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第三十九話 助っ人惨状、いや参上

『悲惨な人生やな。よっしゃ、これも何かの縁や。自分が死んだら線香の一本ぐらいはあげたるわ』

「この世界に線香があるの!?」


 原作では魔瘴石は「力を与える呪いのアイテム」としか描写されていなかった。一応、完成版と未完成版があるが、与える効果や描写にそこまでの差はない。「完成版は未完成版より強力な力を与える」程度だ。


 ここで確保して詳しく調べれば、もっと別のことがわかる可能性もある。ワルサーの魔瘴石は是が非でも回収したい。


『グオオオオォォオオオ!』


 ワルサーは唸り声と腕をひたすら振り回す。十分に対応できる、と判断すると、さて困った。魔瘴石を回収しようにも、どうやってしようか。


 マルセルの使える魔法は火属性。第二属性は風。燃やしたり切ったりはできても、拘束することには向いていない。


 風で動きを止める術はあったような気がするが、はっきりと覚えていないし、まだ教わってもいないから使えない。


『いや、あれは結構、魔力コントロールがシビアやさかい、自分にはでけへんやろ』

「放っといていただきたく!?」

「バハァァァァアアア!」


 元ワルサーは砦を揺るがす咆哮と共に、焦点の合わない目を血走らせながら突っ込んでくる。理性の感じとれない、わかりやすい暴走状態だ。


 目の前にまで迫った元ワルサーが大きく口を開く。ブレスか、もしくは噛みつきか?


 げばぁ! と吐き出されたのはガス、なのだが、


「ぎゃああああ! 臭ぇぇぇええええっ! 汚ねえな、こいつ! 《炎盾》!」


 火系統の魔法は攻撃手段こそ多いが、防御手段は限られている。炎盾の防御力は風魔法や水魔法の初級相当でありながら、習得難易度は中級という代物だ。


 それでも炎の障壁は元ワルサーのすべては防ぎきれず、ガスの触れた左腕の一部が焼ける。


「くぅっ」


 痛い。痛いは痛いが、それ以上に汚い。家に帰ったら念入りに洗ってやる。


『で、どうやって石ころを回収するんや? 倒すだけやったらええけど、回収は自分の手持ちの魔法やと、ちっと難しいやろ。手伝ったろか?』

「遠慮します。アディーン様が力を使うには宿主の魔力が大量に必要になるでしょ。俺は七日七晩寝込むようなオチはいりませんよ」


 アディーン様はこうして意思の疎通こそできるが、天変地異をすら巻き起こす本来の力を使うことはできない。表に出てきて力を振るうためには膨大な魔力が必要になり、その魔力は宿主が供給することになる。


 やむを得ず主人公アクロスがアディーン様の力を振るったときには、主人公アクロスは魔力が枯渇し意識不明となった上、しばらく戦線復帰できなかった。


 意識不明の間に、他キャラに焦点を当てたストーリーが展開し、また人気を博したのであるが。


「ブハハアアアアァアァァア!?」


 元ワルサーは咆哮と共に迫る。口元は吐き出したガスの影響で爛れていて、ガスに触れた体表も一部は溶けていた。


 思い切り腕を振り上げ、ブチィ、と不快な音が響く。魔障石の力に耐えきれなくなった肉体が悲鳴を上げたのだ。千切れた肉体から流れる血液や体液は、地面に建築物に触れるや否や、異音と異臭を上げて溶けていく。


「体液は溶解液なのか」

『どないすんねん。迂闊に近付かれへんで、これ』


 アディーン様の言葉通り、倒すだけなら難しい話ではない。元ワルサーの攻撃手段は肉弾戦とガスと溶解液。それなりに射程距離はあるにせよ、俺のほうが射程は長い。


 元ワルサーの射程外からこっちは好き勝手に攻撃することができるのだから、負けはあり得ないといえる。


 重要なのは、俺の魔力制御がまだ下手くそなので、魔法を撃ち込むと魔障石を破壊してしまう恐れが高いことだ。


 できることなら、あれは回収したい。


 滅茶苦茶に振り回される元ワルサーの両腕を掻い潜って、グン、と踏み込む。拳を固めて左下後方から打ち上げる。


 肉体とは明らかに違う、金属的な感触が拳に生じた。キチン質とでも言おうか、甲虫を思わせる。硬い、と思った瞬間、元コンセゴの頬が膨らむ。近しい表現を探すなら、こみ上げてくる嘔気を懸命に堪えてくる感じだ。嫌な予感がした。


「ウゥ、ブ、ゲファッ」


 やっぱりなぁ! 元ワルサーは大量の胃液なのか溶解液を吐き出す。炎や風で防ぐこともできるが、生理的嫌悪感から思い切り飛び退いてしまう。


 せっかく詰めた間合いがまた広がってしまった。このまま魔障石を諦める方向で決断をしなければならないのか。


 ゴォン!


「! な、なんだ!?」


 せっかくの手掛かりをどうするか決めあぐねたタイミングで、建物が大きく揺れ動く。


 地震か? それとも悪党どもがなにかしたのか? 最悪、黄昏の獣たちラグナロクが介入してきたのか?


 俺がそう思ってから数瞬、床を突き破って巨大な衝撃の塊が出現した。銀色の長髪が流れる。規格外の美女から放たれた拳がワルサーを直撃した。


『ペギョウォオッゥツ!?』


 ひしゃげる音と砕ける音が絶妙に混じり合い、ワルサーは上空に吹き飛ばされた。あんなとんでもない美女――の人形を使いこなし、且つ俺の救援に来てくれそうなのは、


「ぶひ、大丈夫かね、マルセぶふぉぉ!?」

「シルフィード!」


 颯爽と現れようとしたのだろう、シルフィードは自重に負けた床に足を突っ込んで派手に転んだ。なにをしてるんだまったく。操る『銀の』セルベリアも、心なしか呆れているように見える。


 風が巻き起こる。この風は、クライブか!


 シルフィードだけでなくクライブまで助けに来てくれるとは。これが絆という奴か。心強いと取るべきか、敬遠するべきなのか、判断に困る。


 風に身を任せたクライブは、フワリ、と俺の隣に降り立った。


「ほっほ、大丈夫でおじゃるかな、マルセル氏」

「クライブ! ああ、助かったよ」

「ほ?」


 なぜかクライブが首を傾げる。はて、なにか変なことを言っただろうか?


「さてさて、どうやらマルセル氏はまだ本調子ではない様子。シルフィード氏は愉快に遊んでおじゃるし」

「ぶひ!? 遊んでいるわけではなく、建材のもろさにこそ問題があってだね!?」


 どう見ても問題があるのは過剰な体重のほうである。


「ここは、麿が片付けるでおじゃるよ。マルセル氏、下がっておくでおじゃる。シルフィード氏はそのまま身を低くしておきたまえ」

「ぶひ、これ以上、低くするのはイケメン的につらいのだが!?」


 素直に、低くすることはできないと言え。


「待ってくれ、クライブ君。そいつの首元についている石を回収したい! 石だけを避けて行動不能にしてくれ!」

「難易度が高い、が任せるでおじゃる。開発中の新魔法のお披露目と行くでおじゃるよ!」


 新魔法とは何ぞや、という俺の疑問を余所に、クライブは吹き飛ばされた元ワルサーを追って上空に飛ぶ。


 一瞬で元ワルサーを追い抜き、見下ろす形で腕を組むクライブは「むぅん!」と全身に力を込めた。筋トレで鍛えられた肉体に魔力が循環する。効果音は「ムキィッ」とか「ムキャァァン」とか。


 つまりクライブが巨大化したのだ。クライブの筋肉が。その様、まさに筋肉だるま。文字通りの筋肉の塊と化したクライブは、上空で二つ三つと筋肉を誇示するポージングを決める。


「これぞ麿が開発中の新魔法! 筋肉魔法でおじゃる!」


 あー、あったな、そんな魔法、そう言えば。


 身体強化魔法、をクライブが独自に改良して作り上げた魔法だ。筋トレ好きが高じたあまり、新たな魔法を作り出すのだから、彼の才能と努力は並の範囲に収まるものではない。


 キャラ紹介だと第一属性が筋肉、第二属性が風、第三属性が水とか書いてたっけ。


 クライブが見せた最終戦での切り札は、異形化としか表現できないほどに巨大化した筋肉に任せて、「百パーセント中の百パーセント!」と叫びながら突進するのだ。


 …………よくこんな演出を許したな。


 七つ目の空中ポージングを終えたクライブが足を振り上げた。踵落としだ。


「むぅぅうん!」


 放たれた蹴りはワルサーの右側腹部に直撃。骨が折れる音、筋肉や内臓などの組織が潰れる音が聞こえる間もなく、ワルサーは落雷めいた速度で地面に叩き落とされた。


 ワルサーが地面に直撃、してから僅かに遅れて音が俺の鼓膜に届く。え? ワルサーさんてば、音速を越えてたの?

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