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第四十話 大詰めに向かう

「(ピク、ピク)」


 ワルサーが叩きつけられた地面は大きく陥没し、ワルサー自身は陥没した地面の中央で意識を失って痙攣している。黒光は霧消し残滓すら残っていない。よくこれで生きているものである。


「なんつー威力だ、筋肉魔法というのは伊達じゃないな」


 決して習得したいとは思わないけど。過剰な強化魔法のような気がしないでもないし。


 痙攣の続くワルサーに近付く。急な攻撃は心配しなくてよさそうだ。


 魔瘴化時は首元にあった魔瘴石もワルサーの肉体から剥がれ落ち、地面に転がっていた。見る限り、効果は失われている。


 黄昏の獣たちラグナロクの構成員が使う高品質のものではなく、使い捨て要因に支給される使い捨て品だろう。大したことはわからないことは確かでも、手掛かりゼロよりかはずっとマシだ。


「ふーむ、それは何でおじゃるか、マルセル氏?」


 ずしん、ずしんと足音を立てて確認に来るクライブ(巨大化)の服は、股間の紳士以外のすべての部分が弾け飛んでいる。破滅とは別の意味で近付かないでほしい。


「詳しくはわからない。この石を使った途端、魔物化したんだ。少し調べないと」


 嘘ではないが事実すべてではない説明を行っておく。詳しい事情の説明をして、根掘り葉掘り聞かれるような状況にはしたくない。


「療養に来たと聞いて見舞いに来たら、こんなことになっているとは。ぶふぅむ、僕たちも協力するよ。なんでも言ってくれ」

「ありがとうよろしく頼むよ。でもその前にシルフィード君はめり込んだ床から出たほうがいいな」

「そうする、よぶひっ!」


 床から抜け出そうとしたシルフィードは、もがいた挙句に蹴躓いて頭から床に突っ込む羽目になっていた。


「……手助けがいるか?」

「いや、セルベリアを使うよ。そしてできれば、床を踏み破ったことは秘密にしておいてくれると嬉しい。妹に怒られるんだ」


 ぶひぃ、と落ち込むシルフィード。そういやこいつ、妹がいたっけ。原作未登場で、ファンブックに「妹がいる」という情報が出てきただけだ。俺の記憶にも、マルセルの記憶の中にもほとんど存在しない情報である。


 シルフィードの魔力操作技術はやはりずば抜けている。魔力糸で『銀の』セルベリアを巧みに操り、自分を穴の中から引っ張り上げることに簡単に成功していた。俺の筋力では難しいことを楽々と行うのだから、セルベリアの性能も凄い。


 拾った魔瘴石をポケットに捻じ込む。今、優先すべきは石よりも子供たちの保護だ。


 子供たちが閉じ込められている倉庫と地下室。倉庫にはクライブを向かわせ、俺は地下室に走る。シルフィードは鈍足なので、後から追いかけてくることになった。


 倉庫のほうから「ふん!」とかいう掛け声が響いたかと思うと、続いて派手な音がする。クライブが倉庫の壁かドアを力づくで破ったのだろう。罠があっても罠ごと吹き飛ばしていそうだ。


「ラウラ、向こうは見なくていいのか?」


 呼んでもいないのについてきているラウラに質問する。遠回しな、「向こうに行け」との意図は少しも伝わらなかったけど。


「獅子人族は身体能力も高くて見た目も良い種族です。女の需要は高く、商品価値を考えると地下に閉じ込めていると考えるのが妥当でしょう」


 吐き気のする話だ。近くで走っているアリアとニーガンの表情は同胞を心配する焦燥と同時に、隠しようのない怒りと憎しみがあった。


 間違ってもこんな子供たちの目には宿って欲しくないものだ。主人公アクロスへの憎しみを募らせていったマルセルみたいになっちまうぞ。


 地下への階段は短い上に、掃除もされていない。階段と地下室を遮る扉は鍵ではなく閂で閉められている。大人ならともかく、子供では一人で持ち上げるのは難しい。


「ニーガン、そっちを持ってくれ」

「わかった」

「せーので行くぞ。せー」

「ぶっひぃぃぃいっ!?」


 階段最上段から足を滑らせたシルフィードが転がり落ちてきた。


 ゴロゴロゴロ。ドッシャーン。バキバキバキ。


 ……おかげで閂を持ち上げる手間が省けたと思えばいいか。


「クリス!」

「おねえちゃん!」


 開け放たれた地下室には果たして、アリアの妹のクリスがいた。起きている騒ぎの音は地下にまで届いていたのだろう、表情は不安気だったが、アリアの顔を見ると同時に喜びを爆発させた。


 アリアも同様だ。妹と再会するなり、感極まって涙を流して駆けだす。幼い姉妹が抱き合うのは、とても感動的なシーンだ。「ぶひっ!?」と踏みつけられたシルフィードは見向きもされなかったが……まあ、いいか。


 俺はというと、穏やかに笑っていたと思う。マルセルに転生して以来、こんな優しい気持ちになれたのは初めてのことだ。


 後始末は官吏に任せて、俺は検分されたり片付けられたりしていく現場をボーっと眺めていた。今回はまあ、中々よかったのではないだろうか。


「マルセル、様」


 とってつけたような「様」に顔を上げる。そこに立っていたのは二人の少女、アリアとクリスの姉妹だ。アリアが話して、クリスはアリアの後ろに隠れるように立っている。


「お、妹さんと無事に再会できたんだな。良かった良かった」

「うん」

「え?」


 うんうん、と頷く俺に対し、アリアは素直に首肯し、クリスは小さな戸惑いの声を出した。「ほら」とアリアがクリスの背中を軽く押す。


 おずおずと出てきたクリスは、姉によく似た銀髪の少女。原作でよく見た顔だ。原作で見たときよりもずっと幼く、雰囲気にも鋭さや悲壮感はない。眼光にだけは、未来の姿を思わせるだけの意志の強さが感じられた。


「ありがとうございました、マルセルさま!」


 勢いよくクリスが頭を下げる。なにこのかわいい生き物。仕草といい声といい素直さといい、とてもかわいい。


 こんなかわいい子が将来、マルセルを倒すために血道を上げるようになり、当然のように主人公に好意を抱くようになるのだから、今となっては悲しい限りである。


「お姉ちゃんが勇気を出してくれたからだよ。いいお姉ちゃんだ。また会えて良かったな」

「うん! ボクのじまんのおねえちゃんなの」


 そうだ、クリスはボクっ娘だった。獣人でボクっ娘。く、相変わらず俺の琴線にビンビンに触れてきやがるぜ。


「あたしからも、ありがとう。それに、ごめんなさい」


 アリアが頭を下げた。


「妹を助けてくれたのに、失礼な態度ばかりとって……」

「気にしなくていいさ。俺は確かにサンバルカン公爵家の人間で、俺自身の評判もすこぶる悪い。信用できないのも当然、警戒するのも当然。これからゆっくり、信用できる点を見つけていってくれたら、それでいい」

「これから、ですか?」


 戸惑うアリアに、俺は笑いながら頷いた。訂正、優しく微笑みながら頷いた。


「言った通り、君たちを家で雇う」

「え?」


 正確には俺が言ったのではなく、ラウラが勝手に言ったことなんだけどね。


 俺の言葉が本当に予想外だったのだろう、アリアとクリスだけでなく、周囲で再会や解放を喜び合っていた他の獣人たちも、俺たちに注目する。ニーガンなんか信じられないといった顔付きで近付いてきたほどだ。


 うん、銀仮面の君はできたら近付かないで欲しいなあ。


 獣人たちを雇うというのは、振り返ってみるとかなりいい考えのように思うんだ。獣人に対する融和的な姿勢を内外に示すことができる。


 アリアとクリスの姉妹を近くに置くのは、破滅フラグ的にヤバいような気がしないでもないような気がそこはかとなくするように感じられるが、外に放り出すことに比べればずっといいに決まっている。


「……雇って、いただけるのですか?」

「もちろん」


 俺はもう一度、頷いた。瞬間、戸惑いが広がり、数瞬を経て戸惑いと警戒と喜びが入り混じる複雑な声が漏れ出してきた。


 こんなときって、虐げられていた人たちは喜びを爆発させて大団円になるもんじゃないの? ああ、素直に信じてもらえないこの身が憎い!


 今はまだ、同じ悪役組のシルフィードもクライブも当てにできそうにない。ラウラは本来の職業的に安心を与えられるかどうか。


「大丈夫ですよ、皆さん。坊ちゃまは平民のわたしを専属メイドに雇ってくれた方です。皆さんのことも絶対に悪いようにはしない方です!」

「そ、そうなんですか……」


 カリーヌの言葉は俺の言葉よりも明らかに効いている。貴族の権限の強いこの世界で、ここまで発言力の弱い貴族おれも珍しいのではなかろうか。

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