第四話 マルセルの位置
『自分らサンバルカン家の人間はワイの借家になるんが役目や。自分が死んでもうても、別の奴の体に移るだけのことやさかい。それにな? これまでの公爵家の連中にも嫌な奴はおったし悪人もおったけど、そん中でも自分は最低や。ぶっちゃけ、死んだほうが世のため人のためやし、これまでしてきたことを考えたら、酷い目に遭うんも当然やな』
「ぅごご」
このときの俺はまだ十二歳。だというのに俺への評価は随分と酷い。
「な、なぜ」
『そこでなぜとか言うとる時点でもうあかんわ。巻き戻って何の学びもないんかいな。残り四枚も無駄に散らしてまうんとちゃうか?』
「うぐぅ」
変な鳴き声が出た。
言い訳を許してもらえるのなら、成長していなかったのはマルセルであって俺ではない。
指輪に視線を落とす。元は薄紅色の花弁が五枚。今は色を失った花弁が一枚。つまりこれは、やり直しには回数制限があるということ。
『そらそやろ。いくらダリュクスかて無制限に逆行なんかできるかい』
然りごもっとも。つまり俺にはもう四回しかチャンスが残っていない、ということなのか。
……考え方を変えると、もう四回、あんな殺され方をするという事では?
どどどどどうするどうするどうする? やり直しの機会は僅か。でもどうすればあの運命から逃れられる?
四回も殺されるのは嫌だ。それを繰り返すのも嫌だ。どうするどうするどうするどうすればどうすれば俺は破滅から逃れることができぃぃいいぃいぃぃい――バサ!
「!?」
残っていた髪の毛が更に抜け落ちた。
「のっぴょぉおおぉおぉぉおぉっ!?」
『ブハハッハハハハハハハハハ! またゴッソリ抜けたのぉ!』
「のぉおおぉぉおお! ア〇トネイ〇ャー! 〇ートネ〇チャーさぁぁぁああぁああん!?」
ぅう、まだ頭が寒いいや痛い……さっさとやらなくちゃならないこともあるってのに。
早急にしなければならないことがある。今も連載中で、中学高校時代は元より、今も毎週楽しみにしている人気漫画について、知っている限りのことを思い出すことだ。
破滅エンドなんか冗談じゃない。それも合計三回。なんとしても回避するための方法を、せめてヒントだけでも見つけなければ。
机に向かう足取りは生涯で最も重かったはずだ。如何にもテンプレ貴族様が使うような机からペンと紙を取り出す。
公爵家なのだから高級紙の筈なのに、向こうで使っていたメイドインチャイナやメイドインベトナムの紙よりも質が悪い気がするのはどういうわけだろう。文明レベルが低いからかもしれない。
「アクロス」の舞台は中世ヨーロッパといった風情の、剣と、なにより魔法が強い存在感を持っている世界で、魔力を持つ少年少女らは、十二歳になると国に一つしかない魔法騎士学院に入学、ここを舞台にして友情に恋にバトルにと励むのだ。
魔法と中世の組み合わせとなると、王族や貴族が強い魔力を持つというのが王道パターンであり、「アクロス」においてもこれは踏襲されていた。
公爵家令息のマルセル以外にも、名門貴族の子女たちは様々な形で物語に加わってくる。大半は噛ませ犬、もしくは衝突の末に主人公を認め友人となっていくのだが。
もう一つの王道が、貴族以上の才能を持つ平民、である。
主人公は平民でありながら類稀なる魔力の持ち主として学院に入学、生来の明るさとひたむきさ、人の好さなどで多くの困難に立ち向かっては乗り越えていく。
その困難の一つが、俺ことマルセル・サンバルカンであった。困難というより、単に悪質なだけだが。
言っておくとマルセルは無能ではない。実兄には及ばないものの学業優秀な頭脳を持っている――ただし主人公への嫌がらせにしか使わなかったけど。
公爵家に相応しい魔力も持っている――他者を攻撃する手段としてしか認識していなかったけど。あと魔力を流す魔力系を鍛えてなかったから、魔法騎士としては平凡だったけど。
性格はねじくれ曲がっていて、性根は腐っていて、思考は独善的で、人望の欠片もない男だが、無能ではないのだ。
サンバルカン公爵家の血筋を正しく受け継ぎ、火の魔法を得意とし、学院でもトップクラスの才能を持っていた。正道を、とは言わなくとも、普通に成長していれば真っ当な人間になっていたはずだ。
そうならなかったのには理由がある。
一つはその血筋。公爵家の血に過剰な自信を抱いていたマルセルは、拗らせたプライドを肥大化させた、まさにテンプレ悪党貴族像を体現していた。今では「悪役貴族」で検索すると、マルセルが一番最初に出るほどだ。
もう一つが十二使徒の存在である。
かつてこの世界には「ゼロの魔物」と呼ばれる存在がいた。膨大な魔力を持つ「ゼロの魔物」は、世界に君臨し、悪逆の限りを尽くしたとされている。魔力の恩恵を求めて縋る人々を蹂躙するだけでなく、気まぐれに世界を破壊して回った。
暴虐の限りを尽くす「ゼロの魔物」、これを討伐したのが魔聖ダリュクスである。
ダリュクスは五人の仲間たちと共に長い旅に出て、二十年に及ぶ過酷な旅路の果てに「ゼロの魔物」を討伐、世界に平和をもたらす。このとき、倒した「ゼロの魔物」から生み出したのが「ダリュクスの十二使徒」だ。
強大な「ゼロの魔物」の力を持った十二使徒は、寿命を終えようとするダリュクスから世界の行く末を頼まれたと伝えられ、この世界を今でも見守り続けているらしい。
魔聖ダリュクスの意志と「ゼロの魔物」の力、双方を受け継いだ神獣、その一体が、
『ふにゃああああ~~~~』
相変わらず空中にプカプカと浮かぶ銀色の猫、アディーンだ。十二番目の使徒アディーンは、公爵家の血の中で眠っていて、当代ではマルセルの中にいる、というのが原作の設定である。
『どないしたんや、マルセル? もう気分はええんか?』
「ん、ああ、まあな」
マルセルとアディーンが会話する場面があるとは、一読者の立場からするとちょっと信じられないものがある。
原作での描写を見る限り、このアディーン、かなり自由な性格をしており、頻度多めで今のように外に出てきていた。特にこれといった迷惑をかけるわけではないのだが、このときの姿は宿主――現在はマルセル――にしか見えないのが問題だった。
宿主にしか見えないこと=十二使徒に選ばれた、と捉えたマルセルは盛大に自己を見誤り、クズ人間への道をひた走る。
アディーンは公爵家の血の中で眠っていただけで、公爵家の部下でもなければ、マルセルを主と定めていたわけでもないのに。
マルセルを通じて主人公アクロスを見続けたアディーンは、悪逆の限りを尽くすマルセルを遂に見限り、主人公アクロスこそが魔聖ダリュクスの後継者として認め、力を貸すことになるのである。
というよりも、それこそがマルセルの役目だった。作中の重要なキーとなる十二使徒アディーンと、主人公アクロスの出会いを演出するために用意された、やられ役。
マルセル・サンバルカンとはすなわち、「アディーンほどの強力な存在までもが認める、アクロスのひたむきさと才能を読者に伝えるためのステップ」に過ぎないのだ。なにそれ泣けてくるんだけど。
「…………」
はて、と首を傾げる。
いやでもこいつ、漫画だともっとこう、カッコよくて重厚なしゃべり方じゃなかったっけ? こんなエセ関西弁を使ってた記憶はないんだが。猫の姿も精悍さはあっても、キューティさとかプリティさとかぐでっと感とは無縁だったような気がする。
原作との差異に戸惑いながら凝視していると、アディーンと目が合った。
『なんや? まだ本調子と違うんか? 体にはいっこも悪いとこないよって、ええ加減、しゃきっとせなあかんで』
黙り込んでいる俺を気遣ってか、アディーンが近付いてくる。
「なあ、アディーン」
『なんで呼び捨てにしとんねん、うん? まあええ、どないした?』
「俺ってマルセル、なんだよな?」
『…………これが末期症状いうやつなんやな』
「うぉい!」
思わず大声を出してしまった俺の肩に、アディーンの猫の手が優しく置かれた。宙に浮かぶ猫の顔には優しげで、それでいてどこか哀れんだような笑顔がある。
『せやから口を酸っぱくして言うたやないか。人を呪わば穴二つ。力にふんぞり返って他人をイジメてると、碌な結果にならへんのやぞ、て。お前のそのボケ症状、権力者の辿る末路っちゅう奴や』
「末路じゃねえやい!?」
『まあ、忠告したゆぅんはウソなんやけどな』
「しかもウソかい!?」
反省すべき点は確かにある。
公爵家に生まれ落ちてより十二年。更には十二使徒の一体を身に宿しているとあって、マルセルはわがまま放題の嫌な奴街道を突っ走ってきた突き進んできた邁進してきた。邁進って表現はちょっとおかしいな。