第五十七話 マルセルは酷い奴だったんです
「ここが村、か」
到着した村は、ちょっとした砦といった感じだった。建物自体は平凡なのだが、村全体をぐるりと柵と壁が囲んでいて、壁の一部は門になっている。門は南北に一つずつあり、物見櫓まで建てられていた。
近くの森に生息する魔物対策でもあり、昔、徒党を組んだ盗賊たちに襲われたことへの反省もあって建てられたもの、だとはピート君からの情報だ。
物見櫓には賊と思しき一人の男が警戒に当たっていて、南北の門にも門番が立っている。
「これは、正面から入るのは無理だな」
原作だと脳筋悪党な感じだったが、こうして見張りの配置を見ると、それなりにコンセゴも有能なんだとわかる。何でこんなときに限って有能さを発揮するかな。
「ほほ、麿が変身魔法を使えるから、騙してみるのはどうでおじゃる?」
「潜り込むってことか」
誰かがさっき捕縛した盗賊に変身し、誰かがピート君に変身する。そうして村内部に入って、頃合いを見計らって陽動を兼ねて暴れまわり、村人たちを救出するのだ。トロイの木馬みたいな作戦だな。
変身魔法は風や火属性の魔法とは系統を異にし、簡易魔法と呼ばれている。要するに日々の生活を便利にしたり面白くしたりする魔法で、直接的な戦闘力には関係がないが、あると便利だし面白いといった類の魔法だ。
魔法騎士にはなれない一般市民でも、何らかの簡易魔法を持っているものは多く、それ故に犯罪に使われることも多々ある。変身魔法もそうだし、俺の持つ窃盗魔法もそうだ。
尚、作中のマルセルだが、アクロスを陥れるために必要な資料を集める目的で窃盗魔法を使う他にも、女の子の下着を盗むのにも使ったことがある。
ぐへへ、と下卑た笑いを満面に浮かべながら「我が窃盗魔法を味わいたくなければ、大人しくそれを渡すがいい」と女の子に凄むマルセルは、まさに最低の悪役と呼ぶにふさわしい風格があった。
魔法スキルを持っていないシルフィードも簡易魔法は持っていて、こっちは細菌操作魔法だ。格好よく聞こえるが、実際のところは美味い発酵食品を作ることぐらいにしか使い道がない。
まあ、シルフィードの奴が理法習得後に十分に成長したならば、病原体となる細菌を自由に操ることもできるだろうが、そこまで生きていられる保証がないのが悲しき現状であった。
「おい、マルセル、潜り込むのもいいけどよ、人質がどこにいるかを把握しないと全部だめになるだろうが。まずは人質を探すべきじゃないのか」
主人公が言葉を突き刺さしてくる。こいつは、俺たちが潜入のことしか頭にないとでも思っているのだろうか。思っているんだろうな。
貴族にとって平民の命は軽い。かつての俺や悪役三人組なら、平民の命や安全など、自分の手柄のためにはまさしく塵芥のように扱っただろう。これまでの所業を考えると仕方ないとはいえ、このまま低く見られたままにしておくつもりもない。
「そういうセリフは探す手段を持ってから言えよ」
「なっ!」
思わず毒が口を突いて出てきてしまった。主人公は絶句して、敵意に満ちた目を向けてきた。中身大学生の俺と、十代前半の主人公とでは考え方や意識に隔たりがある。大人が子供の意見にイラつく、というやつだろうか。
脱悪役に向けて減点されるかもしれないが、精神や感情を完全にコントロールするのは難しいな。
「クライブ君、頼む」
「ほっほ、引き受けましたぞ。我が声 届くところ 遍く掬い上げよ 《風の探査人》」
解き放たれた《力ある言葉》。クライブを中心に風が薄く渦巻き一気に広がっていく。今の主人公やビヴァリーたちにはわからないだろうが、クライブの感知魔法は村全体をカバーしていた。
繰り返すが、悪役三人組は魔法の使い手としてはいずれも非常に優秀なのだ。上位貴族としてのアドバンテージなのか、特にストーリー序盤では非常に強力で優秀な魔法を使う。
その強力な魔法を、イジメにしか使わないのだから救いようがない、というだけのことだ。
「……ふむふむ、わかりましたぞ。多く人が集まっているところは、こことここ、あとはこの建物。大きさからして倉庫と村長の家であろうかな」
探査で把握したことを、質の良い紙とペンを用いて素早く図示するクライブ。北門の近くにある倉庫には数人しかおらず、これは見回りだろうとのことだ。
俺たちの目に映る南門近くの倉庫は、詰めている人数が最も多い。こちらは人質となっている村人と見張りたちだろう。村中央の建物には少数、恐らくは村長やコンセゴたちがいるものと思われた。
「さすがだな、クライブ君。これだけわかっていれば、人死にを出さずに済みそうだ」
『『『え?』』』
皆が、心底から意外そうな顔をした。甚だしく心外である。
「賊共も殺さないつもりか、マルセル、様?」
「そう言えば、マルセル様はさっきの盗賊たちも殺さずにいましたね」
「クズセル様らしくありませんね。敵対者は容赦なく殺すとか、以前に仰っていませんでしたか? 人質にしても、作戦中に半分くらいは死んでも構わないと判断するものと考えていたのですが」
マルセル酷い奴だな! でも知ってたよ。マルセルはそういう奴だって。つかラウラさん、合流からこっち一貫して無口無言を貫いていますけど、せめて一言でも喋ってくれよ。
「俺だっていつまでも昔のままじゃないってことだ。悪党とはいえ人の子。殺すよりも生きたまま罪を償わせるのが人の道だろう。間違ったことを言ってるか?」
(口にしとる奴が間違うとるんとちゃうか?)
(いきなり頭の中に話しかけてこないでいただきたい!)
アディーン様以外からは反論がなかったので、作戦の手順を説明していく。
最初に入るのは俺、クライブ、ニコルの三人だ。先程倒した二人の賊とピート君に化けて内側に入り込む。悪役三人組で動くつもりだったのだが、前のめりなニコルに押し切られてしまった。
平民出身のニコルは、主人公同様に人々を助けたいという気持ちがより強いらしい。
今回、俺が実習に割り込んだ目的はニコルを守ることだ。本末転倒も甚だしいが、主人公とライバルから引き離さすことができたのはいいことかもしれない。
原作ではあの二人の反目が理由でニコルは命を落としてしまう。しかも二人はなにかと張り合うので、手柄を求めて暴走する危険だってある。
うん、俺たちと同行するほうがいいと思う。ラウラはラウラで、主人公の傍から離れるつもりはないようだしな。俺とクライブがいるなら、守るのも難しくはないか。
頃合いを見計らって、クライブの風の魔法で情報を伝達、シルフィード、主人公、ライバル、ヒロインが倉庫の救出に向かう。俺たちは村長宅ともう一つの倉庫担当だ。よし、行くぞ!
「お、なんだ、そのガキが逃げ出したバカか? なんだよ、もう捕まえてきたのかよ。てっきり、じっくりと追い詰めていたぶってくるもんだと思ってたぜ」
変身した俺とクライブに、門番の男が話しかけてきた。クライブの変身魔法に隙はないが、結構なドキドキものだ。
「このガキ、余計な手間を増やしやがって」
もう一人の門番が、ピート君に姿を変えたニコルを小突く。ニコルの目付きが鋭くなる、より一瞬早く、俺がニコルの頭を乱暴に撫でた。傍目には、髪を掴んで頭を振ったように見えるだろう。
「け、後でボッシュのところに連れて行ってやるから覚悟しておけよ」
ボッシュ? 知らない名前だ。知らないキャラが出てきてよくわからない展開になられたらかなわない。
「また逃げる前に閉じ込めておきたいんだが、いいか?」
「あん? いらん仕事をさせられたんだろ? それでいいのか? ボッシュが前から、そのガキに執心していたじゃねえか。奴は少年じゃねえと興奮できねえって奴だからな。ボッシュにくれてやったほうが、このガキにはキツイ仕置きになるんじゃねえか」
ボッシュって最低の奴なんだな! 原作未登場のくせに強烈なインパクトを出してくるなよ! 俺が言うのもなんだけど!
(…………マルセル様、本当にこいつらの命も奪わないのですね……?)
いかん。小声でつぶやくニコルの目付きが相当にヤバいものになっている。