第六十一話 溢れる主人公力は困りもの
シルフィードの目を盗んで勝手な行動に出たということか。ラウラはともかくとして、なにかと張り合っては衝突するあの二人が動いたとなると、
「……それは確かに、厄介なことになりそうだな。クライブ君、感知魔法はまだ広げているかな?」
「もちろんでおじゃる」
「声の伝達をお願いするよ。一刻も早く、全速力でこっちに来るよう、場所を教えて欲しいんだ。ウロチョロされると本当に迷惑になる」
特に人質などにされてしまったら、どれだけ厄介なケースになってしまうことか。あのフード男のこともあるってのに、これ以上、手を焼かせないでもらいたいものだ。
「エイナールはなにをしているでおじゃるかな?」
貴族のクライブは主要キャラのことを尊敬しておらず、呼び捨てである。俺は一読者としては好きなキャラであるけど、今の状況だと本当に腹が立つ。
「どうせ、生徒の自主性を尊重して手出し口出しを控えているんだろう」
こんな初期も初期の実習、生徒レベルがどれだけ失敗しても、正規の魔法騎士ならすべて引っ繰り返せる。主要キャラ自身がこのことをよくわかっているからこそ、ギリギリまで手を出すつもりがないのだ。
原作一巻、二巻程度に出てくる敵なら、主要キャラはそれこそ無双できる。
だがあのフード男は別。明らかな強敵だ。少なくとも、今の主人公とライバルの二人がかりでも叶う相手ではない。如何に才能に溢れていようとも、だ。
下手に動かれて、光の魔力に感づかれでもしたら事だ。俺たちの近くにいるほうが主人公にとっても俺にとっても、なによりニコルにとっても安心である。
まったく、向こう見ずな突っ走り系主人公というのは、厄介極まりない。別行動なんかじゃなく、気絶あたりに追い込んで、縛り上げて倉庫にでも放り込んでおくべきだったか。
「……確かにエイナールはこちらを監視しているでおじゃるな。気配を薄めてはいるが探査魔法を広げとるわ。やれやれ、三人には合流を連絡するでおじゃるよ」
風の魔法による伝達そのものはすぐに済んでも、合流には時間を要する。
クライブの声に案内されてようやくたどり着いた二人の顔には、二割の疲労と八割の苛立ちがあった。ラウラの顔はほとんどが呆れで、ちなみに俺とクライブは苛立ちが十割だ。
大きく息を吐いて、気分を落ち着かせてから二人を睨む。
「なにをしている。お前たちはシルフィードと一緒のはずだろうが」
「ふ、ふざけんな。いいか、さっきも言ったがこの実習は元々、オレたちのもんだ。お前らだけに好きさせてたまるかよ」
「アクロスの言葉も一理ある。おれたちのことを無視して勝手に進めるのはここまでにしてもらおうか。おれたちを追い出して手柄を独り占めにする気か?」
こいつら、当初の配置に納得していたにもかかわらず、理由をつけて独断行動を正当化させようとしてやがる。
主人公のほうはまだ正義感だから幾分はマシだとして、ライバルのほうは完全に手柄狙い。
村人の救出は村長と接触できた時点である程度、進んでいるからいいとして、首謀者の捕縛はまさにこれからだ。意欲だけが盛んで、実力と経験の双方に乏しい二人を連れていくなど、遠回りな自殺と同じだ。
しかもコンセゴは俺の顔を知っている。コンセゴと接触する現場に主人公たちを連れて行きたくはない。
万が一にもコンセゴが「これは若君のために」とでも口走ろうものなら、脱破滅の決意など世界の理の遥か外側にまで吹っ飛んでいくこと請け合いだ。
「最初の説明で納得していただろう。正義感だろうと功名心だろうと、個人的な感情で配置を勝手に動くような奴らを、連れていけると思うのか?」
「ぐ」
「ああ、それとも、『ついていくつもりはない。オレたちの任務だからオレたちが動くだけ』とでも言いだすつもりじゃないだろうな」
「ぬっ」
少なくともライバルのほうは言うつもりだったらしい。主人公はそこまで頭が回っていない様子だ。
(ラウラ~~~、お前がついていながらなにしてんだよ)
(ラウラは監視と調査が仕事です)
恨みがましい目をラウラに向けたが、彼女がどう返したかは俺の想像だ。けどさして遠くはない筈だ。彼女の目がそう物語っている。
いずれにしろ、今回の救出作戦は担当教官の主要キャラも承認したものだ。元の「荷物を届ける」任務の受領者が主人公たちであっても、「占拠された村の解放作戦」になった時点で、独断で動く二人の主張は通らない。
「いいか? エイナールがこの作戦を承認した。作戦は俺たちが立案した。お前たちも同意した。なのにお前らは作戦にない勝手な行動をした。指揮している俺にも、監督役のエイナールにも報告すらせず、もちろん承認も得ずにだ。意味がわかってんのか?」
「!」
「それがどうしたってんだよ。大事なのは人を助けることだろ!」
どうやら主人公は俺の言葉の意味がわからなかったようだ。内容を把握したライバルの顔色はサッと悪くなった。ラウラは我関せずといった態だ。
魔法騎士は国家の組織だ。当然、そこには規則や規律が数多く存在する。
少年が成長するタイプの漫画にはよくあるように、主人公は既成のルールや常識を打ち破ることが多い。
主人公も現場の命を助けるために、魔法騎士の規律を破ることがあった。
目の前の命を助ける、ために規則などを考えなしに破って行動する。
少年マンガ的には、規則や規律でがんじがらめに縛られている大人たちを尻目に、枠を破って大活躍する様は格好いいのかもしれない。だが実際には、アクロスの勝手な行動で迷惑を被る人間がいるのは当然のことだ。
このあたりの描写が原作でされることはほとんどない。
大半は主人公がある程度の処罰を受けて不貞腐れているところに、助けた被害者が礼を言いに来て、主人公が「気にすんなよ。魔法騎士として当たり前のことだ」とでも笑って終わりになる。
原作連載当初は俺も子供だったから、主人公の行動を素直に受け止めていた。いざ、立てた作戦を無視される側になると、イラつきが半端じゃないな。
手柄のためというのは不愉快極まりない。人を助けたいと言いながら作戦を無視する奴は殴り飛ばしたくなる。
しかも主要キャラがここに来ていないことを考えると、俺が尻拭いをする必要があるってことだ。
主要キャラのフォローは最後の最後の段階になるまで期待できない。作戦立案力、実行力、不測の事態への対処能力。それらを図る思惑があるのだろう。個人的にも、学院的にも。
「エクス君はわかったようだな。アクロス君はわかってないようだから教えておくが、君たちは命令違反をした。懲罰対象だぞ、これは。実習の合否以前の問題だ」
「な!」
「どうやら本気でわかってなかったようでおじゃるな」
指摘に絶句する主人公。
原作の中では都合よく進んだかもしれないが、ここではそうはいかない。主人公の無茶に巻き込まれるのは俺で、主人公を好きにさせておくとニコルを失う可能性が高いのだ。
ニコルを助けるために捻じ込んで来たのに、こともあろうに主人公のせいで原作通りの展開になんてさせてたまるか。命令違反を理由に拘束して、倉庫かどこかに放り込んでおこう。
「待って、マルセル様」
予想通りというか、できればやめてほしかった声を上げたのは、ニコルである。
「ニコルさん」「ニコル嬢」
「アクロス君を許してあげてくれませんか。命令違反は悪いことですけど、アクロス君も困ってる人たちを助けたいと思っただけだと思うんです」
「ふぅむ、魔法騎士を目指す身として、その正義感までを否定するのは確かに望ましいことではないと、麿も思うでおじゃるよ」
クライブ君、君がニコルにつくだろうことは簡単に予測できたよ。