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第三十二話 ハゲセルと呼ばれて

 剣にはまだまだ自信はなくとも、原作知識が役立つ魔法なら別だ。精度は我ながら信頼できないので、高威力のものを上空で爆発させる。素人同然の連中たちを追い払うくらいはできるだろう。


 俺は騒ぎを収拾するべく歩き始めた。後ろから「さすがは坊ちゃま」とのカリーヌの小声が耳に入って、少しだけ気分が良くなる。何なら鼻が伸びそうだ。


 もっとカッコいいところを見せるから裏切らないでくれよ、と期待を込めて目線を後ろに向けると、なぜかカリーヌは足を止め、表情を強張らせていた。


「どうした?」

「あ、いえ、その」


 カリーヌの目は俺に三割、七割が暴力の現場に向けられている。なにかに気付いたようだけど、それが何なのかが俺にはわからない。


『ほぉん? そういうことかいな』

(? アディーン様? どういうことです?)

『よお見てみぃ。イジメられとる子らやけどな、獣人や』

「獣人!?」


 思わず声に出してしまった。


 獣人、の単語に加害者連中の目と意識がこちらに向けられる。分類すると敵意が過半数、後は「なにしに来やがったんだこいつ」という困惑と、「お、身なりがいいじゃねえかこいつ」という強盗性向だ。


 獣人と思しき帽子の子供も、地面に蹲りながら俺を見てくるが、こちらにあるのは怯えや恐怖が大半だ。


『ん~? 獣人やったらどないかしたんか?』


 アディーン様の顔付きと目付きと口調は、なにかを試すような感じだ、が俺の意識は別の方向に加速し始めていた。


「…………ケモ耳、ですね?」

『あん?』


 端から見れば、俺の目はギラリと輝いて見えただろう。


『どないしたんや、マルセル?』

「坊ちゃま?」

「す……」

『「す?」』

「素晴らしい!」

『『『え?』』』


 取り囲まれていた獣人たちと、加害者たちの戸惑った声が重なり合う。


 シルフィードが見舞いに来たとき、奴隷には獣人が多いと話をした。このことからもわかる通り、王国内では獣人の立場は悪いもしくは不安定だ。一般市民からも差別的に見られ、特に富裕層や貴族からは、はっきりと道具扱いされている。


 悪役マルセルを擁するサンバルカン公爵領では尚のこと獣人の地位は低く、両親も兄も、使用人たちさえも獣人を蔑視していた。


 この獣人を差別から解放することも、「アクロス」の重要なテーマの一つだったりする。


「獣人? それがどうした! むしろ、最高じゃないか!」


 だが俺は違う! 断じて違う!


『『『はぁ?』』』


 カリーヌを含む人たちの声と態度からは、疑問だけではなく、そこはかとなく近付きたくないな、という心の声が滲んでいるようだった。子供相手の暴行に武器を持ちだしていた加害者らは心持ち、俺から距離をとったようだった。


「ケモ耳最高じゃないか! ケモ尻尾は至高じゃないか!」

『あんなぁ、マルセル……差別意識を持っとらんいうんはごっつええことやと思うけどやな、なんで拳を握りしめて、目ぇ輝かせとるねん?』

「おっと失敬、ちょっぴりはしゃいでしまった」


 はしゃいだだけでなく、ついうっかり目的さえも忘れてしまったことは秘密だ。


『どこがちょっぴりやねん』


 アディーン様のじっとりとした視線と、カリーヌの冷ややかな視線が痛い。暴漢たちの気色悪いものを見る目もかなり痛い。痛いけど無視する。


 俺を次の一歩を大きくした。


「お前ら、その子たちをイジメるのは止めるんだ! 寄ってたかって子供に暴力を振るうなど、恥ずかしいと思わないのか!」

「「!?」」

『『『ああん!?』』』


 俺の上から目線のセリフは効果てきめんだった。フードの獣人の子たちはびくりと体を震わせて、信じられないものを見る目を俺に向ける。加害者たちは敵意百パーセントの目と空気を叩きつけてきた。


「なんだてめえ! 邪魔だから向こう行ってろや! ハゲ!」

「いい服着てんじゃねえか。金も持ってんだろうな。有り金全部置いてけやコラ! ハゲ!」

「あん? 女連れじゃねえか。その女ももらっておいてやらあ! いいなハゲ!」

「ハゲハゲ連呼すんじゃねえぁぁぁぁえええっ!」


 次々に汚い言葉を撒き散らしてくる。言葉が人を傷つけるということを知らないのか。


 しびれを切らしたのか、一人が木剣を振り回して襲いかかってきた。踏み込みも甘く、練習もされていない隙だらけの大振りなど、俺はともかくラウラやキャロラインにとって脅威にはなりえない。


 そしてここにいるのは俺とカリーヌだけだ。当然、脅威にだってなり得る。


 振り返って、剣術を練習しておいてよかったと思う。修練の結果、素人の、勢い任せの単純な攻撃程度なら捌くことができたのだから。


 フッ、今の俺にその程度の攻撃など通用しないのだよ。当たらなければどうということはない。


 時代劇の使い手のように、相手の手首を手刀で打ち武器を奪、


 スカ。


 おうとしたら手刀を外してしまった。


「あ、あれぇ!?」


 自分自身の技倆のなさに我ながら呆れていると、横から体当たりを受けた。


「ぐほ!」


 シルフィードほどではなくとも、未だ贅肉の多い俺の体幹で耐えられるはずもなく、地面に倒れてしまう。


 立ち上がらないとまずい。武器を持った男ばかり複数人。それもサンバルカン家に恨みを持っていてもおかしくない連中ばかり。襲い来るものには予想がつく。


 あ、痛い。頭! 頭に鈍い衝撃が! 頭だけじゃないけど! 下手をするとこの場で滅多打ちエンドが発生してもおかしくない! そんなのやだ! 予想外にも程があるんだけど!?


 振り下ろされてくる木剣をターゲットに掌を向ける。受け止めるのではなく、魔法だ。さすがに人に向けて撃つ気にはなれないが、牽制目的で上空にぶっ放す。


《火線》という魔法だ。派手な音と共に直径三十センチ程の火柱が出現、十数メートルの高さにまで到達し、火の粉を撒き散らして消えた。


「うわぁ!」「ひっ」「ま、魔法!?」


 魔法の威力か、魔法を目の当たりにした衝撃か、男たちが吹き飛んだ。


「アクロス」の魔法には少年漫画っぽく名前が付けられている。火魔法でよく使われているのは、物語序盤だと《炎弾》《大炎弾》《散華炎弾》《火剣》あたり。バトルもの特有のインフレが進むと《豪炎破球》《終之獄炎》とかが出てくる。


 ま、こんなチンピラを追い払うくらいなら初級魔法で十分だ。


「ふっふっふ」


 ゆっくりと、ゆらりと立ち上がる。まるで悪役がのっそりと起き上がったかのよう。


 仕方ないだろ。体のあちこちが痛いせいで、切れのある動きができないんだから。ちくしょう、たんこぶまでできてるじゃないかこの野郎。


「ひ! そ、その紋章は!?」


 暴漢の一人が俺の腰に吊られているナイフに気付く。


「ああ? 紋章がどうかしうぇっ!?」

「ま、まさかこいつ!」

「こここここっ公爵家の!?」

「おい、公爵家で子供つったら……っ」

『『『クズのハゲセルか!?』』』

「誰がハゲセルかぁぁぁぁぁああああああっ!?」


 マルセルのあだ名はクズセルじゃなかったのかよ! いつからハイブリッドな感じに進化してんだよ!


 思わず吠えてしまった。威厳もへったくれもない態度だったが、俺の後ろにある公爵家の威光だけは十分に輝いていたことだろう。


 いや、この怯えようからすると、敵対はおろか、機嫌を損ねることすら許されない相手を怒らせてしまった恐怖のほうが強いらしい。


 威光や権力どころか、日頃の振る舞いから恐怖されるなんて。


 ええい、俺個人への恐怖でもなんでも、この子たちを助けられるんならどうでもいい。まずは人助け!


「それでぇっ! お前らはそこでなにをしている!?」


 首の位置を調整して、相手を見下すようにする。暴漢たちの顔は一瞬で真っ青になっていた。


 ついさっきまで、獣人に暴力を振るって紅潮していた顔とは大違いだ。公爵家の権力への恐怖で、慄いている。


 できることならスルーしたかったのに、平穏無事な療養ライフを送るつもりだったのに、よくもトラブルに引きずり込んでくれやがったな。


 そんな個人的な怒りがあることは秘密だ。獣人モフモフへの興味関心好奇心があることはもっと秘密だ。

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