第五十九話 黒幕の影
「なんで、あいつがこんなところに……」
「マルセル氏?」「マルセル様?」
待て待て待て。まだ、あいつと決めつけるのは早計だ。あのフードや体格には見覚えがあるが、あいつはこんな序盤も序盤に出てくるような奴じゃない。もし奴だとしたら、どんだけ根が深いんだよって話になる。
「水を差すんじゃねえよ。お前は黙って協力だけしてろ」
「協力したのは、取引相手としてのお前が必要だからだ。下らんことに組織の情報網を使ってやったんだ。さっさと片付けろ。処理しなければならない案件は、まだいくつもあるんだからな」
「ふん、お前らの都合だけで物事が進むかよ。こっちにとっちゃ、これが最重要案件だ。若君があのガキに恥をかかされてから、若君からこっちへの連絡がとんとなくなっちまった。仇を討って役に立つってことを証明しねえと、本当に干されちまう」
「なら尚更、油断などすることのないようにするんだな」
陰鬱でいて底冷えのする声は、これ以上付き合わせるな、と言わんばかり。男はフードを翻して去って行った。
「は! 言われるまでねえ。おう! 気ぃ抜くんじゃねえぞ」
最後に部下に発破をかけることも忘れない。コンセゴもまたその場を後にする。
「つったってなぁ、誰も来るわけねえよなぁ」
「ああ。俺たちは泣く子も黙る大蜘蛛団だぜ。この辺で俺たちに刃向う奴なんざいねえって。お頭も知ってるだろうに」
せっかくのコンセゴの発破も、部下たちには響かなかったようだ。コンセゴもフードの男も姿を消すと、途端にだらけていた。
見張りたちは雑談をしたり欠伸をしたり、中にはカードゲームに興じるものもいるなど、すっかり弛みきっている。
「やる気が感じられないなあ」
(連中のあの覇気のなさは自分に通じるもんがあるんちゃうか?)
「俺は色々と頑張ってるでしょ!?」
具体的には破滅エンドを回避するために。今もこうして、体を張って動いているのだから、少しは評価してくれてもいいと思う。
それにしても、こいつらの名前って大蜘蛛団だったな。ほとんど口に上ることがなかったから忘れてたよ。あと、コンセゴよ、単にマルセルに命令されただけの三下悪役かと思いきや、コンセゴはコンセゴなりに考えていたのか。
勝手に動かれるのは困りもの、しかし俺のことを考えてくれる味方がいるというのは嬉しいものだ。
「ねえ、若君って言ってたっけ? そいつが今回の黒幕ってことなの?」
「え゜?」
違うんです! 違うんですよ、ニコルさん。俺はなにか命令を下した覚えはありません! コンセゴが点数稼ぎ目的で勝手に動いただけですから!
でも助かった。もしここでコンセゴが「若君」ではなく「マルセル様」なんて口走ろうものなら、破滅フラグ回避とか脱悪役とか真人間になるとかいう俺の目標が盛大にこける、どころか木っ端微塵とか爆発四散にでもなるところだった。
「その話は今でなくともよいとは思わぬか、ニコル嬢。まずはここをどうにかすることを考えるべき。どうでおじゃるかな、マルセル氏?」
「同感だ。俺の感知だと、見張りは入り口に一人、裏にもう一人なんだが」
「ほほ、麿の感知でも同じでおじゃるぞ。役割分担的には麿が裏口、マルセル氏が表でよろしいかな?」
「だな。手順は大丈夫か?」
「もちろんでおじゃる」
「なら行こう。ニコルさんはここに残っていてくれ」
「っ、な、何でっ」
反対するニコルを右手を上げて制し、左手は人差し指を立てて沈黙を促す。
「俺とクライブ君でやるほうが確実だからだ。失敗が人死にに繋がりかねない以上、納得してほしい」
「それは……」
感情とは別に、現実も理解しているのだろう、ニコルは頷いてくれた。頷いた表情があまりにも苦しげで、何か、滅茶苦茶に悪いことをしている錯覚に陥ってしまう。
ニコルを置いて、俺は歩き出す。見張りは魔法こそ使えない様子だが、一年生のニコルにはまだ荷の重い相手だ。
普段通り、を心掛けて見張りに向けて歩を進める。適当な距離に近付いたタイミングで、「よお」と軽く手を上げて見せた。緊張感の足りない見張りも応じて軽く手を上げる。
気遣いのセリフを口にしながら距離を詰め、一足の間合いに入ると同時に力強く踏み込み、炎を帯びた拳を見張りの腹に叩き込む。見張りは短く呻いて、その場に倒れた。
「ほっほ、さすがはマルセル氏。実に鮮やかな手並みでおじゃる」
生垣の向こう側から出てくるクライブは既に、風の魔法を飛ばして裏口の見張りを倒してしまっている。クライブのほうこそ、さすがの手並みだ。
俺にはケンカの経験すらほとんどないが、マルセルには戦闘訓練の経験がある。原作での動きを見る限り、戦闘力自体も決して低くはない。またキャロライン先生の魔法教室では、ついでに体術まで教えてくれるのだ。
魔法も使えない賊風情に手こずる要素など見当たらない。むしろ手こずったらキャロライン先生にシバき倒される。
素早く扉に近付き周囲を警戒。他に誰かが近付いてくる気配もない。俺はニコルのほうを向いた。
「ニコルさん、こっちへ。中にいる人たちを助ける」
「へ? あ、は、はい!」
慌てて生垣から出てくるニコル。移動する途中で変身魔法を解き、俺の隣に着いたところでジト目を向けてきた。
「てか手際良すぎじゃありませんか、マルセル様?」
「シミュレーションの結果だ」
風の魔法の汎用性は高い。風魔法で物音が発生しないようにしてから、立て付けの悪い古い木戸を開ける。部屋に入ってきた俺たちを見て、当然のことながら相手は驚いていた。
「な! 君たちは!?」
「魔法騎士学院の生徒だ。貴方がこの村の責任者ですね? 皆さんを救出に来ました」
身分と目的を手短に説明し、ついでに懐から身分証明として学生証を提示すると、すぐに信用してくれた。信用性の高い身分証というのは、緊急時にありがたい。
「事情の説明は可能かね?」
クライブの問いかけ方は、平民に対する貴族の問いかけとしては十分に柔らかいほうだろう。俺の父であるサンバルコン公爵なら、目線や顎の動きだけで話すよう命令している。
ただ、いちいちポージングを取る必要性はないと思う。今回のはたしか、バック・ダブル・バイセップスだったかな。
「いや……あの、君たちは本当に魔法騎士学院の生徒なんですか?」
「学院の身分証は偽造困難だとご存じではありませんか?」
「それはそうですが」
穏やかに言ったはずの俺に、言葉を濁す村長らしき初老の人物。俺やクライブ君ではどうにも、村長からの信頼を得ることはできず、回答を得ることもできなかった。もしかすると、三人組に共通の悪役顔が影響しているかもしれない。
「なにがあったか、わかる範囲で結構ですので説明してくれますか?」
「あ、ああ、はい」
村長はニコルの質問には答えてくれた。なんでやねん。クライブ君の背中の筋肉が泣いているように見えた。だってピクピク痙攣しているだもん。
村長によると、コンセゴたちが最初に村に現れたのは数週間前。以後、何度かコンセゴの部下らしき人間が村に現れ、数日前、急に暴力的手段に訴えてきたのだという。
村には護衛などが常駐しているわけもなく、冒険者もあまり立ち寄らないことから、抵抗の術なく占領されてしまう。村人を空いている倉庫に押し込められたが、村長は自宅に留め置かれた。
コンセゴは村の財産の目録を作ろうとしていたとのことだ。自分たちで使うためか、それとも俺に渡すためか、ちょっと判断がつかない。
聞き取りの最中に、待遇改善の訴えや目的を聞き出そうとしていたというのだから、勇気のある村長である。
「村人が閉じ込められている倉庫は二つあるんだろ。正確な場所を教えてくれないか?」
「は、はい!」
俺の申し出を引き受けてくれたのはありがたいのだが、そんな飛び上がるほどのことだろうか。村長の足と床の間に、五センチくらいの空間ができたんだけど。