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第三話 マルセル・サンバルカンだった…………

 俺が再び目を覚ましたのは、翌朝のこと。大騒ぎをする周囲には「まだ体調が思わしくないから」と言って一人にさせてもらう。


「ええい、情けない奴め! お前には心底がっかりだ! 平民などに無様に負けた挙句、家に逃げ帰って、部屋にこもりきりになるなど、公爵家の一員として恥を知れ!」


 一人にして、との要求ごとドアを蹴破って入ってきたこの人物、マルセルの父にして現サンバルカン公爵が早口でまくし立てる。


「だが安心しろ、お前は偉大なる十二使徒様をその身に宿すという尊い使命を背負う身。万が一もあってはならん! 我がサンバルカン公爵家があらゆる方法を使って、王国最高の魔法医をお前のために呼んでいる!」

「…………」


 親父殿よ、口ぶりからすると、俺よりも十二使徒のほうを心配しているようだけど。俺に対しては罵倒しか投げてきてないよね。


「おい、医者はまだか!?」

「旦那様、坊ちゃまはまだお目覚めになられたばかりですし、混乱されているのではないかと」

「メイドふぜいが出すぎた口を利くな!」

「も、申し訳ありません」


 叱られたメイドは、ビクリと首を竦める。あんなかわいい子が怒られるのを見るのは心が痛……


「はぁっ!?」


 顎が外れた。そうだ、確かに、彼女は公爵家うちのメイドだったよ。混乱と恐怖が、マイムマイムでも踊っていそう。


「どうしたマルセル? やはりまだ気分が優れないのか?」

「あ、いえ、ち、父上、彼女を責めないでください」


 と、とりあえず今は、メイドが責められるのを防ぐとしよう。公爵の怒りよりも、彼女の目の奥にある冷気のほうが心臓に悪い。


「っっ!?」


 驚いた顔をしたのは美少女メイド、と周囲の他の使用人たちだ。うん、マルセルからの言葉なのだから驚く他ないよね。


 とりあえず、謝罪をして一人になることに成功する。美少女メイドが困惑と驚きの混じった視線を何度も向けながら出て行ったこと、が印象的だった。


 ここが本当に「アクロス」の世界なら、記憶を掘り起こせば対策になる。


 原作の展開は一本道だ。アクロスが主人公で、マルセルはアクロスにシバキ倒される。エクスにもフッ飛ばされるが、主体となるのはあくまでも主人公アクロスだ。


 そこにゾンビとミンチのコースがくっついてくる。冗談ではない。対策が必要だ。今度こそきちんと生き延びるための、徹底した対策をどうにかして取らなければ。


「逆行ものとか悪役ものの定番は、主人公とか攻略対象とかに近付かないことだ。こっちが近付かなくても破滅むこうから近付いてくるのも鉄板だけど!?」


 どうすればどうすればどぅぅぅぉおおぉおすればああぁぁぁぁああ!


 布団の中、両手で頭を抱え、ようとして指が頭皮の上を盛大に滑った。


 指の間にはごっそりと抜け落ちた髪があった。


「髪いいいいぃぃきぃぃいいっ!?」


 過大なストレスを受けると脱毛が起きる。どこかの病院に入院していた親戚から聞いた話ではあるが、まさか我が身に降りかかってくるとは。


『ブハハハハハハ! なんやそれ!』


 布団の外から、ボーイソプラノの爆笑が聞こえてきた。


 だが原作を読む限り、「彼」とマルセルとが会話をしたなんて描写はなかった。なかった、はず。


 布団を跳ねのけ、視線を上に向ける。目の前に浮かぶ体長二十センチくらいの銀色の猫が、人間顔負けの豊かな表情で腹を抱えて爆笑している。実に締まりのない弛んだ顔には笑顔と共に、どこか冷え冷えとした視線も浮かんでいた。


 宙に浮かぶ銀色の猫は十二使徒の一柱、アディーン。


『無っ様やのぉ、巻き戻った結果がそれかいな』


 笑いながら罵倒してくるが、俺の中にあるマルセルの記憶では、罵倒自体が初めてだ。これまではひたすらに無視されてきた。これまではマルセルが話しかけようとなにをしようと、一欠片の反応も返さなかったのに。


 それがまさか笑われる日がこようと………………なん、だと? ちょっと待て。今、アディーンはなんて言った? 心が読めてる感じなのも重大だが、それよりもなによりも。


『巻き戻った結果がそれかい』


 もう一度、とばかりに呆れの強いアディーンの声が心に刺さる。


「おま、事情を知ってんのかよ!?」

『そら自分の中におるんやから、思考やらなんやらも駄々洩れやがな。せやけどな?』


 ぎらり、と光を放つ猫の爪が俺の目の前に迫る。


『十二使徒様に向かってなんでタメ口きいとんねん』

「す、すみません」


 思わず土下座してしまう迫力だった。毛足の長い絨毯が鼻をくすぐってくしゃみをしてしまいそうだ。


「えー、それで、アディーン様はどこまでわたくしめのことをご存じなんでしょうか?」

『うんうん、えー態度や。わいと話すときは常にへりくだった態度と言葉を貫き通せば、それ以上は余計な気ぃ遣わんでええよってな』


 それ以上どう気遣えというのか、この猫は。


『簡単なことや、その指輪見てみ』

「指輪?」


 アディーンの指摘に視線を右手に落とす。右手の人差し指に母方の祖母から譲り受けた指輪がはめられている。


「てぇっ! これは! あの指輪じゃねえか!」


 原作に一度だけあった時間逆行。まだ完結していない原作の終盤、クライマックスに向けて大いに盛り上がっているシーンだ。


 主人公アクロスが自身の死を含むどうしようもなくない状況に追い込まれところで、時間逆行が起きた。やり直しで失敗を覆すことで絶望的な状況が好転し、ラスボスに立ち向かっていくのだ。


 その時間逆行を起こしたアイテムというのが、俺が今、右人差し指に嵌められている指輪なのである。魔法が存在する世界でも、時間逆行の力を持つ唯一のアイテム。超規格外の魔道具だ。


 公爵家の次男であるマルセルは、家伝の品々を受け継ぐことはできない立場だが、母方の品なら一部を受け取ることはできる。


 この指輪もその一つで、かつて祖母宅に行ったときに一目で気に入り、誕生日にかこつけて、散々ごねて貰ったものだ。


 桜の花を模した指輪は薄紅色の花弁を五つ……おや?


 デザインの変化に気付く。五つのうち四つの花弁は薄紅色だが、一つはくすんだ灰色になっている。覚えている設定によると、指輪の花弁は元々、薄紅色であったが、力を発動させる度に色を失っていくという。


 漫画でアクロスが受け取ったときには、五枚の花弁全部がピンク色だったよな。んで逆行で力を失い、指輪は色を失うどころか砕け散ってしまう。


 主人公アクロスが指輪を手に入れたのは偶然、古物商から報酬として受けてったものだったが、そうか、この指輪はマルセルが死んで古物市場に出回ったのか。


『自分、その指輪やけど、どえらい力を持っとる超級の秘蹟やぞ。起こった現実もなんもかんもなかったことにしてやり直す、魔聖の作ったこの世でたった一つの道具やないか』

「ですよね! 絶対にそうだと思ってましたよ!」


 魔聖というのは伝説に登場する魔聖ダリュクスのことだ。現在の魔法の基礎や土台を作っただけでなく、世界を救ったという伝説まで持っている本物の英雄。


 魔法騎士を目指すものなら誰もが憧れる存在。序盤の主人公アクロスは、魔聖に無邪気に憧れるだけの子供に過ぎなかった。


 いつか魔聖を超える、などと叫ぶだけの、魔聖の偉大さをよく知っている貴族たちからすれば、分際を弁えない侮辱に等しい発言を繰り返すだけだけのバカだった。それがいつしか、魔聖ダリュクスの再来などと評価されていくのだ。


「かなり重要なアイテムなのにこのまま俺が持っていていいのか……?」

『別に構へんやろ。ダリュクスの奴も作るだけ作って、後はうっちゃらかしとったしな』

「なんつー雑な」

『あいつはそういう奴や。ほんで何の話やったかな。そうそう、ワイが知っとる事情やったな。うん、ワイが知っとるんは、自分がどこぞのガキにボテクリ回されて逃げ帰ってきたところまでやったんや。そんだけやったら、どうでもええから放ったらかしにしとくんやけど』


 どこぞのって、主人公アクロスですよ。後、放っておくんですかそうですかええわかっていましたよ。


「しばらくしよったら、なんや懐かしい魔力を感じるやん?』


 懐かしい魔力、というのは間違いなくこの指輪のことだろう。


『そうそう、それや。ついつい懐かしくなってもぉて、指輪に触ったんや。そしたら自分、めっちゃおもろい事になっとるやん。あんまりおもろいから、つい話しかけてもうたわ』

「ついですか!?」


 魔が差したんやな、とアディーン様は頷く。


『花弁がくすんどるから、もしかしたら思たけど、自分ほんまに巻き戻ししとるやないか。まさかダリュクス以外が使えるとは思いもせぇへんかったわ。ほんで自分、なにしとんねん?』

「え、と、事情を説明すれば、助けて下さるのでしょうか?」

『ダアホ。なんでワイが助けたらなあかんねん』


 バッサリでした。

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