第五十八話 クライブ君が少し活躍する
目付きが悪くなっただけではなく、体内を流れる血液も沸騰しそうな勢いだ。ここで暴発されたら目も当てられない。
原作だとニコルは主人公とライバルの仲裁に入る場面ばっかりだったけど、やっぱり盗賊とか山賊への敵愾心はかなり強いようだ。
グズグズしてたら、こっちの制御を振り切ってしまいそうまである。
振り切られたら、ニコル死亡が確定してしまいそうで、そうなったら何のために大ひんしゅくを買ってまで実習に割り込んで来たのかわからない。
ボッシュに引き渡すとかいう提案は、丁重にお断りすることにした。
「こいつは閉じ込めておく。下手なことをして隙ができちまったら、今度はこっちがどやされる」
「そうだな、あの人のことだから、こっちの首が飛びかねんか。おし、通れ」
会話は最低限にと心がけていたが、それにしてもこいつら、油断しすぎじゃなかろうか。
まんまと村内に侵入することに成功した俺たちは、まずは村長宅を目指す。
侵入したのだからコソコソとすべきだろうか。いや、精度の高い変身魔法で姿を変えているのだから、むしろ堂々と動くほうが安全だろう。
原作知識により、この占拠事件の中心人物たちが村長宅にいることは最初からわかっている。ただし村長宅が村内のどの位置にあるのかがわからないのだ。
原作描写だと、まず村周囲の森が、次いで村の全体図が俯瞰で、村内を武器を持って歩いているならず者たちが写され、主人公たちはならず者たちから隠れながら、「あれが村長の家か……」と呟くだけだった。
現実は違う。村長宅を探すというプロセスが必要になってくるし、村を占拠したならず者の姿をしている俺たちが「村長の家はどこだ」などと聞けば怪しまれてしまう。
ファンブックとかページの合間とかに、村の全体図でも載ってたらよかったのに。そういや仲間内でやったTRPGで、「ニコル救出」を目的にしたシナリオをプレイしたことがあったな。
「まあ、感知魔法のおかげで人が集まってる場所はわかるし、その中のどれかが多分、村長の家だろうな」
「例えば村で大きな家、でおじゃるか? と言われても、麿にはどれもこれも豚小屋のようにしか見えないでおじゃ」
「クライブ様?」
「うむ! どの家にも人々の生活が息づいているでおじゃるな! 己の邪な都合のために人々を踏み躙るなど断じて許せぬ。早々に元の生活を取り戻せるよう動こうではないか!」
「クライブ君……」
ニコルの温度のない声を受け、クライブは電動ドリル並みの回転速度の掌返しを見せた。惚れた弱みなのか、ここまでくるといっそ天晴れである。
恋の成就を願うのが仲間として正しい道なのだろうが、悪役三人組に待ち受ける未来を考えると、ニコルへの想いは叶わないほうがいいと思ってしまう。
ただでさえ死亡フラグを抱えている彼女に、更なる死亡フラグを抱えさせるのは忍びない。
村長宅の正確な位置はわからずとも、人が集まって、村の中心にある大きな建物は直ぐにわかった。恐らくはこれが村長宅で、家の内部には複数の人間が感知でき、頻繁に動いてもいる。
救出を考える以上、誰がどこにいるのか、といった情報を正確に把握する必要があるので、一番人が集まり、出入りの多い村長宅を探らないわけにはいかない。
その点、倉庫のほうは簡単だ。倉庫の内側の人間は僅かな身動き以外は、動きがほとんどない。原作の展開を考えても、倉庫内部には人質しかいないのは確かだろう。
村長宅の生垣の影に身を潜める。家には人の出入りが激しく、粗野な言葉も飛び交っていて、村人もならず者も、いずれの中心人物がいることがわかる。
不用心に開け放たれた窓からも話し声が流れてくるが、多少の距離があることと、他の雑音が混じり合ってかなりわかりにくい。
ニコルも同様だったようで、彼女は眉を寄せた顔を俺に近付けてきた。ちょっとやめて、俺の心拍が上がっちゃうから。クライブの表情筋が微妙にピクついてるから。
「マルセル様、ここからだと中の様子はわからないのでは?」
「心配いらないよ、ニコルさん。では、クライブ君」
「ほっほ、任せるでおじゃる」
本来なら声の聞こえない距離は、クライブの風の魔法の補助を得ることで対応可能だ。ニコルの前でいい格好をしたいからか、先程の失言を挽回したいのか、クライブは上機嫌で魔法を使う。
そよ風のような弱い風が生垣を小さく揺らし、ややあって俺たちの耳に人の声が聞こえてきた。
――――こ、こんなことをして、国が黙ってはおりませんぞ。
――――うるせえ老いぼれだな。こんなちんけな村に興味なんかねえよ。こっちの用が済み次第、とっとと解放してやらあ。だからよ? つまらねえ抵抗なんざするんじゃねえぞ。興味も用もねえが、邪魔するってんなら殺しちまうからよ?
老いぼれとやらの声には聞き覚えがない。きっとこれが村長だと思われた。一方の粗野な男の声はコンセゴのものだ。アニメで聞いた声にそっくりである。あれ? 声優さんが凄いってことなのか?
――――っ、用とは一体……?
――――てめえらが知る必要のねえことだ。いいから黙って大人しくすることだけ考えてろや。
机か椅子を蹴り飛ばしたと思われる乱暴な音が響き、続いて大きく暴力的な足音がした。コンセゴが外に出てきたのだ。ハッとニコルの顔つきが変わる。今にも飛び出してしまいそうで、俺はニコルの肩を掴んだ。
「ニコルさん」
「あいつが、ピート君や村の人たちをっ」
「落ち着くんだ、ニコルさん。今は状況を把握する方が重要だ」
「く……!」
ニコルの歯軋りの音がコンセゴにまで届かないことを祈る。ニコルの過去を考えると、コンセゴに憤りを感じるのも無理からぬことだ。
彼女は、生まれ育った村を盗賊に焼き払われたという過去を持っている。原作ではそこまで詳しい描写はされていないが、村が焼かれ、村人が殺されるというニコルの回想シーンが大ゴマで描かれていた。
本人も家族も無事に生き延びたことは幸いと言えようが、住み慣れた土地を蹂躙されたことへの怒りは根深い。人々の暮らしを脅かす盗賊や山賊を撲滅することは、ニコルが魔法騎士を目指す動機の一つでもあった。
彼女にとってコンセゴのような人間は、第一級の討伐対象だ。コンセゴの雇い主である俺なんか、どう扱われることやら。想像するだけでも恐ろしい。「俺は命令していない、コンセゴの独断専行だ」と主張しても通りそうにない。
頼むぞ、コンセゴ、絶対に俺の名前を不用意に出すんじゃないぞ。サンバルカン公爵家の名前までならなんとか許容するつもりだけど。
大柄で、見るからに粗野な感じを纏うコンセゴは、腰から下げた長剣をいじりながら、村長宅の扉前に立つ見張りに問いかける。
「異常はねえだろうな?」
「なんも問題ありませんぜ、ボス」
見張りの声にも顔にも態度にも緊張感が感じ取れない。いともたやすく村の占拠に成功したことも一因だ。
原作の主要キャラも言っていたが、こんな田舎の小さな村に、国が大規模な救出作戦をするわけがないとわかってもいるのだろう。
油断大敵も甚だしく、だがコンセゴは部下を諫めようともせず、むしろ満足気に頷いた。
「まさに完璧、作戦通りだな」
「ここまでは、だ」
コンセゴに続いて村長宅から出てきたのは、
(!?)
同じく大柄な、いや、コンセゴ以上の体躯を誇る、フードを目深にかぶった男だ。大柄であっても痩躯なそのフード男から醸し出される不気味な空気は、これだけの距離がありながら俺たちを身震いさせる。
ならず者たちの中での序列はわからないにしろ、その雰囲気だけでもコンセゴよりも凄腕であることは見てとれる。
いや、それよりも、もっと大事なことがある。