第五十三話 高級馬車の車内にて
主人公たちの実習内容は、村への物資を届ける、だ。
最初は郵便物を送るだけのものだったのだが、初めての実習で浮かれた主人公が他の荷物も引き受けてしまったことで、物資を届けるという内容に変わったのである。
依頼を取り扱うおっさんも、主人公の勢いに押されて、郵便以外の荷物を扱うことを認めるのだから、いい加減だなと思う。現役魔法騎士が教員として同行することも、安心材料にはなっているんだろうけど。
実習先への移動には、マーチ侯爵家が所有する大型の高級馬車が使われた。
なんでも華美な装飾と魔石採用による防御力向上と車体の軽量化に大型化、更に乗り心地の向上を同時に達成した新製品だとかで、長距離の移動に耐えられるかの実験を兼ねて提供してきた、とはシルフィードの言葉だ。
他の実習でも、裕福な貴族の中には馬車や馬で移動している例があるので、シルフィードだけを責めることはできない。だが冒険者らしいかどうかと問われれば、はっきり、否定できる。
「ところでマルセル殿、彼女は君の差し金かい?」
途中、シルフィードが視線を向けずに聞いてきた。ではどこに向いているのかというと、車内で圧倒的な存在感を持つ透明なケースにだ。
ファンの間では普通にブキヤケースと呼ばれていた品で、中には『銀の』セルベリアが収められている。人形を守るため、物理・魔法、酸にもアルカリにも熱にも強いという代物だ。
そんなものを車内に置くな。他の連中、特に女性陣がドン引いているじゃないか。本人は作り上げた造形美にうっとりするばかりで、イケメンじゃなくオタメンを自称するべきだろう。
話を戻そう。彼女とはラウラのことだ。悪役三人組はラウラと面識がある。
「いや……」
違う、とは言いにくい。言わないほうがいい気がして、ぼそぼそと囁き合う。
ラウラの毒針めいた視線が一瞬、俺を貫いた。余計な発言はしないように。友人たちにも言い含めておくように。そう要求しているように感じた。
うーん、シャールズベリとしての意識が前に出すぎているような気がするな。使用人としての立場を忘れて……いないにしても、比重としてはかなり軽く設定されているように思う。光の魔力の持ち主の調査はそれほど重要ということか。
俺の知らない動き。でも公爵家にはそれとなく話を通しているはずだ。「マルセル様が光の魔力の持ち主に報復を考えて暴走しないよう見張る」あたりだろうか。
光の魔力を持つ主人公を監視するために、シャールズベリが動くことは当然ではある。学生であり優秀なラウラが選ばれることも「当然」の範囲内だろう。
当然でなかったのは俺の行動だ。他班の実習に、強引に権力を使って割り込んでくるなど、早々、予想できるわけがない。
ラウラが一瞬だけ見せた微かなイラつきの原因はこれだろう。任務として潜り込んだのに、まさか雇用関係にある顔見知りと合流しようとは。
ラウラもラウラで、俺や公爵家との関係を話すはずもない。悪役三人組と知人であることや、公爵家と雇用関係にあることがばらされでもしたら、間違いなく主人公はラウラを信用しなくなる。
「……俺じゃなくて親父殿の命令だろう。俺とアクロス君の関係を知っていたから、探るつもりだと思う」
嘘だ。あの親父殿がそこまでするはずがない。原作でも光の魔法に興味を持つことはあっても、それ以上に権力に執着していた。主人公の調査など絶対にしない。だがそういう事にしておく。
完全に俺の思惑の外側だ、とでも言おうものならシルフィードとクライブはラウラに疑惑の視線を向ける。それはラウラの任務遂行の障害になり得る。
俺の言動が原因になったのなら、ラウラからの俺の評価はどうなるか。想像するだに恐ろしい。
公爵家の指示で動いていることにして、二人には邪魔をしないように言い含めておこう。それが俺の未来とか保身のために、必要なことだと判断する。
「ふむ、なるほど」
頷きつつもケースを念入りに磨いているシルフィードは置いといて、車内に目を配る。
移動中の馬車内でもっともテンションが高いのはニコルだ。平民で獣人の彼女は馬車を利用することも初めてとのこと。移動中に出てくるおやつも含めて、笑顔が絶えることがない。
シルフィードが用意したおやつに頬をほころばせたところ、俺の隣に座るクライブが般若のような形相をしていたけど。
そしてニコルと目が合いそうになった瞬間に笑顔になって、ガチガチに緊張しながらオルデガン家特製のおやつを進呈して、ニコルが喜んだらクライブの顔も体もヘニャヘニャに溶けていたけど。
初めての実習でこの緊張感のなさはどうなのよ、と思わなくもないが、はしゃぎすぎたり、窓から外を睨み続けていたりよりかはマシだ。前者は主人公で、後者はライバルのことである。
ここで少し、ライバルについて説明しておく。
エクス・ベルダー。ベルダー男爵家の人間であるが、本来はビスターリオ公爵家の跡取りだ。主人公の光の魔力と並び立つ希少な闇属性魔力の持ち主であり、現時点ではまだ闇の魔力には覚醒しておらず、ビスターリオ家の持つ風に高い適性を持っているだけだ。
ビスターリオ家は加護血統の血筋で、風の精霊の祝福を受ける名家だったが、エクスの父オックスが反逆罪に問われて死罪となり、没落した。
息子であるエクスも本来なら処刑か、良くても一生幽閉になるはずが、叔父レインの嘆願と工作もあって、遠縁にあたるベルダー家に引き取られる形になったのだ。
このレインという男は現在、四つの魔法騎士団を束ねる総督を務め、同時にビスターリオ代公の地位にある。代公とはその名の通り、公爵の代理、を意味する。
歴史あるビスターリオ家を取り潰しにするのは外聞が悪いため、レインが後を継ぐ流れになっていた。そうならなかったのは、レイン自身が公爵位を固辞したからだ。
――――自分は弟であり、正式に公爵位を継ぐ人間ではない。オックスは罪を死でもって贖った。親の罪が子に及ぶなどバカらしい限りで、エクスこそが唯一の公爵家後継ぎだ。エクスが正式に戻るまでの間なら、代理を務める――――
とレインは主張した。魔法騎士として多くの功績を上げ、四人しかいない魔法騎士団長を務め、今では魔法騎士団総督の地位にある英雄の言葉は、こうして受け入れられたのである。
エクスは評判を落とした公爵家を復活させることを悲願として、その機会を与えてくれた叔父レインに深く感謝し、また総督という唯一無二の地位にまで上り詰めた事実に対し、強く憧れてもいた。
真実は違った。才能で劣る兄オックスから疑いを向けられることなく公爵位を奪うための工作であり、最終的にはエクスを殺す算段まで付けられていたのだ。
このことを知ったエクスは強烈な怒りと喪失を覚え、闇の魔力に覚醒するのである。
魔法において天才的な才能を有し、主人公のチームメイトにして、様々な場面で時に協力、時に反目しつつも、互いに互いを認め合い、高め合う仲となる。
物語当初は貴族としての家柄を大事にして、碌に魔法の使えない平民の主人公を見下していたが、この実習で初めての挫折を味わう。
コンセゴとの戦いに敗れたエクスは、貴族としてのプライドから慰めに来た周囲を口汚く罵り、班内で孤立してしまう。
そうして苦しんでいるエクスに話しかけ、心を救ったのがニコルだった。ニコルの支えを得て、人間的に成長したエクスは仲間と和解、コンセゴたちの討伐に参加する。
天才の名に相応しく活躍を見せるエクスと、そのエクスに対抗心を燃やして躍起になる主人公。見事な戦果を挙げた二人はしかし、コンセゴの不意を突いた攻撃に対応しきれず、ニコルを失ってしまう。
このときの衝撃は後々まで二人の心に残り、次第に両者の、光と闇の深刻な対立へと発展していく。
主人公が敵に対して情けをかけるような発言をする度に、「お前のその甘ったれた考えがニコルを殺したんだ」とぶつかることが増え、また悪役三人組の策謀により、ベルダー家が没落するといった事態も重なり、遂に二人は決定的な破局を迎えることになるのだ。
けれど、そんなクールな天才君も、今は初めての実習に緊張を隠しきれない新人に過ぎない。だからこそ、最初の危機にも対処が遅れるのだ。
「す、すまない、ちょっと用足しに出てもいいか?」
豪華な馬車に揺られること既に数時間、おずおずといった感じで発言をしたのは主人公である。本当に我慢の限界なのか、額に汗が浮かび、貧乏ゆすりが見られていた。ビヴァリーが呆れた声を出す。
「アクロス……もう少しで目的地です。我慢できないのですか?」
「無理無理無理! 決壊する」
「ち、バカな平民め」
ライバルの舌打ちの音は大きく、主人公もエクスを睨んだ。




