第六十五話 悪役(クズ)VS悪役(強)
俺の中のアディーン様を確保して、早々に地下に潜ってしまえば、公爵家との衝突も最低限に抑えられる。
フード男が纏う気配に、濃密な攻撃の意思が混ざり始めた。フードの奥の目が鋭く輝く。
「随分と本来の流れから外れたが……まあ、構わんか」
「本来の流れ?」
「クズと名高いマルセル・サンバルカンだ。どうせすぐに非合法活動に手を染めるだろうし、手を貸してやってこっち側に公爵家の権力ごと引きずり込むなら、というのが本来の筋書きだったんだがな」
黄昏の獣たちにまで知られている安定のクズっぷり。
ふざけた戦闘力と組織力を持っているこいつらが、コンセゴみたいな三流悪役と手を組むなんて変だな、と思っていたけど、マルセルとの接点づくりの一環だったのか。
「十二使徒の宿主が接触してきたのは喜ばしい。我が組織のことを知っていることは危険だ。本来ならこの場で捕獲、といきたいところだが、さっきも言ったように今は別の命令がある」
黄昏の獣たちでは上位者の命令は最優先事項だ。
どうやら現時点では十二使徒の捕獲命令よりも、優先順位の高い命令があるらしい。十二使徒を捕らえておく仕組みも必要になるようだし、まだ準備が整っていないということか。
こっちとしてはありがたい。
真面目に訓練に励んでいるつもりでも、今の俺ではこの《スレイヤーソード》の相手は少し荷が重いだろう。別の命令があるというのなら、早々にこの場から消えてもらいたい。
「だから、始末することを優先しよう」
「げ」
俺を捕らえて地下に潜るんじゃないか、という俺の考えは外れていた。フード男が剣呑な空気を振りまいて歩み出てきた。
「おいおい、俺を殺していいのか? 俺の中のアディーン様がどうなってもいいのか?」
(ワイを人質扱いか。ええ度胸なやないか)
(この場だけ! この場だけだから是非とも見逃していただきたく!?)
「十二使徒のことなら問題ない。どうせ公爵家の誰かが新たな宿主になるだけだ。宿主の特定は面倒だが、虱潰しにしていけばいい」
バサ、とフードを投げ捨てる。
風に舞うフードの内側から現れたのは、豪傑という表現に相応しい筋骨たくましい肉体だ。顔に大きな傷があり、右目を潰している。男が腰にあった片刃の長剣を引き抜く。
気のせいか、刀身から血の臭いが立ち昇ったような気がした。
「マルセル・サンバルカンだ。貴族として、魔法騎士を目指すものとして、この国と世界を守る」
自分で口にして薄ら寒くなってきた。俺自身と、貴族としての立場がまだ合致していないからだ。
「では、こちらも名乗ろう。《スレイヤーソード》だ。二つ、言っておく。守るだと? 下らん。国も世界も、お前には守れない。ここで死ぬからだ」
「やめてくれ。俺は悪徳貴族から生まれ変わって、模範的な魔法騎士になって、老衰で死ぬって決まってるんだからな」
ちょっとだけ修正。模範的な魔法騎士になるつもりはない。俺の目的はあくまでも破滅エンドの回避、この一点だけだ。回避できるのなら、魔法騎士にこだわるつもりはない。
奴隷落ちなんかは勘弁願いたいが、できるなら伯爵くらいで落ち着きたい。一般人としてなら願ったり。それこそ鉄板の冒険者として生きてみたいものだ。
でもそれにはまず、この場を切り抜けることが肝要だ。
「それで、二つ目は?」
「貴様に魔障石を奪われた失態がある。上は気にしていないようだが、ミスはミス……ここで挽回させてもらおう」
なるほど、ワルサーに魔障石を提供したのはこいつか。俺は杖を男に向けた。《スレイヤーソード》は片目だけの顔を歪め、大きく舌打ちをする。
「胸糞悪い。学生風情が本当に我に勝てるつもりか」
「勝つ。魔法騎士の名誉にかけて、勝利を約束する」
「名誉? 約束? 下らんことを! そんなもの、黄昏の獣たちの大いなる理想の前には、無価値!」
大いなる理想、ね。原作を知っている身としては、黄昏の獣たちの理想が血塗れであることを理解している。
「どうせ禄でもない、クソみたいな理想だろ」
「っっ小僧!」
大きな歯軋りと共に《スレイヤーソード》が大剣を引き抜く。大柄な《スレイヤーソード》と同じ程度の刀身だ。大剣には大小の亀裂が無数に入っていて、頑丈さは皆無だと思われた。
ただそれでも、俺の杖よりは殺傷能力に優れているように見える。
「かアァッ!」
《スレイヤーソード》は大剣を肩に背負うようにして、突進してきた。大剣は大きく振り上げられ、異音と共に振り下ろされる。
十分に予想された攻撃だ。原作でも《スレイヤーソード》の初撃は突進からの振り下ろしだったし、ゲーム化されたときも実装されていたスキルだ。
対して俺の持つ杖は如何に金にあかせたものとはいえ所詮、杖は杖。大剣の一撃を受け止めることはできない。
右に避ける。大剣は強かに地面を叩く。巨大な武器。重量も相当。
《スレイヤーソード》の筋力がどれだけ高くとも、また魔法で強化していようと、あの勢いで振り下ろした一撃を、急激に別の攻撃に切り替えることは難しい。
本来なら決定的ともなり得る隙を作りながら、《スレイヤーソード》の顔には危機感の欠片もなかった。どころか、口元には笑みを浮かべてすらいる。
そりゃそうだ。原作ではこの一撃からの追撃で、主人公たちを一気に追い詰めるのだから。大剣を握る《スレイヤーソード》の両手から、一際強い魔力が刀身に流された。
と同時、大剣はバラバラに砕けた。衝撃で砕けたのではない。《スレイヤーソード》が意図的に砕いたのだ。
当然のこと、砕片には明確な殺意がたっぷりと塗り込まれている。放射状に散らばるはずの砕片のすべては特定の一方向、つまりは俺に向かって飛んできた。
至近距離からの、数十数百に及ぶ、高速で飛来する砕片。
不意を突くことに成功したのならその戦果は凄まじい。事実、主人公はこの最初の交差で大ダメージを受けていた。
けど残念だったな。俺はお前の手札を知っている。
なんだったら、対戦ゲームでこの攻撃――スキル名は爆砕剣だったかな――からのハメ技で負けたことも一度や二度ではない。使用キャラごとの対策も把握している。
不人気のマルセルは操作キャラとしては不採用だったが、他キャラの同じ火属性の技で対処できるはず。
右腕を左下から右上へと振るう。出現した火壁、に次々に砕片が突き刺さる。
火壁に物理的な防御力はなく、砕片を熔かす前に突破されるだろう。
その前に次の一手。砕片を飲み込んだ火壁がうねる。生じた熱と風は砕片を熔かすことはできなくとも、砕片の軌道を大きくずらすことは可能だ。
「なに!?」
初見で対処されたことなどないに違いない。《スレイヤーソード》は驚きに目を見張る。先の振り下ろしが計算の内だったとしても、追撃を回避されたことは予想外だろう、《スレイヤーソード》の動きが一瞬、止まった。
見逃すものか、と杖を向ける。うねる火壁の一部が変形、鏃として撃ちだす。《スレイヤーソード》は咄嗟に腕を交叉して防御するが、数発の火鏃が肩や腹に命中、一発が額を掠める。
「どうした? 学生風情にしてやられたって顔だ」
「小僧……貴様っ」
怒気と共に《スレイヤーソード》の全身から魔力が立ち昇った。
大剣の砕片は地に落ちることなく宙に留まり、無数の敵意と共に俺に向いている。《スレイヤーソード》が握っていた大剣は、いまや刃渡り六十センチ程度になっていた。
「来たれ 炎の力 渦となれ!」
渦巻く炎が俺の全身を包む。身体強化と炎による攻撃力が上昇する。弾けるような勢いで《スレイヤーソード》の懐に飛び込む。
「《炎破突》!」
腕の突き上げと連動して、巨大な渦巻く炎の槍が《スレイヤーソード》の腹に突き刺さる。