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第四十六話 三悪人、集う

 ドドン! 俺、着席(普通の椅子)。もちろん髪の毛はまだない。生える様子もない。


 ムキン! クライブ君、着席(ダンベルの飾りがついた特注椅子)。


 デブン! シルフィード君、着席(体重に耐えられるように特別に補強された椅子)。


 効果音おかしくない? なんだよこの三巨頭揃い踏み、みたいな絵面。暑苦しいんですけど。


 その日の昼休み、俺たち悪役三人組は食堂に集まっていた。別に悪企みが目的なのではなく、休養明けで初めて登校してきた俺を、シルフィードとクライブが労ってくれるというのが主旨である。


 貴族の子弟が数多く通うこの魔法騎士学院の食堂ともなると、昼休みのこの時間、利用する生徒たちの声で大変に賑わっている。


 ……本来なら。


いや、少し違う。


 食堂自体は賑わいに包まれているのだが、俺たちの周りだけがやたらと静かなのだ。ここだけが完全に世間から隔離されているかのように感じる。


 学年問わず、周囲の学生たちは俺たちを無視またはチラチラと伺っていて、非常に居心地が悪い。


 視線の一部は俺の頭部に当たっている。声は聞こえないが、食堂の外にいる生徒たちが俺たちを見て囁き合っているのは、多分、悪口でも言っているのだろう。


 好意的な話題である可能性は、まあゼロに等しいと思う。


「ほれほれ、さっさと持ってくるんだ」


 パンパン、とシルフィードが手を叩く。従業員が列を作って運んできたのは、学生には明らかに不相応な豪華な料理の数々だ。


 大人六人を余裕でもてなすことのできるテーブルには、所狭しと美味そうな料理が並んでいる。


「ぶひひ、復帰おめでとう、マルセル殿。今日は君のために特別なメニューを用意したよ」


 分厚い脂肪を持つシルフィードは、面の皮もまた分厚いようだ。周囲の視線や囁き声など微塵も気にした様子がない。


「ほほほ、マルセル氏がいない間の学院は、さながら葬儀会場のように沈鬱でおじゃったぞ」


 おいこら嘘をつくな。むしろ俺がいないからって喜びを爆発させているはずだ。


 魔法騎士学院は三年制で、平民生徒も全体の半分ほどは存在する。だが魔法の才能を持つものには貴族が多いということもあって、当然のように貴族が幅を利かせている。


 平民で落ちこぼれだった主人公アクロスがのし上がっていくという物語の構造上、特に前半では貴族生徒が特権意識に基づいた言行をばら撒く。


 生徒会長のような役職はもとより、各部活の部長職も貴族が務めている。平民生徒の意見はまず通らない構造になっているのだ。


 学院の慣例も貴族を優遇・擁護するものばかりで、平民は露骨に冷遇されている。差別や特権意識を助長させる仕組みになっていて、これもまた主人公アクロスが打破していくのだ。


 各学年には学年代表という役職が配置されていて、俺ことマルセルは公爵家の家柄から本来なら一年生の代表を務めているはずなのだが、あまりにも人望がないため外されていた。


 他の二人も同様で、現在の一年生代表はどこかの侯爵家令息が務めている。ちなみにサンバルカン公爵家とは対立する、ロウフォード公爵家の派閥だ。


 と言っても、ロウフォードの派閥に入っているだけで、家格だけで比べるなら、公爵家の俺と張り合える奴は数えるほどしかいない。


 シルフィードとクライブは家格でこそ劣るが、財力や立場が地位を補強している。その上で態度は尊大で横暴、他人をデフォルトで見下し、イジメたり蹴落としたり邪魔したりを当然のように行う。


 いなくなって落ち込むような人間がいるはずがない。現に俺が教室に入ったときなんか、露骨に嫌そうな顔をする生徒や舌打ちまでする生徒がいたくらいなんだから。


 ――――おはよう、久し

 ――――ひぃ! ご、ごごごめんなさい!


 生まれ変わったことをアピールしようと挨拶を試みたのに、俺が顔を向けただけで皆が「ひっ」と短い悲鳴を上げて離れていくんだ。中には気を失う生徒までいる始末。


 しかも遠巻きにハゲ呼ばわりする声が聞こえてきて、地味に堪える。


 でもこれが俺の現実であり現状だ。マルセル・サンバルカンが積み上げてきてしまったもの、これから俺が解消していかねばならないものでもある。


 決意を新たにして、とりあえず目の前に並ぶ料理に手を伸ばす。イメージ改善は必要だが、これは俺だけの問題ではなく、悪役三人組全員の問題でもある。


 俺が自分だけの改善にこだわって、他の二人を蔑ろにしてしまえば、どんな反作用が待ち受けていることか、わかったものではない。脱悪人は三人揃ってこそ、だ。


「それにしてもマルセル氏、本当に体はもう大丈夫でおじゃるか?」

「ああ、もう完全に本調子だよ。どうかしたのか?」

「ぶひ、来週には初めての実習が行われるからね。クライブ殿は君を心配しているのだよ」


 初めての実習。魔法騎士学院入学直後に行われる校外学習のことだ。


 ファンタジーものの例に漏れず、「アクロス」の世界にも冒険者ギルドというものが存在する。


 冒険者ギルドは王国政府とも一定の繋がりがあり、ギルドに持ち込まれた依頼のいくつかが学生の訓練のために回されてくるのだ。


 また魔法騎士学院の生徒は、冒険者ギルドに登録していなくても、ギルドに持ち込まれた依頼を受けることができる。


 学生用にと難度の低いものが大半だが、勲章持ちになると高ランクの依頼を受けることができるようになる。


 勲章というのは最高位を聖法星章とし、以下に煌星章、輝星章、白金星章、金星章、銀星章、鋼星章、鉄星章、青銅星章の十種があり、魔法騎士として望まれる、武勇、勇気、高潔、忠誠、犠牲、寛容、救済、信念、礼儀、慈愛、崇高、統率の行動や実績に対して授与されるらしい。


 らしい、というのは原作が少年漫画だからか、その辺の詳しい基準が明確になっていないのだ。


 主人公アクロスは武勇や信念に基づく叙勲はあったが、礼儀については物語後半になっても赤点レベルだったしな。


 そしてこの勲章は学院生であっても授与されることがある。勇気や犠牲についての評価が主で、大半は青銅星章になる。主人公アクロスやそのライバルエクスは、十二歳時点で叙勲を受けていた。


 ちなみに三悪人も勲章を受けている。三悪人に限らず貴族生徒の大半が在学中に叙勲することになっていて、もちろんのこと、叙勲が貴族の体面や名誉の問題であることは明らかだ。


 主に行われることは教会への寄付行為であり、この寄付をもって慈愛や救済として評価されるのである。


 第一部の時点でクライブは崇高を、シルフィードは慈愛を、それぞれ評価されて青銅星章を叙勲。マルセルは高潔と慈愛と救済を評価されて、学生としては異例の鉄星章を叙勲していた。


 その後、反逆者のレッテルを張られて勲章も剥奪されていたけどね。


「ぶふ? 黙り込んでしまって、まだ体調が思わしくないのかな?」

「やはり麿の薬を飲んだほうが良いのでは」

「いやいや、大丈夫だ。俺は大丈夫だから、二人のことを聞かせてくれないか」


 具体的には見舞い後のことだ。時間的には大して経っていないから、劇的に変化したはずもないとはいえ、気にならないわけがない。奴隷とか麻薬に手を出していないのかだけでも確かめる必要がある。


「僕は奴隷の購入はやめたよ。父上からの理解はさっぱり得られなかったがね。まあ、奴隷推進派の家と距離をとれるようになったのだから、良しとすべきなのだろう」


 今後の商売のためにも、とシルフィードは付け加えた。家族との間に溝ができたことを気にした風もない。


 原作でも、実父は正妻の子である弟ばかりを大事にし、シルフィードを軽んじているとあった。シルフィード自身も幼い頃には既に親に期待していない、と書いてあったけか。


「領地については来月の弟の誕生日に貰えそうだ」


 弟の誕生日に、異母兄を追い出すための処置を行うのだから、マーチ侯爵も大概な人物だ。


「麿の薬はいい成果を出せたでおじゃる。問題は薬師ギルドだ」


 数は僅かだが安価な薬の製造を試し、短期間ではあるが市民に売ってみたところ、評判は上々だったという。十分な手応えだ。


 ただ、薬師ギルドを通さずに個人的な知り合いを通じて売ったことで、無視された形になった薬師ギルドがこそこそと嗅ぎまわっているとのことだ。


 何事も、万端うまくいくとは限らない、という見本である。

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