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第二十六話 日記をつける

 その日の夜、に別に限ったことではないのだが。


 俺は机に向かって日記を書いていた。日記であると同時に現状を整理するための作業でもある。記憶にある限りの原作の状況と現況を比較して、今のマルセルの位置を確かめるのだ。


 マズければ都度、軌道修正していこう。……都度修正じゃなくて、何となく常に軌道修正が必要な気がしてきたりする。


 さて、転生してからそれなりの時間が経った。たゆまず努力し、脱悪役・脱破滅に向けての行動を欠かさなかったと言える。過去の日記をめくりながら、ここまでの振り返ること数分。


「…………」


 おかしいおかしいおかしい! 脱破滅の光明の一筋すらも見えている気がしない!?


 カリーヌという専属メイドを手に入れることができたけど、彼女は原作でもマルセルの傍に最後までいてくれた女性だ。時期的なものやきっかけは違うにしても、傍にいるという点では何ら変わりがない。


 原作の流れを変えるほどのものではない。


 ラウラといいビヴァリーといいこのキャロラインといい、原作ヒロインとは矢継ぎ早に接触してしまっているのに、関係改善は元より、遠ざけることすら満足にできていない。


 ラウラとキャロラインは俺が余計な――成長とか、変わったことを見せようとしただけ――ことをしてしまったせいなのか、原作よりも警戒を強めてるみたいだし、ビヴァリーは相変わらず俺のことを毛嫌いしている。


 ヒロイン対策で言うなら、原作の状態と変化していないビヴァリーのことだけが、唯一の成功例と評価できるかもしれない。


 変化していないことが成功ってなんだよ!


 貴族の嫡子で金持ちで権力も魔力も才能もある。容姿については平均的だとしておこう。うん、ここまでならそれなりの良物件だと思いたい。


 しかしながら、どこにもマルセル向けヒロインがいないのだ。家柄やら財力やら、あらゆる美点を差し引いて大きなマイナスにするほど、マルセルという奴はどうしようもないということか。


 転生前はヒロインたちから嫌われていても、転生後は中の人の影響を受けて、ヒロインたちの考えや感情が変わるのは鉄板じゃなかったかな。少しでも、おピンク妄想全開な展開を夢見たのは間違っていたのだろうか。


『そないご都合主義な展開があるわけないやろ。前の世界でモテとるわけでもない奴が、なんでこっち来た途端にモテんねん。しかも自分で妄想言うとるやないか。現実を見られへんから妄想なんやろ』

「夢を打ち砕かないで!?」


 数少ない前向きな変化がアディーン様との関係だ。原作では会話をする描写すらなかったアディーン様と、こうして接することができている。


 まだ主人公アクロスほどの信頼関係を作ることはできていないが、完全な絶縁状態だった原作のことを考えると、遥かにマシだ。将来的にアンパンを捧げるとの誓いを立てていることもあって、少なくとも今すぐに切り捨てられることはないだろう。


『ま、自分がしょうもないことしよったら直ぐにでも見捨てたるけどな』

「は! 重々、肝に銘じておきます」


 具体的な例が融合魔法だ。主人公が第二部になってようやく習得する属性融合魔法も、知識だけが先行しすぎて使いこなすことはできないでいる。


 次に使おうとしたら、それだけでアディーン様に愛想を尽かされそうだ。


 愛想を尽かされるだけならまだしも、マルセルの体を出ていって主人公アクロスに移るかもしれない。それはまさに原作通りの流れである。


 こうして考えてみると碌に物事が進んでいないことがわかる。千里の道も一歩より、とはいうものの、果たして一歩目すらを歩みだせているかどうかも疑わしい。


 絶対に悪いことには使わないと約束したら、全知全能の神様とかがやってきて、チートてんこ盛りにしてくれたりしないかなあ。


 都合のいい展開を望んだところで、降ってくるわけでもない。特に俺のような悪役では。


 バトルもの少年漫画では、明確な悪役・敵役が配置されていることが多い。「アクロス」における悪役とはもちろん、マルセルをはじめとする悪役三人組だ。


 出版社の枠を超えて、悪役として確固たる地位を築いていたマルセルのせいもあってか、実家であるサンバルカン公爵家自体が敵枠にされている。


 現公爵も言動や立ち居振る舞いから悪役側の人間だ。実兄のデュアルドだって、血筋と権力の信奉者で弱者を虐げる描写がある。


 ストーリーの進行というか、主人公の成長に伴ってと言うほうが正しいのか、サンバルカン公爵家は最終的に取り潰しの憂き目に遭い、親父殿たちも処刑されたり、奴隷身分に落とされたり、これまで虐げてきた市民たちから反撃にあったりと、散々な目に遭う。


 例外は聖女と慕われる姉のティアだけだ。


 家の存続はつまり、俺の今後の人生の送り方にかかっていると言っても過言ではない。人となりを見る限り、あの公爵家は取り潰されたほうが世のため人のためだとの意見は承知している。


 だがお姉たまが爵位を継いだなら、もっと違う未来なり可能性なりがあるのでは、と思うのだ。


 頑張らねば。俺は、ふんす、と力を込めた。





 キャロライン・ミルカは日記をつけている。正式な報告書を作る際の参考にする目的もあるが、幼い頃からの習慣との要素が強い。


 ページによってはその日の食事メニューしか記していないこともあるのに、今日の内容は久しぶりに濃いものとなっていた。


 サンバルカン公爵家には最大限の警戒を要すべきである。


 肥沃な土地と十分な人口、発展した経済を持っていながら、領内の財政事情には余裕がない。公爵家が裏から操る形で、複数の商会が保存のきく食料や、大量の武器に薬などを購入している。


 これらについては、領内の安全確保を領民に不安を与えない形で図っている、と声高に主張しているが、それにしても不自然な量である。


 国に対する謀反の恐れがあり、戦争の準備をしているのかもしれず、警戒を怠るわけにはいかない。


 またマルセル・サンバルカンにも注意が必要だ。最上位貴族の一族というだけでなく、その性、悪にして凶。その質、腐にして劣。このまま放置すれば、王国の貴族制度そのものに悪影響を及ぼす危険性が高い。


 これらのことから、キャロラインは公爵家を探るように命令された。


 公爵家から出された家庭教師募集の依頼は渡りに船。この依頼が出されてからそれなりの時間が経っていたにもかかわらず、マルセル・サンバルカンの評判があまりにも悪いため、成り手が現れなかったとのことだった。


 平均的な貴族の家庭教師よりも破格の好待遇であるというのに、それでも敬遠されるというのだから、呆れて言葉も出ない。


 だが好都合だ。上司と連携して偽の経歴を作り上げ、潜り込むことに成功した。拍子抜けするくらいに簡単に。


 公爵一家はこちらを少しも警戒していない。公爵本人は権力欲が強いだけの俗物でしかなく、御することはできなくとも、不信感を向けられるような事態を招くこともないものと思われる。


 ここまでをほぼ一気に書き終えたところで、キャロラインはペンを置いた。腕を組み、目を閉じる。予想外の出来事があった。


 マルセル・サンバルカンの才能だ。


 努力を軽蔑する人間だと聞いていた。ありもしない才能に、あったとしても高が知れている才能の上に胡坐をかいている程度の小物だと聞いていたのに、まさかあの年齢で無詠唱魔法まで使うとは。


 十二使徒の器でしかないと、公爵や実兄の劣化品でしかないと聞いていたが、あの実力は見過ごせない。


 今のところ、貴族間や領内で広く知られているに劣悪な性格を見せていないことを考えると、隠蔽するだけの判断力はあるということ。


 物わかりのいい、善人を装っているだけで騙しおおせると思っているのか。


 だが隠している以上は、こちらから露骨に突っつきすぎるのはリスクが高いと考えられる。


 ここからが正念場。油断せずに行こう。

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