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第四十八話 クライブ君、ヒロインに恋する

 驚く様子も媚びる様子も見せてこないのは、我が盟友くらいのものだ。ありがたいと思うべき、なんだろうな。


「ぶひひ、本当に変わったんぶひね」

「ほほ、そういうシルフィード氏こそ。以前ならメイドなど酷く怒鳴り飛ばしていたのでは?」

「それはクライブ殿も同じだと思うがね。ぶひひ」

「ほほほ」


 テーブルの上にあったはずの声の位置が少しずつ下がってきて、今では俺と同じ高さにある。つまりは拾うのを手伝ってくれているのだ。


『『『はぁっぁぁああああぁぁっぁああああ!?!?』』』


 当然、周囲からは更に驚きの声が上がった。もう好きに驚いてくれたらいいよ。


「ありがとう、二人とも」

「ぶふぅ、気にしなくていいことだよ、マルセル殿。それよりも、この体勢は僕にはしんどいな。腹の脂肪が内臓を圧迫している感じがぶひぃ」


 圧迫している感じじゃなくて、しっかり圧迫しているだろうに。


「ほっほっほ……そういえば、マルセル氏、君はあのメイドと知り合いでおじゃるのかな? 凝視していたでおじゃるが」

「え?」


 ひょい、と顔を上げると、俺の目の前にあったのは、赤くなって鼻の穴が大きくなっているクライブの顔だ。


 大きくなった鼻の穴からは、フンフンと空気が連続で噴出している。両目も大きく見開かれ、なんというか、期待あたりの感情に突き動かされているのが見てとれる。


 あれぇ? かなり予想外の展開なんですけど。


「どうでおじゃるかな、マルセル氏?」

「知り合い、ではないけど、少し知ってるんだ」

「ぶひ?」「ほう?」


 少女メイドの名はニコル・ロッサ。序盤にのみ登場するキャラながら、主人公に対して大きな影響を与える。


 インパクトの大きさから原作における真のヒロインとまで考えるファンも多くいて、一読者だった頃の俺も好きだったキャラだ。彼女を主役に据えた薄い本も何種類と出ていて、かく言う俺もを購入してしまったこともあったりする。


 貧乏という設定は知ってたけど、こんなところで会えるとは思っていなかったから、つい、彼女をじっと見てしまった。


 この様子ならクライブ君も凝視していたようで、悪役貴族二人の視線が集中したせいでニコルも緊張したんだろうな。


 ちなみにシルフィードは何のことかよくわかっていない様子で、俺、クライブ、ニコルに交互に視線を向けていた。


 俺を含む悪役三人組は貴族の中でも上級の部類に入る。そんな貴族の子息たちがやり取りを続けながらも掃除、というか掃除の手伝いをしていることに周囲の大半は固まっていたが、中には職務熱心な従業員もいるようだった。


「ぉおお待ちください、公子閣下方、掃除はわたくし共で行いますから」


 顔を青くしている他のメイドにそう話しかけられた。


 確かに俺たちは公爵公子閣下や侯爵公子閣下と呼ばれる身分だが、学生生活中にそう呼ばれるのは違和感がある。あくまでも一学生。サンバルカン一年生、とでも呼ばれたほうがしっくりくるんだけど。


(今までが身分の上に胡坐かいてふんぞり返っとったんやから、すぐにやなんて無理に決まっとるやろ)


 ですよねー。俺はため息をついた。原作開始時点から約一ヶ月。俺の評判の悪さときたらそれはもう。ところでこの世界にも胡坐ってあるのか?


(知らんわい。自分の記憶の中にあった言葉や)


 さよですか。


 メイドたちになにを言われても、一度始めてしまった片付けを途中で投げ出すのは気持ちのいいものではない。というわけで片付けについては、ニコルたちメイドと俺たちの共同片付け作業になっていた。


 確かなのは、参加する人手の割には随分と手際が悪い。ニコルたちは俺たちに遠慮――というより非常に怖がって―――して、俺たちには片付けの経験がなかったからだ。


 唯一、転生前の記憶を持っているだけがテキパキと動く。ふとニコルと目が合う。彼女は俺の動きを見て、手を止めていた。


「どうした?」

「あ、いえ、親切、なんですね。聞いていた話とは大違いで……」

「びっくりした?」

「天地がひっくり返るほど」


 そんなに!?


 正直な女の子である。いくらなんでもそれはオーバーな表現ではなかろうか。そんな俺の感想とは裏腹に、他のメイドたちは元より、遠巻きに見ている生徒たちもニコルの評価に頷きで同意を示していた。


 俺の過去を考えると、驚くのも仕方ない。でも、今はまだ驚かれるだけでも、あるいは胡散臭がられるだけでも、いつかは絶対に、「本当に変わったんだな」と言わせてみせるからな。


 皿を拾いながら俺はシルフィードとクライブに視線を向ける。俺の決意が伝わったかどうかはともかく、二人は首肯を返してくれた。


 少なくとも、信じてくれる友人がいるのは心強い限りだ。もしかすると、面白半分に捉えているだけかもしれないけど。


「これが最後だな」

「あ、ありがとうございます」


 床に落ちていた最後の皿を拾い、ニコルに手渡す。ニコルは礼と共に、硬くはあるが笑顔を向けてくれた。少しは好感度的なものが上がってくれたような気がする。


 引き換え、笑顔に他意が込められていそうなのは、俺のすぐ隣に立つ人物だ。


「マルセル氏」

「うん?」

「知っているだけ、でおじゃるか?」

「そうだよ」

「マルセル氏の家で雇い入れたり買い取ったりというようなことは?」

「あり得ないことだ」

「ふむぅっ!」


 クライブの鼻息は一際荒かった。興奮のあまり顔は紅潮し、上腕二頭筋や胸鎖乳突筋がピクピクと震えている。


 ぅえー、こんな展開、原作にはなかったんだけど。


 悪役三人組は全員が全員、強烈な特権意識を持っている。平民や獣人を酷い暴力を振るう描写はあっても、誰かに恋するような描写、一欠けらもなかった。


 嫌われ者にそんな描写は不要なのは確かとして、まさかニコルに恋するなんて。


 作中でもトップ級の不人気キャラであるクライブと、悲劇のヒロインとして高い人気を誇るニコル。何となく、決して諦めているとかそんなわけではなく、そう、本当に何となく、成就しないような気がする。


 ひたすら叩かれまくるだけの悪党の宿命から逃れる要素になるかもしれないので、クライブの恋は応援したいところではある。


 だが俺としてもニコルはかなり好きなキャラだ。正直、現時点でも破滅を避け得る確証もない悪役三人組とは、お近付きになって欲しくはない。


(いや、この出会いを機に、クライブが真っ当な道を歩み続けるかもしれないし、そう考えるとあるいはありかもしれないな。でもな、悪役三人組おれたちと関わってしまったら、彼女が幸せになれるとは思えないんだよな)


 原作の範囲でのことしか知らないが、マルセルたちに協力していた連中や近しかった人たちは、軒並み不幸な目に遭っていたような気がする。


 協力者については自業自得でも、近しいというだけで石を投げられたり追放されたりといった迫害の憂き目に遭うのは、ちょっと酷いと思う。


 思うけど、今はまだ覆すだけの根拠もないので、悪役三人組おれたちとニコルの距離は適切レベル以上に取っておくほうがいいと思うのだ。


 情熱に突き動かされるまま、クライブは食堂のど真ん中であるにもかかわらず、大きく両手を広げ、さながらオペラ歌手のように声を張り上げた。


「おお! ニコル嬢よ! 君のことを考えると心臓の鼓動が早くなるでおじゃる。心臓を鍛える筋トレがないのがもどかしい! 君の顔を思い出すと胸が締め付けられそうでおじゃる。麿の分厚い胸襟も張り裂けそうなほどに! おお、この気持ちは一体なんでおじゃるか!」


 恋だよ、クライブ君。


「ぶひぃ……クライブ殿の様子が少しおかしいのだけど」


 少しじゃなくてかなりだよ、シルフィード君。君にはまだ早いようだけど。


 食事を再開する気分にもなれなかった俺たちは、周囲の怪訝や懐疑などの視線を受け止めながら、食堂を出て行ったのだった。

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