第六十六話 手札を見る
並の相手ならこの一撃で決着。だが《スレイヤーソード》は並などではない。炎の槍は《スレイヤーソード》の腹を貫くことができずに刺突は止まる。
「この程度で、我をどうにかできると」
「思ってない! 逆巻き 吹き荒れろ 《風渦》!」
「ぬ!? 二つの魔法を同時に使うだと!?」
動きの止まった槍が広がる。槍は大きな炎の渦となって《スレイヤーソード》を飲み込んだ。
属性融合はできなくとも、二つの属性を別々に使うことはできる。威力も属性融合に及ばなくとも、その相性によっては向上することに変わりない。
「舐めるなぁっ!」
立ち昇る渦が内側から大きく膨らみ、破られた。水の魔力を帯びた大剣の砕片が、内側から渦を斬り裂いたのだ。
血走った目の《スレイヤーソード》は、柄を握る手を振り上げた。
宙に浮く剣片が回転を始める。質量を伴う風が巻き起こす轟音が、周囲の空気を揺さぶっていく。例えるなら、飛行機のエンジン音のような。
猛撃が始まる。人力で振り下ろす際の限界を超えた速度で、剣片が無数の斬撃となって襲いかかってくる。
対するこっちの手札は、
「《炎破散弾》!」
拳に集中させた炎を周囲に向けて撃ち出す。原作でも雑魚を叩くためによく使用された、ショットガン扱いされる、広範囲に炎弾をばら撒く術。剣片と炎弾の衝突は、ほぼ互角。ただし、
「下らんわ! 炎弾は弾けて終わりだろうが、こっちの剣を砕くことはできん! よしんば砕くことができても、我が手数が増えるだけだ!」
「だろうな」
知ってるよ。原作では主人公も主要キャラこの能力に手を焼いていた。
剣片を熔かし尽くすだけの熱量を出すか? 知識として《焦熱結界》のような術を知っている。だがあれは、原作でも後半になって出てきた術だ。消費魔力も大きいだろうし、今のマルセルで使えるかどうか。
属性融合も知識だけで使いこなすことはできなかった。今回も同じ轍を踏まないとは限らない。
「なら! こっちだぁっ!」
剣の嵐の中に踏み込む。勢いよく手を伸ばす。
「ぎぃ痛ぅっ」
「!?」
唐突で、一見すると無茶な行動は《スレイヤーソード》の虚を突いた。剣片を受けて血塗れになった腕を更に伸ばし、《スレイヤーソード》の服を掴む。
目を見開く《スレイヤーソード》はこちらの意図を看破したようだが、遅い。服を掴む腕から爆炎が迸る。剣で弾けるものなら弾いてみろ。この密着状態できるものなら。
剣片の渦ごと、《スレイヤーソード》の大柄な体が十メートルは吹き飛ぶ。受け身も取れずに地面に落下し、だが背を地面に預けたのは刹那のみ。膨れる怒気を奥歯で噛みしめて立ち上がる。
「小僧、貴っ様ぁ!」
「頑丈な奴だな。ダメージはあっても、あれじゃ意味ないか」
目を血走らせて立つ《スレイヤーソード》は、見るからに全身にアドレナリンが駆け巡っている。たとえ重大なダメージを負っていても、肉体は変わらず動く。精神が肉体を凌駕している。
『で、どうやって倒すんや? 自分の手持ちの魔法やと、ちっと手に負えへんやろ』
「急に話しかけてこないでくださいよ」
知識だけはある。《スレイヤーソード》を倒し得る魔法ならいくつも知っている。
いずれも原作マルセルが使用した例のない、つまりは使えるかどうかわからない、使った後の俺がどうなるかもわからない魔法の数々だ。魔法力が枯渇して意識を失いでもしたら目も当てられない。
「えー、アディーン様?」
『今の自分やったらワイの力は使われへんぞ?』
「ですよねー」
アディーン様はこうして意思の疎通こそできるが、天変地異をすら巻き起こす本来の力を使うことはできない。
表に出てきて力を振るうためには膨大な魔力が必要になり、その魔力は宿主が供給することになる。
原作中盤で止むを得ず主人公がアディーン様の力を振るったときには、魔力の枯渇した主人公は意識不明となり、しばらく戦線復帰できなかった。
終盤になるとアディーン様との間に強い信頼関係を築いた主人公は、低リスクで災害めいた力を振るえるようになり、バトルもののインフレの凄さをまざまざと感じさせるのである。
なお、主人公が意識不明の間に、他キャラに焦点を当てたストーリーが展開し、また人気を博していたのだった。
「となると、俺が採れる手段は」
『属性融合とか抜かすんちゃうやろな?』
「抜かしたいところですがやめときます」
属性融合魔法は強力だ。たとえ相手が《スレイヤーソード》でも、直撃を受ければ跡形も残らないだろう。
代償として俺は意識を失うか、周辺に二次的な被害が起きるか。なんにせよ、危険人物としての認識がより増すだけ。
今の未熟な状態では、属性融合など選択肢として挙げるにしても、最後の最後のそのまた最後だ。
『ほんだら、どないすんねん。ふて寝でもするんか? 寝とる間に親切な小人さんが片付けてくれるかもしれへんしな』
「腰が砕けることを言わないでいただきたい!? 切り札を使いますよ」
『そんなもん、持っとたか?』
原作知識を舐めないでいただきたい。持ってますとも。
属性融合のような限られた極一部の人間しか使えないようなものではなく、魔法騎士であるなら誰でも使えるようなものであるが、現時点での俺が使う分には十分に切り札になる。
『ああ、魔装のことかいな』
「十分に切り札でしょ」
魔装というのは、簡単に言えば、魔法使いが羽織るローブのことだ。魔法騎士は己の魔力を高め、強くイメージすることで魔装を具現化させる。
魔法騎士は己の属性にあった魔装を生み出し、纏うことで魔力を高め、戦闘力を飛躍的に向上させるのだ。魔法騎士なら誰もが使えるもので、この魔装を発現させることが魔法騎士となるための最低条件として設定されている。
つまりは、学生の身分で魔装を使えるものはほとんどいないというわけだ。
天才として知られるライバルや、高い志を持つビヴァリーでさえ、従騎士の身分を手に入れるまでは魔装を習得できなかった。
マルセルの魔装は高位貴族の魔力に相応しい、そして火属性であることを強く表す豪奢な感じのローブだ。
少なくとも最初は。
魔装は本人の魔力によって編まれる。人間が成長に伴って顔付きや体格が変わるように、魔力も経過に伴って変質していく。
主人公は最初はショボい魔装だったが、光の魔力が強くなるにつれ、魔装は派手で格好いいものになっていた。ライバルは最初から格好良かったけど。
反対にマルセルの魔装は、転落に伴ってどんどんと醜悪なものに成り下がっていく。
最初の魔装は火属性を表す真紅だった。
だが一度目の死の間際に見せた魔装は、主人公を憎み、陥れたいと願い続けた心根の影響で、くすんだ灰色に変色していた。デザインも酷い。まるで浮浪者が着るようなボロボロになっていた。
たとえ悪党であっても、格好よく、綺麗な魔装は多く登場していたが、マルセルの魔装だけはどうしようもないくらい、みすぼらしいものとして描かれていたのだ。
マルセルの惨めさを強調するための演出であり、心根が腐っているとこうなるんだという見本を示していたのである。
余談だが、ビヴァリーたち女キャラの魔装はセクシーというか、エッチというか、どこのクイ〇ンズブレ〇ドかよって感じの、そんなサービス的要素があったりした。
「《スレイヤーソード》の大剣は魔装の一部だ。こっちも魔装を使わないと正直、かなり不利ですからね。ええと、やり方は」
杖を両手で掴み、頭上高く掲げる。原作での主人公とアディーン様の会話に倣い、閉眼した。
『おま、なにしとんねん!』
「あ」
「なにをゴチャゴチャと!」
戦闘中に目を閉じるなどという愚行、敵が見逃すはずもない。
大きく跳躍した《スレイヤーソード》が、地上目掛けて強い魔力を帯びた数十の剣片を振り下ろす。威力も攻撃範囲も十分。逃げ切るのは困難。炎を展開しつつダメージを覚悟した瞬間、
「させるかっ!」
飛び込んできた影たちがあった。主人公とライバルだ。