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第五十話 連絡を取りたいのです

「カッカカカカカリーヌーーーーー! ァァァアアリアーーーー!」


 俺は全速力で学生寮の自室に戻るなり、玄関ホールで大声を張り上げた。


 公爵邸じゃないのかって? あんな縁起の悪い場所からは、さっさとおさらばさせてもらいましたとも!


 場所柄、寮に詰める職員や、周囲にいる他の学生からは、思いっきり怪訝な目付きと共に敬遠されてしまったが。


 これでまた俺の評判が下がるんだろうな、と思いつつも、今はそんな場合ではない。


「ちょ! やめて下さい坊ちゃま、そんな大声でっ」

「大声を出されてどうされましたか、若様。新手の羞恥プレイですか? あたしたちの名前を公衆の面前で呼び捨てにして、恥ずかしがるあたしたちを見て楽しもうという下品な魂胆ですか?」


 背後からの声は紛れもなくもなくカリーヌとアリアのものだ。ちょうど外出から戻ってきたらしい。振り返ると、片や顔を真っ赤にしてアワアワしているメイドと、片やこめかみに青筋を浮かべたメイドの姿があった。


 余談だが、猫人族に分類される亜人は、怒りや警戒などの要因で爪が鋭く伸びる。実力によっては、鉄の鎧でも容易く引き裂けるほどの鋭さを持つ。今のアリアの手? あ、これ、死んだわ俺。


「なるほど、コンセゴ、という人物と連絡を取りたいのですね」

「ばい゛……お゛願い゛じま゛ず……」


 ギャグマンガさながら、冷たい石床の上に正座し、元の三倍にも腫らした顔でアリアにお願いする。


「あの、アリアちゃん、これはさすがにやりすぎじゃ……」

「教育の一環です。公爵家令息ともあろう方が公衆の面前でメイドの名を大声で叫ぶなど、家の名を貶める行為ですから」


 基本的なことを確認すると、アリアは公爵家ではなく俺個人に仕える形になっている。主人をシバキ倒すことは、家の名を貶める行為ではないらしい。


 獣人の身体能力は常人を凌ぐ。特に獅子人の身体能力は、獣人の中でもトップクラスに分類される。


 アリアは学業成績の向上も著しいために目立たないが、身体能力の向上幅はニーガンに肉薄するレベルだ。下手に感情を逆なでしようものなら、身体能力に物を言わせただけの拳でも、こっちの魔力防御を抜いてくる。


 今回がまさにそうだった。爪で裂かれなかっただけでもマシだと思うべきか。


 俺が生活する学生寮に、俺専属となったカリーヌが詰めているのは納得がいくとして、どうしてアリアまでが学生寮にいるのか。


 裕福な家、権力を持つ家の生徒が使用人を複数人連れてくることは珍しいことではない。ちょっとした家臣団のようになっている生徒もいる――以前のマルセルがそうだ――くらいだ。


 転生した俺が連れてくると決めたのはカリーヌだけである。俺が呼んだわけでは断じてない。アリア自身が希望したのだ。


 俺が入る学生寮は貴族用の寮だ。差別意識が強いのは当然のことであり、妹のクリスと一緒にグラードに残るほうが安全だと、何度も説明した。


 けれどアリアの意思は固かった。どうもニーガンと色々と話して決めたらしい。


 ニーガンはグラードに残って、クリスと他の獣人たちの面倒を見る。アリアは俺と一緒に王都に来て、獣人たちの現状や、俺の普段の様子を探る、というわけだ。


 妹と離れるのは辛かったろうに、その妹の未来のために、国や貴族、助けた俺の性根を近くで確かめるためについてきたのである。


 見上げた心意気だ。俺があれだけ生まれ変わるアピールを並べたというのに、まだ足りないらしい。


 苦労したのは俺のほうである。


 獣人のアリアをメイドとして連れていく、というのは簡単ではない。親父殿には同行するメイドを増やすとだけ報告した。獣人も庶民も分け隔てなく蔑んでいる親父殿なら、誰を連れていくのかなどに気を回すはずがないので、この点はまだ楽だった。


 後継者である兄のデュアルドがメイドを連れていくと言ったなら、ここまでスムーズには進まなかったろう。家からの関心が低いマルセルの立場に、感謝するとは思わなかった。


 より苦労したのはアリアを貴族寮に入れることだ。貴族自体が獣人への差別感情が強い。貴族寮で働く人間たちも、それなりに裕福な家の出であることが多いことから、獣人への差別意識を持っている。


 寮の管理人からして獣人嫌いの貴族だ。獣人のアリアをメイドとして寮に出入りさせることには、露骨に嫌な顔をしてきた。助かったと思ったのは、この管理人が原作にも出てきたことがあったからだ。


 主人公アクロスがクライブを追いかける過程で、金のやり取りをしていた連中の中にこの管理人がいた。これまでに立場を利用して汚い金のやり取りをしていた男で、このことを耳元で囁くことで、アリアを何とか捻じ込んだのだ。


 どうにも悪役ムーブをしてしまった気が、しないでもない。


 そのアリアは今、俺の目の前で露骨に呆れた様子で溜息を吐き出していた。両手を腰に当て、仮にも雇い主に向けてジト目を向けている。


「連絡を取る手段はなんなのですか、若様」

「それは……」


 実のところ、マルセルには裏社会と連絡を取れるような伝手が乏しい。連絡を取るのはコンセゴの仕事であり、マルセルはコンセゴに指示を出すだけ。


 コンセゴと連絡が取れなくなることはつまり、マルセル側の手段がほぼ尽きることを意味する。


 ここにラウラがいて、マルセルがラウラの正体を知っていて、ラウラも正体がばれていると悟っていると、裏社会の繋がりを利用してコンセゴを探してもらうことも簡単なのだが。


 王国の暗部に通じるシャールズベリの人間であるラウラなら、もしかしたら、と考えたわけである。とは言っても俺は、命の危険があることからラウラの正体を知らないことにしている。


 当然、ラウラも自分が暗殺者だとばれていないと考えているだろう。そもそもラウラはもう、俺の傍にはいないから頼りようもない。


「ないのですね?」

「坊ちゃま……」

「いやいやいや! そうだ、アリアは家で働く前にもニーガンたちと一緒にあちこちで働いてたんだろ? 連絡を取れそうな奴とか心当たりはないか?」

「メイドになにを期待しているのですか?」


 アリアの心底からの呆れが精神を抉る。普通はそうだよな。でもね、「アクロス」に限らず、メイドって戦闘も暗殺も情報収集も割と何でもできる超人だと描写されることが多いんだよ。


 実際、ラウラなんかメイドと暗殺者とヒロインの属性を持ってるし、何となくメイドというものには期待したくなるお年頃なんですよ。


「カリーヌは」

「そんな伝手なんか一つたりとも持っていませんよ」

「だよな」


 アリアもカリーヌも、もちろん俺自身も頼りにならないとなると、俺が採れる手段は非常に限られてくる。ラウラを頼るなんて選択は最初から除外。


「仕方がない、か」


 俺がたどり着いた結論は単純。家の力を借りることだった。


 マルセル・サンバルカンを輩出したこの一点だけでも、サンバルカン公爵家は悪のレッテルがよく似合う。聖女と称されるお姉たまの存在も、マルセルの悪行と悪評を覆しきることは叶わない。


 加えてサンバルカン公爵本人も善人か悪人かを問えば、控えめに言っても悪人だ。悪人と極悪人の境目くらいにいるんじゃないかと思われる。


 獣人差別を解消もせず、権力の座に返り咲くために増税を繰り返して民衆を苦しめる男が善人なはずがない。


 もちろん公爵本人は自分の行いを正当であり正道であるとの大確信を抱いているのだが。


 揺るぎない確信の下、清廉潔白とは程遠い公爵家だ。権力争いをする過程で暴力や情報を扱う人間を雇うこともある。非合法を旨とする裏社会との繋がりなど、まるで貴族の嗜みとでも言わんばかりだ。


 脱悪役を目指しながら、家の裏の部分を積極的に活用する十二歳児。脱悪役はまだ先になりそうだ。


 この感想を抱くのも何度目かな。

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