第四十三話 悪役のすることは大して変わらない
目の前に広がる光景に、俺は概ね満足していた。
「ラウラ先輩、これはどうすればいいんですか?」
「それは外の物置に入れておくように」
「カリーヌ先輩、食器はこれでいいですか?」
「やり直しですね。食器の手入れはもっと丁寧に」
グラード地方に置かれている公爵家別邸では、新しく雇った使用人たちが慌ただしく動いている。勝手がわからないため、先輩二人に指導を受けながらだ。
うんうん、カリーヌもすっかり頼られる側になったのだな。ラウラの、家事も暗殺も完璧にこなす能力の高さも、俺に向けられるものでない限りは、多少は安心できる。
「カリーヌ、箒は向こうに片付けるんですよ」
「そうでした!?」
訂正、頼りになるのはラウラだけだ。公爵家に入ってまだ日が浅いカリーヌは、ど新人よりは多少マシ、という程度でしかない。
ラウラがこめかみを抑えているのは頭痛を堪えているからだろうが、気遣うのはやめておこう。ちょっとイライラしているようだから、下手に近付けば怒鳴られるかもしれない。公爵家子息を怒鳴るメイドって何なのよ。
屋敷で新しく雇い入れたのは三人。アリアとクリスとニーガンだ。
他の子供たちは親元に帰ったり、親がおらず屋敷に入るのも嫌がった子たちは、シルフィードのコネで身元と考え方と付き合いの確かな相手に引き取ってもらったりと、全員が引き受け済みである。
「ぶーさま、クライブさま。これであってる?」
「ほっほっほ、クリス殿は覚えが良い。これで四科目平均で八十三点でおじゃる。正直、麿のこの年齢のときより成績は上でおじゃるよ」
「ぶひ、マルセル殿とクライブ殿の名前はちゃんと読んでいるのに、僕だけぶーさま呼ばわりなのがちょっぴり気になるんだけど」
「しる……はながい」
「イケ☆メンと呼んでくれてもいいんだよ?」
「うそはきらい」
「しくしくしく」
「では、そろそろ休憩でもするでおじゃるかな」
シルフィードとクライブはクリスに勉強を教えている。勤務終了後や休憩中には、アリアとニーガンにも勉強や魔法を教えているのを見かけた。
悪役三人組が揃って悪党退治に参加。獣人を雇い入れ、勉強も教えている。少しは破滅フラグから遠ざかることができたのかなと楽観的に考えた……考えたい。
「変た若様、邪魔です!」
「はうっ」
新人が働いている様子を温かく見守っていたら、酷く邪険に扱われた。
箒とちり取りを持ってせわしなく動いているのは新人メイド、獅子人のアリア。
原作では既に死亡していたためにわからなかった事実だが、アリアは非常に優秀だ。回想シーンでも優秀さをうかがわせる描写はあったが、実際はそれ以上である。
学ぶことに貪欲で、吸収力も高い。社会の底辺を這いずり回った経験からか、働けることが嬉しいようで、勤務態度も真面目。
「働き者で勉強も好きとか……すげえいい子じゃん」
『そんないい子を実験材料にして殺すんやから、ほんま最低最悪のゴミクズやな自分』
すべてはマルセルが悪い。本当、異世界転生からこっち、最低――他の悪口も含めて――呼ばわりされる回数がやたらと多いんだけど。
『変態呼ばわりされて殴られるんも当然やな』
「すみません、それはマルセルの責任じゃなく俺のせいです」
俺の右頬は真っ赤に腫れている。
ピコピコ動くクリスのケモ耳を前に、俺の理性とか我慢はあっさりと欲望に押し流された。思わず触ろうとしてしまい、姉のアリアに吹っ飛ばされたのだ。
一応、この世界って身分制度があるんだよね? 公爵家子息ってこんなに簡単に殴られるものなの? マルセルだけが特別なのかな? 被害者になる確率を爆上げするチート能力とかいらないんだけど。
『こりんやっちゃで』
「世界には、絶対に抗えない魅力というものがあるんです」
ケモ耳やケモ尻尾はその最たるものだろう。ましてや、その相手が魅力的な美少女たちとくれば、尚のこと抗うことなどできようはずがない。
ただ、尻尾の場合はお尻にタッチしてしまう可能性もあるのが厄介な点だ。でもいつか絶対にモフって見せるからな。
『脱破滅ルートよりも固い決意ちゃうか?』
「そそそそんなことはありませんじょ!?」
内心の動揺を誤魔化せたという自信はない。
それにしても、とポケットから黒い石を取り出す。ワルサーから回収した魔障石だ。魔法的な力を微塵も感じさせない、一目で抜け殻だとわかる石ころ。この石は脅威じゃなくとも、この石を扱う連中は紛うことなき脅威だ。
「まさかこんな形で接触するとは思わなかった」
『魔瘴石やらなんたらいうてたな。調べは進んどるんか?』
「調べようがないですね。ラウラに頼んだら、シャールズベリがダイレクトに関わってきそうですからね」
国のため、との大義名分があれば、誘拐でも暗殺でもするよう連中には近付いてほしくない。ラウラが傍にいるだけでも血圧が上がるし、脈拍が早くなるんだ。
あ、脈のリズムも乱れてる気がする。致死性不整脈って言葉を聞いたことがあるけど、まさか俺の身に降りかかってこないよね?
『ほんだらどないすんねん?』
「いつも通りですけど、原作知識を掘り返します」
例の組織が魔障石を作ったとの記載はあった。誰がどこでどうやってなどの記載はなかった。他にあったのは、魔障石には魔力と一緒に負の感情が練り込まれてる、という情報だ。
世界や人に対する憎しみや恨みや怒りといった感情が込められ、これらの感情を増幅したり引き出したりする効果もある、とのこと。
原作では「私が作った魔障石~~」と話していた奴がいたはずなんだ。ただ、そいつが出てきた頃には魔障石は物語のフレーバーとしての役割を終えていて、十二使徒を巡る争いが主眼だった。つまり今すぐわかることがあるとすれば、
『争いを引き起こすためのアイテムゆーことだけやな』
「それ以上のことはまだ何とも」
『この石を作った連中は戦争を引き起こすんが目的なんか? つーか、こいつら、なんつー名前やったけか?』
「黄昏の獣たちっていうんです」
『どえらい名前やな』
まったくもってその通りです。
黄昏の獣たちの目的、世界滅亡。そして滅ぼした後の世界を自分たちの都合がいいように作り変え、新世界の神となる。そのために十二使徒を集めるという展開になっている。
『わいらを集めるとか、分際を弁えん奴らやで。ほんで、自分はどないするんや」
「どうって……」
世界滅亡を考えているような物騒な連中だ。かかわりたくなくとも、十二使徒を狙っている以上、器であるマルセルも必然的に狙われる。
原作でマルセルが黄昏の獣たちの支援を受けていたのは、連中からすればマルセルはいつでも確保できると思われていたからだ。
主人公に執着するあまり、他のことに注意を向けることもなかったマルセルは、自身が狙われていることすら知らなかった。ゾンビ復活の際に目的を告げられて初めて、知ることになる。
原作では悪党からの支援。今は単に悪党から狙われる。悪役三人組のままだと破滅フラグが待っていて、更生しようとしても黄昏の獣たちから狙われるという夢のような展開。
「もうやだ、この転生」
『自分の記憶やと、異世界転生は最近の若いもんのマストドリームなんやろ? 憧れてる連中は多いらしいやないか。幸運を噛みしめて喜んだらええやん』
「確かに異世界転生に備えて訓練してる奴ととかもいるらしいけどね」
とんだ強者もいるものである。俺としては主人公にも、ハーレム要員の女の子たちにも黄昏の獣たちにもかかわりたくない。
しかしラウラやビヴァリーとは既に出会ってしまい、黄昏の獣たちの手先とも会ってしまった。ほんと、どうしたらいいんだろ。
「とりあえず、思い出す限りのことを書き出そうと思います」
『それをした上での今のこの状況なんとちゃうんかい』
「……じゃあ、モフモフを楽しんでみたい」
『それは現実逃避や』
結局、名案なんか出るはずもなかったわけで。




