第六十三話 ふ・い・う・ち
そして俺は動く、前にクライブがちょっと予想外に動いた。
「縛り上げろ 我が風よ 《風の鎖》」
「「ぬぁっ」」
二つの声はライバルコンビのものだ。クライブの風が一瞬で二人の動きを封じた。
「クライブ君!?」
拘束する方向の話にはなっていなかったはずなのに、いきなり魔法で縛り上げられている。俺だけでなくニコルも目を丸くしているぞ。不意打ちにも程がある。
「リーダーのマルセル氏の決断は尊重したいでおじゃるが、こやつらは了解はしても渋々のもの。またこっちの予想外の行動に出られるとも限らない。となれば拘束しておくべきでおじゃろう?」
低位の風系束縛魔法。少し時間があれば、学生でも引き千切れる程度のものだ。隣ではニコルが「えー」という顔をしていた。
俺は主人公たちが拘束を破る前に立ち上がる。
「猛き炎 我が敵を討たん 放て 《炎の弾丸》」
術としては《火球》よりも上位のものだ。ボーリング程度の大きさの火球を生み出し、コンセゴが反応するより圧倒的に速く投げつける。
「わゲブラバッ!?」
火球はコンセゴの顔面に直撃し、爆発した。オレンジ色の爆炎と一緒にコンセゴも宙を舞い、地面に落ちるころにはしっかりと気絶しているのが確認できる。
にしても危な。こいつ今、「若君」て言おうとしたよな、絶対。
「ほほ、さすがの手並みでおじゃるな。麿の出番などなかったでおじゃる」
余裕の笑みはクライブで、その後ろにいる主人公とライバルは地面に倒れ込んでいた。よくよく見ると、二人の足も風の魔法で固定されていることがわかる。
全身を拘束すると同時に、別に体の一部も縛っている。低位の魔法でも二重の拘束で確実性を増しているのだ。
出番もなにも、先走りリスクの高いアクロスとエクスを抑えてもらっただけで十分。力不足で声高なだけの正義なんて、迷惑この上ない。
「さすがです、マルセル様」
ニコルの賛辞がくすぐったい。マッチポンプ感が否めないのも理由の一つだろう。
マッチポンプだろうと自作自演だろうと、コンセゴを倒し、村の解放ができたことはいいことだ。ニコルから死の危険が遠ざかったことは、もっといいことである。
「ふむん?」
クライブは倒れたコンセゴを覗き込み、なにかに気付いたようだ。コンセゴをまじまじと見つめ、チラリと俺を見る。クライブとコンセゴの間に面識があった、なんて情報はどこにもなかった、はず。
だが俺という共通の知り合いを通じて、顔くらいは知っていてもおかしくない。どれだけ不自然でも単独行動するべきだったか。
「おい、早くこっちの足止めを解けよ!」
離れた場所から主人公の声が届く。ライバルも力任せに風の拘束具を外そうとしてもがいている。クライブは呆れの濃い溜息をつき、魔法を解除した。
解除するや否や、主人公がこっちに走り寄ってくる。ライバルのほうは、あのバカとは違うとでも言いたいのか、余裕ぶって歩いていた。
「な、なんだよ、もう終わりかよ。へっ、案外、大したことねえな」
なにもしていないのに大層なセリフである。原作でも、特に前半では大きなことを言っては失敗していた。まだ成長途上だから仕方ないとはいえ、正直、かなりイラつく。
「とりあえず、この男も縛り上げて連れていくとしよう。クライブ君、手伝ってくれ」
「ニコル嬢、少し失礼するでおじゃるよ」
クライブは心底から名残惜しそうにニコルの傍から離れる。下手くそなウィンクのせいで顔の筋肉が攣りそうになってるじゃないか。ニコルはドン引いてるぞ。
「あの、マルセル様、これで村の人たちは」
乾いて強張った笑みを浮かべているニコルに、俺ははっきりと頷いた。
コンセゴ率いる占拠犯たちは一網打尽。あのフード男は気になるが、俺の考え通りだと村人たちに関心を示すとは思えない。村の占拠事件は解決したと判断していいだろう。
「よかった……」
ニコルはホッと胸を撫でおろす。俺も同じだ。ニコルを助けることができ、村人たちを助けることができ、コンセゴが口を滑らすのを防ぐことができ、権力で捻じ込んだ実習も無事に終わらせることができた。
万事解決のように見えるが、俺にはまだするべきことがあった。コンセゴをどうするか、だ。
司法システム的には官憲に引き渡すしかない。コンセゴが口を割ることのないよう言い含める必要があるが、果たしてうまくいくかどうか。原作でも俺を売り飛ばした前科がある奴だしな。
現代日本で生きてきた身としては、口封じに殺すなんて真似ができるはずもない。となると、パパンに頼んで裏から手を回して釈放させることを条件に口止めをしておくしかない。
おのれ、村人を助けるという善行を積んだはずなのに、結局は悪役道から外れることができていないなんて。コンセゴを見る目に、恨めしいとの気持ちが混じることくらいは甘受してほしい。
「ん?」
チカ、という光が視界の端に入った。まさかそんな距離から――――
「マルセル様!?」
「っ!?」
突如として放たれた閃光が五条。
俺、ニコル、クライブ、主人公、ライバルをそれぞれ狙っている。
言っておく。甘い。本人かどうかが疑わしいとしても、お前の存在を確認した以上、警戒を怠るなんて選択肢はない。この山道に入る前から、俺は感知魔法を切らしていない。遠距離からという点だけが予想外なだけだ。
「きゃあっ」
だから、お前の不意打ちは成立しないんだよ。ニコルは絶対に殺させない。ついでに主人公たちもな。俺の振るう杖が炎を生み出し、五条の攻撃を迎撃する。飛来したのは、高速で発射された水の弾丸だった。
「マ、マルセル氏!?」
「クライブ君は皆を頼む。こっちは……出てこいよ、そこにいるのはわかってるんだ」
「勘のいいガキだ……何者だ貴様らは? せっかくの道具を潰しやがって」
陰鬱な声と共に、ゆらり、幽鬼めいた雰囲気を纏った男が現れた。
驚いたことに、攻撃を仕掛けてきた場所からはかなり近付いてきている。迷彩魔法だったかな、周囲の景色と同化する魔法だ。
うん、間違いない。やっぱり、あいつだ。あの組織がまさかこんな最初から関与しているとは、考えもしなかった。『アクロス』で起きる事件には、一貫してこいつらがかかわっているということか。
「クライブ君、こいつの相手は俺がする。君は皆を頼む。ラウラさん、君にはニコルさんを頼むが、構わないか」
「承知しました、お貴族様」
こんなときにまで棘はいらないですよ?
「むむ、マルセル氏だけに任せるのは気が引けるでおじゃるが、止むを得ないようですな。行くでおじゃるよ、ニコル嬢、ラウラ嬢、他」
「はぁ!? 賊に背を向けるなんて! それにマルセル、様は!?」
「マルセル氏は殿でおじゃる」
「そんな! うちも一緒にっ」
「おれは男爵家の人間だぞ! このまま敵に背を見せろと言うのか!?」
「そ、そうだ! 全員、魔法騎士を目指してるんだ! 戦いもせずに逃げるなんて真似、できるはずがないだろ!」
多少は俺を心配してくれているニコルはともかく、ライバルコンビの反応はまったくもって鬱陶しい。男爵家再興を目指すライバルは手柄を立てる場面を逃したくないだけだし、主人公は多分、ライバルに張り合うことが目的だろう。
「さっきの攻撃に反応できなかった麿たちが残っていては、マルセル氏の足手まといになると、なぜわからぬでおじゃる! 麿たちが早く離れることこそが、この場における唯一のチームワークですぞ!」
身分でも実力でも勝るクライブにきつく言われては、ニコルたちとしても頷くしかない。
「マルセル氏、ご武運を祈るでおじゃる」
「マルセル様……」
「一応、気を付けてください」
「心配は無用だよ、三人とも」
アクロスとエクスは意図的に無視した。我ながらケツの穴が小さいな。
でも未来において俺を破滅させるくせに、今も積極的に足を引っ張ろうとしてくる主人公たちに、冷たくなるのは仕方のないことだと思う。
他の人たちも同意してくれるに違いない。