第五十二話 権力で無理を通す……うん、実に悪役らしい
そう、主要キャラ。第一話において気を失った主人公を抱き上げ、「楽しみだな」と呟いた人物である。
『『『…………』』』
対する生徒たちは誰も声を出さない。生徒三~五人に教師一人という枠組みのはずの実習が、この実習に限って、もう一組が参加していることへの疑問のせいだと思われた。声を出す唯一の例外は、
「ああ! ニコル嬢、またお会いできて歓喜の至りでおじゃる! 今日もまるで天使のように素敵な笑顔でおじゃるよ!」
すっかり舞い上がっているクライブだけだ。暑苦しいばかりの好意を向けられているニコルはというと、すっかりドン引いている。クライブが一ミリ近付くと、ニコルは十センチは離れていく。恋の成就は難しそうだ。
そして俺はというと、
「っっっっ!?」
予想外の展開に顎が外れそうになって、目が零れ落ちそうになった。
なんでどうしてなんで!? 主人公の班員は四人のはずだろ! なんだって五人目がいるんだよ!? しかもその五人目が、ラウラってどういうこと!?
いつの間にか姿を消したと思っていたら、主人公と一緒にいるなんて。俺たちの班をかなり強引に捻じ込んだだけでも気が重いのに、暗殺者も同行する流れになるとは。
そのラウラは、一瞬だけこちらと視線を合わせると、嫌悪も露わに逸らす。知らぬ存ぜぬを貫き通し、且つ、悪役貴族のマルセルを毛嫌いしているという役目も担うつもりのようだ。
若干のイラつきが感じられるのはどういうわけだろうか。せめて無関心に留めておいてほしかった。
それにしてもさすがは王国の特務機関。ラウラは確かに学院に籍を置いてはいたが、どこの班に所属していたかの描写はなかった。
特別に来てもらった、という形で主人公たちに合流する場面はあっても、こんな序盤ではなかった。この時点で主人公たちと一緒にいるということは、光の魔力を持つ主人公の調査目的に、シャールズベリが工作したということだろうか。
「あの、エイナール先生」
手を挙げたのは、主人公。顔には疑問と警戒の色が渦巻いている。
最大級の疑問と警戒の右隣には、原作における最大の人気キャラ、闇の魔力の持ち主たるライバルが、嫌悪も露わに舌打ちをした。
主人公の左隣、拵えのいい長剣をもつビヴァリーがこちらを睨み付けている。ラウラは明らかな不快さを眉根に表し、こちらと目線が合わないように横を向いていた。
その四人に隠れるようにして、ニコルが小さく会釈をしてくれた。
ニコルの会釈だけで俺の気持ちは随分と軽くなったもんだ。他の四人、もう少し感情を隠す努力をしようか。原因である俺が言うのもなんだけど。
「この実習は一つの班でするんだよな? なんで他の班がいるんだ?」
よりにもよってこいつが、と表情が物語っていた。そう、俺はこの実習、主人公たちと同行することにしたのである。
原作通りの展開にさせないため、ニコルを守るため、強引に要求したのだ。
おかげで一つの実習に二つの班、という無理難題を捻じ込むことに成功したのだが、
「あー、ちょっとした事情があってな、この実習は一つの班じゃ危険だっつーことで、特別に二つの班が参加することになったんだ」
主要キャラは頭をボリボリ掻きながら、いかにも面倒くさそうに説明する。いや、面倒というよりも、心底から嫌なんだろう。
嫌がっているのは向こうの班も同じで、「やっぱり」とか「最低だな」とかの囁き声の罵倒が俺の耳にまで届く。
無理を通した代償として、学院からの俺の評判はがた落ちになった。元から低い評判が更に。地に落ちた、どころか地の底に潜ったレベル。
実習カリキュラムに強引に介入するにあたり、俺には公爵家の地位や権力を振り回すしかなかったからだ。
噂というものは、特に悪評が広まるのは早い。俺の行動は瞬く間に学院全体に伝わり、廊下で、教室で、俺に対する悪口が花開いていた。それはもう、満開である。しかも一向に散華する様子がない。
「えーと、そういうわけで、今回の実習に参加することになったマルセル・サンバルカンだ。それとアクロス君、先日は俺が悪かった。この通り反省しているから、どうか許してほしい」
「はあ?」
頭を下げるが、返ってきたのはあからさまな警戒だけだった。さもありなん、といったところか。頭を下げるだけ、では微塵も釣り合わない。
マルセルがしたことは「宝物を盗ませ、その罪を着せようとした。場合によっては死亡も織り込み済み」という悪質なものだ。謝罪の一つ程度で片付けていい問題ではない。
だが別の考えを持っている人間も、この場にはいた。
「マルセル氏の謝罪とは、珍しいものを見せてもらったでおじゃるが、しかし」
「ぶひ、マルセル殿、この状況だと仕返しのためにやってきたと思われるんじゃないかね?」
「うぐ」
ちなみに、俺のチームメイトはクライブとシルフィードの二人だ。担当教官もいるのだが、「エイナールがいるなら大丈夫だろう」と溜まっている仕事の片付けに向かった。
俺と一緒にいるのがよほど嫌なんだとわかる。主要キャラの顔付きからも、同様に思っていることは明らかだ。
「思うところはあるだろうが、今は実習に集中しろ。ギルドから回ってきた依頼書で大まかな事情はわかっているだろうが、もう少し詳しく説明するぞ。ちゃんと聞いとけよ」
主要キャラの声音にも態度にも不満が透けて見える。主要キャラは天才と呼ばれる魔法騎士で、最年少での銀星章叙勲者だ。
主人公の担当教官ということで次々と厄介事に巻き込まれることになり、以後も凄いペースで叙勲を受けていく。
原作でも主人公、ライバルと並ぶ人気キャラで、見せ場も多い。そんな人気キャラにも嫌われる俺。零れ落ちそうになる涙をこらえるため、俺はグッと上を向くしかできなかった。
「学院に圧力をかけてまで、なにを考えておられるのですか、クズセル様。そこまで堕ちていたとは夢にも思いませんでした。少しは見直したのですけど、どうやら早計だったようですね」
説明が終わり、さあ出発だ、というタイミングでビヴァリーに毒づかれる。ほんともう、泣きたいんですけど。
やっぱり隠れてサポートとかに専念したほうが良かったのかな。それだと実習の単位が取れなくなるし、俺が単位を落とすだけならまだしも、班のみんなに迷惑をかけるのも嫌だしな。
班の皆といってもシルフィードとクライブだから、家の力でどうとでもできるんだろうけど。原作のマルセルが最上位貴族の権力で単位をなんとかしていたように。
どうしてこうなるかなあ。俺は生まれ変わったのに。破滅エンドを回避するために努力すると誓ったのに。気付けば原作さながらの、家の権力にものを言わせてワガママを貫き通す嫌な奴、になってしまっているなんて。
これ、俺のしてることって、本当に破滅フラグを回避できるんだよな? 色々やって結末は変わりませんでしたってことになったら、たまったものじゃないんだが。
「ぶひひ、そんなに落ち込んでいると、いざというときに動きが鈍るぞ、マルセル殿」
「ほっほっほ、生まれ変わるといった君がこれほど強引に介入したということは、なにかしらの、それも彼らだけでは不安が残るほどの事態を懸念してのことでおじゃろう? 気を張りたまえよ、マルセル氏」
「二人とも……」
俺の強引な行動を受け入れてくれた二人には、詳細は説明していない。未来に起こる出来事を説明する方法がないからだが、にもかかわらず、彼らは俺の勝手な行動を受け入れてくれた。持つべきものは友達だ。危うく、感激の涙で前が見えなくなりそうまである。
そう言えばシルフィードもクライブも、マルセルの死を悼む発言や、マルセルを死に追いやった主人公たちに激昂する場面があったな。
『なんや、自分を認めてくれとるもんもキチンとおるやないか』
「ですね……アクロスたちには、これからの俺自身の行動でわかってもらいますよ」
原作にない行動がどんな結果になるか。甚だ不安ではあるが、このままだと原作通りの結末を迎えるしかないんだ。嫌われても軽蔑されても、イメージが最悪で謝罪が受け入れてもらえなくても、やるしかない!