第五十一話 運命力に逆らいたい
実家の力を頼るといっても、親父殿や兄に詳しい事情を知られるのはよろしくない。
平民を助けるための行動と知られれば協力が得られるはずがなく、金の匂いがしそうだ、などと首を突っ込まれてきたら、それこそどんな展開が待っていることか。
なので、頼みたいことがあるので連絡を取りたい、とだけ伝えることにした。
実家からは、まだあんなチンピラを使っているのか、と呆れられたが、それでも引き受けてくれたことには感謝の一つでもしようじゃないか。
「連絡が取れない? どういうことなのアリアちゃん?」
結果が伴っていなかったことにはがっかりだったけど。なんというか、現実がずっしりと肩やら腰やらにのしかかってくる。体がくの字に曲がりそうだ
アリアからの報告を受けて、カリーヌが示した反応は首を傾げる程度なのに、俺はというと左右のこめかみを押さえていた。
今いる場所は、王都にある潰れた商店の倉庫だ。実家からの報告書を受け取ったアリアが、学園や学生寮でする話ではない、と指定してきたのである。
何というか、サスペンスドラマだと殺人被害者になりそうな場所だ。ぶるる、冗談じゃない。
薄暗く、僅かに入り込んでくる陽光が誇りを照らす室内で、十二歳の身は激しい頭痛とか胃痛に耐えていた。アリアの奴も、王都に来て間もないのによくこんな場所を見つけたな。
「言葉の通りです、カリーヌ先輩。若様、コンセゴは既に地下に潜ったようです。時間をかければ見つけることも可能かと思いますが、続けますか?」
「時間がかかったら意味ないんだよ。他になんか情報はなかったか?」
「コンセゴは見つかりませんでしたが、コンセゴの部下の一人は確保できとのことで、あたしが対応しました。締め上げていえ礼儀を尽くして説得したところ、どうやら若様に恥をかかせた相手に報復を行うつもりとのことです」
俺への忠誠心があるというアディーン様の指摘通りである。
ところで今、なんて言った、この人? 綺麗な身の上だったはずなのに、もしかして実家の裏にかかわりつつあるんじゃないだろうな。ラウラ以外に物騒なメイドいうのはいらないですよ?
「しかし、そうなると相手の範囲が広すぎます」
「どういうことかな?」
「若様に恥をかかせた人間は数多いますから。若様の目の届かないところで、若様をこき下ろしていえ悪く言っている人間は数え切れません。目標を割り出すには、最低でも王国中の人間を精査する必要があります」
「そこまで酷くはないだろ!?」
「若様の悪評は周辺国にまで届いていますが、さすがに国境を越えて調べるのはちょっと」
「俺の評判は国境を越えても、コンセゴは国内でしか動いてないと思うけど!?」
「ああ、なるほど」
「カリーヌも納得しないでくれるかな!?」
「す、すみません」
「謝る必要はありませんよ、カリーヌ先輩。若様自身の身から出た錆なのですから」
「しくしくしく」
そこまで酷くはない、と信じたい。俺を嫌っている奴が多いことは事実――好いてくれている相手が限りなく少ないという表現は止めておく――だが、今回に限っては目標の把握は簡単だ。
原作を振り返って考えると、コンセゴの狙いはまず間違いなく、主人公と思われる。
俺自身がまったく望んでいないにもかかわらず、原作の流れに沿って展開が進んでいく状況に心がへし折れそうだ。せめて回復しやすい骨折であって欲しいなあ、開放性複雑骨折とかは勘弁してほしいなあ。
「坊ちゃま?」
「若様?」
「ああ、うん、考え事をしたいから、ちょっと一人にしてくれるかな」
不思議がるカリーヌとアリアには倉庫の外に出てもらい、俺は一人、大きく息を吸い、吐き出した。
「……これが、原作の持つ運命力というやつか」
いや、実際にそんなものがあるかどうかはわからないけどね。悪役転生ものって、悪役がどれだけ頑張って、結構な頻度で原作通りに展開に巻き込まれていくものだ。
頭を抱えたくなるが、抱えたところで解決にはならない。というより、抱えているだけだと極めて悪い事態になる。
『どういうこっちゃねん?』
「原作通りだと、捕まったコンセゴたちが、すべてはマルセルに命令されてやったことだ、て自白するんですよ。今回は俺が命令してるわけじゃないですけど、似たようなことを口にする可能性はあります」
原作のマルセルは、「コンセゴたちのことなど知りもしない。薄汚い悪党が公爵家の名前を利用しただけで、俺と公爵家のほうこそが被害者だ」と主張し、事件後に受けた追及も躱しきっている。
コンセゴたちとやり取りをしたことを示す書類の類はすべて焼却処分。
証拠書類の次は連絡係の始末だった。コンセゴとの連絡係も家に頼んで処分して――マルセル自身は「連絡役を黙らせろ」としか言わず、連絡役の男が殺された事実は知らなかった――いる。
コンセゴがマルセルの関与を主張しても、マルセルは知らぬ存ぜぬと突っぱね続け、すべてはコンセゴが勝手な妄想で暴走しただけのことであり、公爵家は利用され巻き込まれた被害者だと強弁した。
乱暴だが権力に裏付けされた証言は大いにマルセルを助け、マルセルは終始、薄笑いを絶やさなかった。
マルセルの表情が変わったのは一度だけ。当然のように無罪放免を勝ち取った直後、ニコルの死を悲しんでいる主人公を見たときだ。
憎々しげに主人公を睨み付け、「コンセゴの役立たずめ。たかが平民女一匹を殺すことしかできなかったのか」と吐き捨てたのだ。
当然のこと、ニコルファンからは壮絶なバッシングを受けることになった。ついでにこのときの言動が元で、切り捨てられた形になったコンセゴは、マルセルを不利にするいくつもの情報を当局に提供することになるのだ。
どっちもどっちな上に、自業自得すぎて言葉もない。
もし原作通りの展開、原作通りの発言が行われたらどうなるか。公爵家の権力量からして逃げ切ることは可能でも、逃げた先に待っているものは修正のしようがないレベルの悪役ルートだろう。
想像して、俺の体は強烈な悪寒に襲われた。シバリングってこんなときにも起こるものなのか。
「ど、どうにかしないと……」
『どうにかて、具体策はあるんかい?』
「陰から守る、はダメだ。俺が実習に落ちることになる。人に頼んでも、同行する教師にバレるだろうし」
主人公に限らず、実習を行う生徒たちには教員が一人、着くことになっている。光の魔力を持つ主人公の班には、銀星章の叙勲を受けた現役魔法騎士――主要キャラが着くことになるはずだ。
原作に登場する数多くのキャラクターのうち、銀星章を持っているとはっきり描写されている人物は少ない。いずれもが手練れの、原作終盤でも活躍するような連中ばかりだ。
王国も学院も、光の魔力の持ち主である主人公のことを、いかに重要視しているかがわかる人選である。
けれど、この腕利き魔法騎士も、原作だと主人公たちと引き離されてしまい、危機に陥った主人公を庇ってニコルが死んでしまう。
影からコソコソと動いている場合、こっちにその気がなくとも、運命力とやらが作用して俺自身が教師を引き離す役目を負うことになるかも知れない。
さすがに考え過ぎかとも思うけど、否定できるだけの根拠を持っていないのがもどかしい。
「……よ、よし、これで行こう」
俺の選んだ作戦、それは――――
「よーし、それじゃあ、実習に行くぞお」
どことなく覇気に欠ける声は、銀星章叙勲騎士にして今回の実習担当教官でもある主要キャラのものだ。