らすニコル。
皆が手を伸ばし、そして皆の手が届くことなく、ニコルは音を立てて地面に倒れた。