表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/180

第六十五話 悪役(クズ)VS悪役(強)

 俺の中のアディーン様を確保して、早々に地下に潜ってしまえば、公爵家との衝突も最低限に抑えられる。


 フード男が纏う気配に、濃密な攻撃の意思が混ざり始めた。フードの奥の目が鋭く輝く。


「随分と本来の流れから外れたが……まあ、構わんか」

「本来の流れ?」

「クズと名高いマルセル・サンバルカンだ。どうせすぐに非合法活動に手を染めるだろうし、手を貸してやってこっち側に公爵家の権力ごと引きずり込むなら、というのが本来の筋書きだったんだがな」


 黄昏の獣たちラスボスにまで知られている安定のクズっぷり。


 ふざけた戦闘力と組織力を持っているこいつらが、コンセゴみたいな三流悪役と手を組むなんて変だな、と思っていたけど、マルセルとの接点づくりの一環だったのか。


「十二使徒の宿主が接触してきたのは喜ばしい。我が組織のことを知っていることは危険だ。本来ならこの場で捕獲、といきたいところだが、さっきも言ったように今は別の命令がある」


 黄昏の獣たちラグナロクでは上位者の命令は最優先事項だ。


 どうやら現時点では十二使徒の捕獲命令よりも、優先順位の高い命令があるらしい。十二使徒を捕らえておく仕組みも必要になるようだし、まだ準備が整っていないということか。


 こっちとしてはありがたい。


 真面目に訓練に励んでいるつもりでも、今の俺ではこの《スレイヤーソード》の相手は少し荷が重いだろう。別の命令があるというのなら、早々にこの場から消えてもらいたい。


「だから、始末することを優先しよう」

「げ」


 俺を捕らえて地下に潜るんじゃないか、という俺の考えは外れていた。フード男が剣呑な空気を振りまいて歩み出てきた。


「おいおい、俺を殺していいのか? 俺の中のアディーン様がどうなってもいいのか?」

(ワイを人質扱いか。ええ度胸なやないか)

(この場だけ! この場だけだから是非とも見逃していただきたく!?)

「十二使徒のことなら問題ない。どうせ公爵家の誰かが新たな宿主になるだけだ。宿主の特定は面倒だが、虱潰しにしていけばいい」


 バサ、とフードを投げ捨てる。


 風に舞うフードの内側から現れたのは、豪傑という表現に相応しい筋骨たくましい肉体だ。顔に大きな傷があり、右目を潰している。男が腰にあった片刃の長剣を引き抜く。


 気のせいか、刀身から血の臭いが立ち昇ったような気がした。


「マルセル・サンバルカンだ。貴族として、魔法騎士を目指すものとして、この国と世界を守る」


 自分で口にして薄ら寒くなってきた。俺自身と、貴族としての立場がまだ合致していないからだ。


「では、こちらも名乗ろう。《スレイヤーソード》だ。二つ、言っておく。守るだと? 下らん。国も世界も、お前には守れない。ここで死ぬからだ」

「やめてくれ。俺は悪徳貴族から生まれ変わって、模範的な魔法騎士になって、老衰で死ぬって決まってるんだからな」


 ちょっとだけ修正。模範的な魔法騎士になるつもりはない。俺の目的はあくまでも破滅エンドの回避、この一点だけだ。回避できるのなら、魔法騎士にこだわるつもりはない。


 奴隷落ちなんかは勘弁願いたいが、できるなら伯爵くらいで落ち着きたい。一般人としてなら願ったり。それこそ鉄板の冒険者として生きてみたいものだ。


 でもそれにはまず、この場を切り抜けることが肝要だ。


「それで、二つ目は?」

「貴様に魔障石を奪われた失態がある。上は気にしていないようだが、ミスはミス……ここで挽回させてもらおう」


 なるほど、ワルサーに魔障石を提供したのはこいつか。俺は杖を男に向けた。《スレイヤーソード》は片目だけの顔を歪め、大きく舌打ちをする。


「胸糞悪い。学生風情が本当に我に勝てるつもりか」

「勝つ。魔法騎士の名誉にかけて、勝利を約束する」

「名誉? 約束? 下らんことを! そんなもの、黄昏の獣たちわれらの大いなる理想の前には、無価値!」


 大いなる理想、ね。原作を知っている身としては、黄昏の獣たちラグナロクの理想が血塗れであることを理解している。


「どうせ禄でもない、クソみたいな理想だろ」

「っっ小僧!」


 大きな歯軋りと共に《スレイヤーソード》が大剣を引き抜く。大柄な《スレイヤーソード》と同じ程度の刀身だ。大剣には大小の亀裂が無数に入っていて、頑丈さは皆無だと思われた。


 ただそれでも、俺の杖よりは殺傷能力に優れているように見える。


「かアァッ!」


《スレイヤーソード》は大剣を肩に背負うようにして、突進してきた。大剣は大きく振り上げられ、異音と共に振り下ろされる。


 十分に予想された攻撃だ。原作でも《スレイヤーソード》の初撃は突進からの振り下ろしだったし、ゲーム化されたときも実装されていたスキルだ。


 対して俺の持つ杖は如何に金にあかせたものとはいえ所詮、杖は杖。大剣の一撃を受け止めることはできない。


 右に避ける。大剣は強かに地面を叩く。巨大な武器。重量も相当。


《スレイヤーソード》の筋力がどれだけ高くとも、また魔法で強化していようと、あの勢いで振り下ろした一撃を、急激に別の攻撃に切り替えることは難しい。


 本来なら決定的ともなり得る隙を作りながら、《スレイヤーソード》の顔には危機感の欠片もなかった。どころか、口元には笑みを浮かべてすらいる。


 そりゃそうだ。原作ではこの一撃からの追撃で、主人公たちを一気に追い詰めるのだから。大剣を握る《スレイヤーソード》の両手から、一際強い魔力が刀身に流された。


 と同時、大剣はバラバラに砕けた。衝撃で砕けたのではない。《スレイヤーソード》が意図的に砕いたのだ。


 当然のこと、砕片には明確な殺意がたっぷりと塗り込まれている。放射状に散らばるはずの砕片のすべては特定の一方向、つまりは俺に向かって飛んできた。


 至近距離からの、数十数百に及ぶ、高速で飛来する砕片。


 不意を突くことに成功したのならその戦果は凄まじい。事実、主人公アクロスはこの最初の交差で大ダメージを受けていた。


 けど残念だったな。俺はお前の手札を知っている。


 なんだったら、対戦ゲームでこの攻撃――スキル名は爆砕剣だったかな――からのハメ技で負けたことも一度や二度ではない。使用キャラごとの対策も把握している。


 不人気のマルセルは操作キャラとしては不採用だったが、他キャラの同じ火属性の技で対処できるはず。


 右腕を左下から右上へと振るう。出現した火壁、に次々に砕片が突き刺さる。


 火壁に物理的な防御力はなく、砕片を熔かす前に突破されるだろう。


 その前に次の一手。砕片を飲み込んだ火壁がうねる。生じた熱と風は砕片を熔かすことはできなくとも、砕片の軌道を大きくずらすことは可能だ。


「なに!?」


 初見で対処されたことなどないに違いない。《スレイヤーソード》は驚きに目を見張る。先の振り下ろしが計算の内だったとしても、追撃を回避されたことは予想外だろう、《スレイヤーソード》の動きが一瞬、止まった。


 見逃すものか、と杖を向ける。うねる火壁の一部が変形、鏃として撃ちだす。《スレイヤーソード》は咄嗟に腕を交叉して防御するが、数発の火鏃が肩や腹に命中、一発が額を掠める。


「どうした? 学生風情にしてやられたって顔だ」

「小僧……貴様っ」


 怒気と共に《スレイヤーソード》の全身から魔力が立ち昇った。


 大剣の砕片は地に落ちることなく宙に留まり、無数の敵意と共に俺に向いている。《スレイヤーソード》が握っていた大剣は、いまや刃渡り六十センチ程度になっていた。


「来たれ 炎の力 渦となれ!」


 渦巻く炎が俺の全身を包む。身体強化と炎による攻撃力が上昇する。弾けるような勢いで《スレイヤーソード》の懐に飛び込む。


「《炎破突》!」


 腕の突き上げと連動して、巨大な渦巻く炎の槍が《スレイヤーソード》の腹に突き刺さる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ