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第五話 原作第一話という入り口

 マルセルという男、使用人をイジメるなんてのは日常茶飯事。気に食わない反応をした使用人を魔法で攻撃することも珍しくない。


 エロクソガキとしての才能もいかんなく発揮していて、領内の美女美少女を権力にものを言わせて屋敷に引っ張り込んでいた。


 さすがに少年漫画的に脱童貞はないが、立場の弱い女の子の尻を触ったり胸を揉みしだいたり、あるいは殴る蹴るの暴力を振るったりと、完全にヤバイ奴である。


「まずい。やばい。非常にやばい! どうにか、どうにかして方向修正しないと」


 状況はよくわからないが、どうやら今回は、俺の意識が追い出される様子もない。つまりは俺が、よりにもよってクズ悪人のマルセル・サンバルカンに転生したということだ。


 作中でも序盤にやられて、その後はまったく思い出されることのないキャラだ。


 放っておくと原作通りの最期を、つまりは滅多打ちにされて死んでしまう。そしてゾンビにされてしまう。最後にはすり潰されてミンチになる末路が待っている。


 下手をすればそれを繰り返してしまうじゃないか。既に繰り返してしまっているのに、さらに上乗せで。


 けどまだ! まだ間に合うはずだ。決して末路なんかじゃない。権力をわがまま放題に振るう嫌な奴だけど、今ならまだ間に合うはず。顔や体はまだまだ子供。原作ではマルセルの最初の死亡は十代半ばだったから、死亡までには時間がある!


 破滅エンドを避けるためにも、生まれ変わらなければ。これからはおニューマルセルとして大胆に方向転換して生きていくんだ。


「やるしかないやるしかないやるしかない。あぁぁああんな死に方、必ず、絶対、何としても避けてやる!」


 俺のベッドの上で拳を突き上げた。大学生だったときのものとは比べ物ものにならない、小さな手に、言いようのない不安を感じた。


「よかろう、その決意を買ってやろうじゃないか!」


 決意と共に気合を込めて突き上げた拳。だがタイミング良く且つノックもなしに入室してきた親父殿からは、腕を振り上げたように見えたらしい。


 何のために? 振り下ろして相手を殴るために決まってる。


 どうやら転生後初めての決意を「相手に対して断固としてやり返すぞ」と受け取ったようで、


「まったく貴様という奴は。平民如きにやられるなどと、公爵家の顔に泥を塗りおって。キチンと始末をつけねば承知せんぞ。次の中間試験では格の違いというものを知らしめるのだ、いいな!」


 と強烈な発破をかけてきた。息子マルセル云々よりも、家名のほうが重要と捉えていることがわかる言動だ。


 この親にしてこの子あり。マルセルがクズだったのって、絶対に家族の責任もあるのな。マルセル個人の資質も多分にあるにしても。


 それにしても中間試験、か。うん? いやちょっと待て。中間試験? マルセルのケガ? あれ? それってまさか。


「まったく、入学早々、なんて様だ。それでも誇りある公爵家の人間か!」

「!? ちょ!」


 やっぱりぃぃいいぃいっ! 入学早々!? という心の声はすんでのところで喉から出るのを防ぐことができた。


 冷静になって思い返す。入学早々ということはつまり、マルセルが負けた平民とは主人公アクロスのことで、時間軸的には原作第一話のエピソードということか!


 主人公アクロスは、歴史上でも滅多に出現しない光属性の魔力を持っている。ただし平民ということで手続きに時間がかかってしまい、皆より一か月遅れで入学してくるのだ。


 それだけでも周囲から浮いてしまうというのに、アクロスはただ魔力を持っているだけで、光の魔法を発動させることはできないでいた。


 「宝の持ち腐れ」「本当に光の魔力なのか」などと周囲から罵倒され、一人、魔法騎士学院の校庭で泣くのを我慢しているところに、クズ悪役の俺ことマルセルが声をかける。


 慰めるためではなく貶めるためにだ。ついでに言うと、アクロスに対する罵倒もマルセルがやらせたものである。


 止めとばかりにマルセルはアクロスに近付く。


 学院宝物庫にある光の宝珠を手にすれば、光の魔力を発動させることができるぞ。


 そう囁いたのだ。


 表向きは「光の属性を持つ才能溢れる君をこのまま埋もれさせておくのは惜しい」と並べ、本心ではアクロスを潰そうとしていた。発動させても、制御ができなければ、術者はいずれ魔力が枯渇してしまう。


 魔力の枯渇は意識を失わせるが、酷いときは死亡することだってある。マルセルは積極的にアクロスを殺そうとしたわけではないが、死んでも構わないとは思っていた。


 公爵家の権力で学院教師に宝物庫の鍵を用意させ、破滅を願ってアクロスに渡したのである。


 アクロスは礼まで口にして宝物庫に侵入。無事に光の宝珠を見つけ出し、触れた。


 途端、アクロスの全身から魔力が噴き出す。直ぐにでもぶっ倒れると考えていたマルセルは馬鹿笑いをしながらアクロスの前に現れ、「汚い平民はこのまま退学だ!」と罵るのだが、騙されたことを知ったアクロスの攻撃を受け気絶してしまうのだ。


 白目をむいて転がる様は大ゴマで描かれていて、爆笑ものである。


 原作ではその後、魔力が枯渇する寸前に学院教師にして、王国でも屈指の魔法騎士であるエイナールが到着する。


 魔力を暴走させるアクロスを諭し、強引に制御を成功させ、アクロスは気を失う。気絶したアクロスを抱え上げたエイナールが「頼もしい新人が来たな」と呟いたところで、第一話が終わるのだ。


 余談だが、このときの描写が元で、エイナール×アクロスの薄い本が巷に溢れることになる。


 その後のマルセルがどうなったかの描写がされるはずもなかったが、どうやら王都にある公爵邸に逃げ帰っていたらしい。


 自室に倒れ込んだかと思いきや、「何で」だの「どうして」だのの大声奇声が屋敷中に届いたかと思えば、盛大に血を吐いて意識を失った。今朝になって目を覚まし、今ここ、という状況だ。


 助かったというべきなのかどうか、判断に困る。


 理想を言うなら、原作開始前の時間軸からスタートしてほしかった。そうしたら、悪人街道なんてふざけた道には見向きもしないで、真っ当な人間になるべく励んで、今頃は破滅フラグを回避できていたかもしれないのに。


 考え方を少し変えてみよう。原作一話の状態もかなりしんどいけど、原作二十巻時点からスタートされるよりかはずっとマシだ。


「……ホントそうだな、うん、マシだと考えよう。二十巻開始だったら、もう完全に詰んでるし」


 うんうん、と頷く俺の頭に、現公爵の唾が飛んでくる。せっかく前向きに考えているのに、冷や水をかけられた気分だ。


「……かけられたのは唾だけど」

「なにをぶつくさ言っておる! これ以上、我が誇りある公爵家の名に泥を塗るでないぞ! わかったか!?」

「ひぃっ! わ、わかりました!」


 わかったというのは口先だけのことだ。正直なところ、サンバルカン公爵の主張は理解も共感できない。


 日本ではド平民だったのだから、貴族の誇りや名誉なんて押し付けられてもピンとこない。


 原作には貴族の誇りを体現したかのような高潔なキャラもいる。しかしマルセルにそんな描写は一切、なかった。ひたすらに下衆だっただけである。


 よくわからない誇りや家名よりも大事なのは未来だ。


 このまま悪役の道を行くなんて真っ平ゴメン。この道の先にバッドエンドしかないというのなら、そんな未来、なにがなんでも絶対に変えてやる。平和に生きて、老衰で死ねる人生を手に入れてみせるからな!


 意気込んでから数日が経った。


「誓うまではよかったんだけどな~。やっぱ、生まれ変わるってのはかなり難易度が高いことだと悟る今日この頃ですよ」


 転生して文字通り生まれ変わった俺には、幸運なことに原作知識がある。だが百聞は一見に如かず。知識として知っているのと、現実に体験するのとでは天地の差がある。


「……このマルセルという奴、今までどんな人生を送ってきたのか、この数日だけでもよくわかった。ホント、原作に出てこないところでどんだけやらかしてるんだよ」

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