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第四十一話 悪役は誘惑に勝てない

 アリアたちは揺らいではいても、まだ決めあぐねているようだ。こんな場所に居続けるのも不快だろう、と外に向かう途中でも、ぼそぼそと相談を続けている。


 さて、どうするか。無理やり連れていくのは論外だし、説得を続けても時間がかかりそうだし、本当にマルセルって奴は。


 そんなことを考えながら入り口まで戻ってくると、まるで見計らったかのようなタイミングで一台の豪奢な馬車がやってきた。


 サンバルカン家の紋章入りで、降りてきたのは、ティア・レスト・サンバルカン。


「お姉たま?」


 予想外の人物の出現に目を丸くする俺に、姉上は笑顔と共に手を振ってきた。ティアたんマジ聖女。


「久しぶりね、マーちゃん。でも、たま?」

「なんでもありません」

「そう? 屋敷に行ったら誰もいないし、従者たちに情報を集めさせたら、ここで騒ぎが起きていることがわかって」


 ティアたん付の女性従者が軽く頭を下げる。確かくノ一とかいう設定があったはずの美女だ。


「来てくれたのですね。危険ですよ、姉」

「さすがマーちゃん! 偉いわ!」

「ぬぉわ!?」


 いきなり抱き着かれた。


「捕らえられている子供たちのために自分から動くなんて、誰にだってできるものじゃないわ。マーちゃんはお姉ちゃんの誇りだよ!」

「姉上、人前ですが!?」

「姉弟なんだから、これくらいのスキンシップは普通よ」


 平民ならそうかもしれないが、貴族でこのレベルのスキンシップはかなり珍しい筈だ。百歩譲ってプライベートな場所ならまだしも、外ではあり得ない。


 けど彼女の次の言葉はもっと予想外だった。


「皆さん、心配しないでください。マーちゃ、弟の言葉を私も支持します。皆さんの生活も雇用も、必ず守ります」

「え? あれって、ティア様、だよな?」

「それじゃほんとに……?」


 穏やかな笑みと共に告げられた聖女からのお言葉は、同じサンバルカン家でもマルセルよりも遥かに信用度が高かったらしい。


 広がるざわめきは喜びと信頼を伴って、皆に波及していった。信頼度の差に密かに打ちのめされていると、姉が俺の顔を覗き込んでいた。


「お姉ちゃんは役に立てた?」

「物凄く。俺じゃこうはいきませんでした」

「大丈夫よ。変わろうとしている今のマーちゃんをちゃんと見てくれて、わかってくれる人たちに出会えるから」

「いつになることやら」


 破滅ルートに乗る前には出会っておきたいものだ。


「それにしても、姉上はどうしてここに?」

「マーちゃんが一人で療養に行ったって聞いて、慌てて追いかけてきたの。どうしてお姉ちゃんに内緒で行っちゃったのかな?」


 少し膨れた頬からすると、どうやら麗しき姉はお怒りのようだ。


「いや、その」

「うん?」

「えっと、ごめんなさい。次からはちゃんと相談します」

「うん、よろしい」


 ティアたんは満面の笑みで頷いた。怖さを感じない穏やかな微笑みというものが本当にあるのだと、唯一実感するときである。


「あの、マルセル様」


 俺にかけられた声はまたしても女性のもの、獅子人のアリアはおずおずといった態だ。


 反対にクリスは、俺に興味津々といった空気を全身に纏っている。


「本当にありがとうございます。このお礼はきっと。なにができるかは、わからないけど」

「気にしなくていいさ」


 そもそも論をいうなら、サンバルカン公爵が増税をしたせいだ。しかも動機は政界復帰。利己的な考えで、既に困窮している弱者をより踏みつけたのだ。


 果たして俺は、礼を貰う資格があるのかすら疑わしい。


「でもマルセル様はこうしてクリスを助けてくれた。なにかお礼にできることがあれば」

「そんなこと気にしなくて、も……………………」

「マルセル様?」「マルセルさま?」


 唐突に言葉の途切れた俺に、姉妹は首を傾げる。でもこのとき、俺の頭は急速に回転を始めていた。視線は姉妹に固定されている。正確には姉妹のケモ耳とケモ尻尾に。


「……っっ」

「マ、マルセルさま?」

「マーちゃん?」


 じー。俺の視線にアリアとクリスは非常に居心地が悪そうだ、が俺はそんなことには気付かない。可愛らしくピコピコと動く耳とか尻尾に一切の注意が奪われている。もちろん姉上の言葉も耳に届かない。


「お礼、と言ったね、アリア?」

「は、はい……」


 そうだ、これはお礼なんだ。お礼ならば、ケモ耳やケモ尻尾を触っても問題はない筈! いや、問題など絶対にない! 決して権力や暴力で虐げるわけではない。あくまでも、相手の善意によるお礼を受け取るというだけのこと。


「ならば、その耳を、そして尻尾を触らせてもらおうか!」

「ぅええっ!?」

「マルセルさま!?」


 俺の宣言にアリアとクリスの顔は露骨に引きつった。


 遂に、ケモ耳とケモ尻尾を触る日が来たというわけだ。すっくと立ち、背筋を伸ばし、両拳を突き上げる。自分ではわからないが、きっと決意に満ちた顔をしていることだろう。


「さあ! 触らせてもらおうか!」

「嫌」「いや」


 さすがに獣人、飛び退る速度も、飛び退った距離も半端ではない。一瞬で俺の間合いの遥か外側に避難している。


「…………お礼をするって言ったじゃないか」

「言った。でも耳も尻尾も触らせない」


 アリアから敬語が消え失せているのは気のせいかな?


「ちょっとだけだから。な? な? 耳と尻尾は夢なんだ。ロマンなんだ。わかってくれるだろ? だから、お願いだ、アリア、クリス、ちょっとだけ触らせてくれ」

「嫌」「へんたい」


 グハァッ! クリスが抜いた言葉の刃が俺の心を容赦なく抉った。思わず俯く。そうか、俺は変態か。変態、なのか。


 ポン、と俺の両肩にちょっとした重さが触れた。


「シルフィード君、クライブ君」

「ぶひ、ケモ耳の魅力、か。さすがはマルセル殿、わかっているじゃないか。フニフニ、プニプニ、モフモフは至高の時間を与えてくれる」

「ほっほっほ、ケモ尻尾なら尻尾を触る振りをして尻にタッチもできるでおじゃるよ」

『『『!!』』』


 助け船のつもりだったのかもしれない盟友二人の発言は、火に油を注ぐ結果となった。火に火薬と言ったほうが近いかな。


 ふ、確かに、ケモ耳に触れようとすると必然的に頭にも触れる。こんな悪役に頭ナデナデなんて嬉しくないに決まっているな。それに尻尾。下手をすれば尻に触ってしまうだろう。紛れもない痴漢行為。変態と罵られても仕方がない。


「しかし!」


 ビクッと姉妹が体を震わせた。


「せっかくケモ耳ケモ尻尾に合法的に触れる機会が目の前にあるんだ。拒絶されたくらいで、罵られたくらいで諦められるか!」

「ぶひ。な、なんという情熱。まさにイケメン。確かに、拒絶されたのに無理強いするのは貴族の嗜み」

「はて? マルセル氏はこんなに獣人に興味を持っていたでおじゃるかな?」


 俺が五センチ手を伸ばすと、アリアとクリスは一メートルも離れる。いくらなんでも距離をとりすぎじゃない?


 俺は硬直する。魔法でならともかく、瞬発力や持久力で彼女たちに勝てる要素は微塵もない。拒絶も罵倒も乗り越える覚悟はあるが、根本的な身体能力の壁は如何ともしがたい。


「……カリーヌ」

「嫌がる女の子に迫るのを手伝えと? 断固としてお断りさせていただきます」


 振り返った先の専属メイドの返事は、極めて真っ当なものだった。


「……ラウラ」

「幼気な少女を追いかけろ、と女の私に命令する。まさしく変態貴族の鏡ですね、マルセル様」


 またも変態の二字を頂戴してしまった。


「姉上」

「変わろうとしてるように感じたのはお姉ちゃんの勘違いだったのかな? 後でちょっと、お話をしましょうね」


 いかん、原作では常にマルセルの味方だった人の怒りすら買ってしまった。


「僕も今回は協力を控えさせてもらうよ、ぶひひ」

「麿も同じく。どうやらこれはマルセル氏だけの問題のようだ」


 あれ? ついさっきまでは趣味嗜好に理解を示す発言をしてくれた二人からも、危機を察知したのか心理的な距離をあけられていた。


 どうやら誰の協力も理解も得られないらしい。身体能力は向こうが上、協力はなし。これではどうしようもない。俺は俯いて唇を噛みしめる。


「諦めるしか、ないのか」


 俺の呟きにアリアとクリスは


「諦めて」

「ぜったい、いや」


 もう……諦めて、


『『『……』』』

「たまるかぁぁぁああっ!」


 俺は吠えた。断固たる決意を持って事に挑むなら、きっと道は開けるはずだ。


 そして半時間後、俺はアリアたちをモフることもできず、カリーヌからの忠誠心を下げてしまい、ラウラからの軽蔑をより強くし、姉上からは長時間の説教を受け、シルフィードとクライブからも強い呆れを得てしまっただけに終わったのだった。

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