第六十二話 理想と建前と卑怯
アクロスとエクスは本当、どうしてくれようか、との考えは実のところ一瞬で終わった。
連れていく以外の選択肢がない。俺がなにを言ったところで、こいつらは放っておいたら勝手についてくる。
俺の知っている主人公なら命令違反を指摘したところで、「一度命令違反をしたんだから二度も同じだ」と開き直るに違いない。
拘束することもできなくもない、がロープもなければ、魔法にしてもマルセルもクライブも苦手な系統の魔法だ。力加減を間違えてケガをさせてしまうかもしれない。
いっそ本当に気絶させるか? どこの悪党だよ。『アクロス』の悪役でしたよ。
「ここに置いてまた命令違反をされたら敵わない」
「じゃあ、アクロス君たちは!」
「一緒に行くとしよう、ニコルさん。ただしアクロス君、エクス君、現場の指揮は俺がする。これ以上の勝手な動きは許さない」
「っ、マルセル、様」
「なんでてめえにそんなことを!」
「俺の言うことをどうしても受け入れられないというのなら、お前たちはここで拘束する。今度は勝手に動けないように。最悪、気絶させてもいいと思っているよ」
かかっているのは人命だ、と付け加えてようやく、二人はぶっきらぼうなものではあったが了解の返事をした。
ここでまだ貴族への対抗心や功名心を優先するようなら、本当に殴り倒しておかなければならないところだったよ。
俺が先頭を歩きだす。俺の後ろではラウラが小さくため息をつき、ニコルとクライブ、アクロスとエクスが顔を見合わせたことがわかったが、五人もすぐに後をついてきた。
できることならライバルコンビにはついて来てほしくはないのだが、置いて行ったところで黙って後をついてくるに決まっている。俺の知らないところでストーリーから外れた行動をされる方がよっぽど怖い。
大人と子供なのだから、移動速度は俺たちのほうが遅い。しかし原作の展開を知っていることから、目的地に到着するのは俺たちのほうが早かった。
村の裏手にある山道には木々や岩も多く、隠れるにはもってこいだ。
「体を低くしろ。見つからないようにするんだ」
「本当にこんなところに来るのかよ」
主人公は口を開けば俺への不満ばかりだ。気持ちはわかる。原作第一話では騙され陥れられ、下手すれば死亡しかねない状況に誘導されたのだ。
今回も自分たちの実習に横入りしていた。敵愾心が最大値になっているのも当然。
ただし状況は考えてほしいと思う。コンセゴの件は荒事になる公算が大きく、心身の緊張が強いられているというのに、わざわざ噛みついてこないでもらいたい。
「来るでおじゃるよ」
「感知魔法か?」
クライブが断言し、ライバルが確認する。没落したとはいえ男爵家の人間なので、主人公ほどには悪役三人組への敵対心を持っていない。
身を潜めて、逃げてくるコンセゴを待ち構えることおよそ五分。
「くそ、一体なにがどうなってる? なんでこんな」
大きな声で疑問を振り回しながら、草むらからコンセゴが姿を現した。
手に握る愛用の斧には、木々を斬り倒して駆けてきたのだろう樹液や葉がこびりついている。人の血や肉片が付着していないのはなによりだ。
「大変なのはここからなんだよな」
「マルセル氏? どうしたでおじゃるか?」
「いや、ちょっと」
コンセゴを止めたいのだが、止め方を考えなければならない。クライブはまだしも、ニコルたちが傍にいるのだ。
俺が堂々と姿を見せれば、コンセゴは俺に反応して迂闊なことを口走るかもしれない。「これはマルセル様のためにしたことなんです」なんて発言をされてみろ。襲撃グループの首謀者あたりに祭り上げられてしまうかもしれない。
どれだけいい方向に転がったとしても、主人公たちとの決定的な対立になるだろう。
「どうするでおじゃる、マルセル氏?」
「先制攻撃で気絶させよう」
原作のマルセルがどうかは知らないが、よくよく考えなくとも俺自身は別にコンセゴに愛着もなにもない。
今回の目的はニコルを守ることであって、コンセゴとの良好な関係を維持することではないのだ。
原作でニコルを殺したコンセゴをぶっ飛ばしたいと思ったことも、一度や二度ではない。現状ではニコルは無傷だが、この場を借りて前世のムカムカを晴らすとしよう。
今世のコンセゴには恨みはないが、村を占拠するなんて不法行為を行った罪、という建前もあることだしね。
ただ、異論をぶつけてくる相手が二人いた。呼んでもいないのに、のこのこ合流してきたアクロスとエクスだ。
「さすが悪徳貴族だな。先制攻撃って要は不意打ちってことだろうが、卑怯者!」
「それだと魔法騎士としての名誉が守られない。正々堂々と真正面から叩き潰すべきだ」
実に気持ちのいい、正統な主人公属性に相応しいご発言である。
序盤からそこそこの戦闘力を持っているライバルはともかく、光の魔力に覚醒したてで碌な戦闘力を持っていない主人公には不釣り合いなセリフだ。
青っ白い理想論への返し方はとっくに決まっている。
「だが村人た」
「けど村人たちの命と安全、そして未来が守られるわ。名誉も、まあ大事でしょうけど、それでも力なき人々の命や未来よりも上だと思うの? うちはそうは思わない」
「……」
開いた口は声を発するという役目を奪われて、虚しくパクパクするだけだ。主人公たちを見据えるニコルの目は、レイピアめいて鋭い。
「名誉みたいなものを大事にし過ぎて、人が死ぬほうがずっとずっと馬鹿げてる」
「お、おいニコル……お前、貴族の肩を持つのかよ」
「はあ?」
「そこまでだ二人とも。ニコルさんは少し冷静になってくれ」
雰囲気が急速に悪くなったので思わず口を挟む。
「マルセル様」
「わかっているよ、ニコルさん。俺に任せてほしい」
俺はクライブに目配せをし、ニコルを任せる。俺は主人公対応だ。貴族は平民を見下しているが、平民は平民で貴族に悪感情を抱きバカにしている。
「な、なんだよ」
「確かに魔法騎士には名誉は大事だろうけどな、魔法騎士にとってもっとも名誉なことはなにか知っているか? 人々を守ることだ。魔法騎士が体面や正々堂々にこだわるあまり、手遅れになるなんてことは最大の不名誉だ。違うか?」
「うぐ」
主人公は呻き、ニコルは目を見張った。
俺が思い出していたのはニコルの過去だ。ニコルは生まれ育った村を盗賊に奪われた。そして魔法騎士は、賊からニコルの家族を守れなかったのである。
当時、村の奪還作戦を指揮していた魔法騎士は爵位持ちで、名誉や体面にこだわるタイプの人間だった。不意打ちや強襲などの手段を忌避し、手順とルールを重んじ、バカ正直に正面からの交渉を始めようとした。
交渉の使者を送ると同時に盗賊たちは破れかぶれの行動に出て、多数の犠牲者を出す結果になったのである。
理想や名誉を並べる暇があるのなら、迅速に効果的に徹底的に犯人を制圧するべき。まさに俺が並べたかった理論である。
魔法騎士が名誉や建前を重視した結果、救えなかった命というものが事実として存在するのだ。
具体的には、マルセルが高位貴族の魔法騎士らしい服装にこだわったせいで、村が一つ陥落するくだりがある。死傷者も出て、マルセルたち悪役三人組は随分と責められていた。原作七巻ぐらいだったかな。
「ほっほっほ、なるほど。村を助けたという事実でもって、名誉とするわけでおじゃるな」
斜め上方向に納得するクライブの言い方は、どうにもフォローしているのかどうかわかりにくい。
アクロスとエクスが口をモゴモゴさせている様は、まだ納得しきれていないことを示している。だがこの場でもっとも力を持っていない二人の同意を待つほど、のんびりできる状況でもない。
「じゃ、さっさと叩こう」
俺の視界にはコンセゴしか映っていない。例のフード男の姿が確認できないのは不安でも、このまま動かずにいて取り逃がすなんてことはもっての外。