第二十四話 原作ヒロインラッシュが止まらない
『なんや、急に素直になりよってからに。気っ色悪いのほんま。もうすぐ死ぬんか?』
「死んでたまりますかぁっ」
そんなことを言いつつも、わかったらええねん、と最終的には許してくれたアディーン様に深く感謝だ。
『せやけど自分、さっき見せた属性融合は独学で身につくもんとちゃうで。資料なんかも存在せえへんゆーんに、どこで覚えよったんや? 前世の知識ゆーても、自分の世界には魔法もなんもあらせえへんのやろ?』
「いえ、それは」
原作にあった習得方法を説明すると、アディーン様は猫の額を手で押さえていた。
『自分、ほんま、ふざけんなや。よりにもよってワイが人間なんぞに属性融合の手ほどきするなんか、ありえへんやろ。ナニモンやねん、そのアクロスたらいうジャリは』
主人公です。としか言いようがない。
『知らん奴の話、したかてしゃあないわ。とにかく、自分は属性融合は禁止や。ええな?』
「……ぅ」
正直、アディーン様の通告はかなりきつい。属性融合魔法は威力も大きくて派手でカッコいいので、「アクロス」の世界に転生した以上、使ってみたいという欲求はどうしてもある。
使いこなすことができれば、破滅エンドから逃れるための重要な手札になるとも考えられる、んだけど……
『え・え・な?』
「……はい」
これだけの惨事を引き起こしてしまったからには反論できるはずもない。ましてや今の俺では使いこなすことなど不可能だとわかる。
仕方がない。いつか、もっと魔法が上達したら、アディーン様も教えてくれるだろう。かもしれない。きっと。恐らく。そう信じてる。信じたい。
そんなこんながあって、俺には魔法の家庭教師がつくことになった。渦巻く大火球の話を聞きつけた両親が、「この子には才能がある」と大いに喜んだか……どうかはともかく、少なくとも家の役には立つと考えたようで、優秀な魔法騎士を見つけてきたのだ。金と権力に糸目をつけずに。
親よ、少しは自重しろ。思わず叫びたくなったが、偶然、両親の部屋の前を通りかかったときに漏れ出てきた話を、聞くともなしに聞いてしまったことで、俺は真相を知ってしまった。
――――あなた、本当にマルセルに魔法の家庭教師をつけるのですか? 正直、魔法の腕が上がったとしても、ものの役に立つとは思えないのですが。
――――見方にもよるだろう。確かにあれが我が家の役に立つとは考えにくいが、それは今のままなら、だ。強力な魔法を覚えることができれば、軍人として功績を挙げさせることができるかもしれん。
――――なるほど……跡取りのデュアルドを危険な戦場に送るのは憚られますけど、だからといって戦場を忌避するようでは体面にかかわる。そこでマルセルの出番なのですね?
――――その通りだ。仮にも公爵家の人間。我が家やデュアルドの立場を盤石にするため程度には役立ってもらわなければな。
…………デュアルドというのは、俺の出来のいい兄のことなのだが、マルセルの性格が腐っていたのは、この両親の影響も強いと思う。
マルセル個人に期待していないが、マルセルが果たす役割には期待するって酷くない? これはあれか? 俺が目覚めたときに部屋に駆け付けてきたのは、デュアルドの立場や地位を補強するための駒が減ることを心配していただけだったってことか?
落ち込むわー、原作を知ってるけどマジで落ち込むわー。付き合いの浅い俺でも落ち込むんだから、マルセルが感じていた疎外感はどれくらいだったのか、想像もつかない。
いいさ。それならいっそ、盛大に見返してやる。アディーン様にシバかれて反省した俺だ。家庭教師からありったけの知識と技術を吸収して、魔法の基礎と応用をマスターして、本当に強い魔法騎士になって見せるからな。
「それにしても、家庭教師か……」
『美人家庭教師との性講義ってなんやねん』
「人の頭の中を声に出さないでいただきたい!?」
知り合いから安く譲ってもらったDVDタイトルだ。日本の俺が死んだとなると、遺品整理がどうなっているのか、考えるだに恐ろしい。
実家だと真剣に隠した品々も、都会に出ての一人暮らしだと大胆に油断する。大部分はパソコン内の動画だから、パスワードがわからない限りは大丈夫だ。
いや待て、確かパスワードは誕生日にしていたよ。く、こんなことならもっと難しいものにしておけばよかった。しかも一部は、ベッド下の衣装ケースに隠しているDVDだ。
よし、考えても仕方ないことは、考えるのをやめておこう。今の現実で恐ろしいのは、果たして家庭教師を引き受けてくれる相手がいるかどうか、だ。
屋敷の中で漏れ聞こえてくる話を総合した結果、更に落ち込む事実がわかってしまった。ここだけの話、やっぱりというかなんというか、家庭教師候補は少なかったらしい。
貴族の子弟の家庭教師は割のいい仕事に分類されている。貴族に対しコネができるし、教師自身の評価が上がれば貴族のお抱えや、運が良ければ王城付きの魔法騎士になることだって夢ではない。
うん、そう、俺が悪いんだよ。あまりにもあまりな評判が広まっていて、家庭教師をしようなんて奇特な人間が見つからなかったのだ。
親父殿が宰相職を解かれたことでサンバルカン家そのものが落ち目だと思われていることも手伝って、優秀な人材は近付きもしない有様。
冒険者ギルドに依頼を出しても引き受け手は出てこず、結果、相場の倍以上の報酬を提示してようやく、一人の魔法騎士が手を上げてくれたのだった。
俺の予想はというと、仮にも魔法の教師なのだから経験を積んだある程度以上の年齢の人物がくると睨んでいた。
冒険者は、貴族が冒険者をあまりいい目で見ていないため来る可能性は低く――だったら最初から依頼を出すなよと言いたい。引き受け手がいない俺のせいでもあるのだが――消去法的にベテランの魔法騎士が来るものと予測していたのだ。
「初めまして、ハマルセル様。今日から家庭教師となるキャロラインと申します」
いやぁっぁぁぁぁあああぁっぁぁぁぁぁあああああっ!?
心の中で俺は絶叫した。やってきたのが予想に反して、若くてきれいな女性だったから、ではない。
なんだってキャロライン・ミルカがここにいるんだよ!? やだやだやだ、やめて来ないで近付かないであっち行って! しかもこの女、ハゲって言いかけたよね!?
今、俺と親父殿の前にいる女性、キャロライン・ミルカは原作にも登場した王都の監察官だ。貴族や役人の不正行為をチェックするのがお仕事の人間で、作中では、彼女の調査は悪役三人組を追い込む一助となっていた。
つまりは俺の天敵である。身元調査はしっかりしろよ、親父殿!
原作ではびしっとスーツに身を包んでいる彼女も、今はいかにも魔法使いって感じのローブに身を包み、古ぼけた杖まで持っている。
原作との共通点は眼鏡くらいじゃないか。知的で怜悧な印象をもたらす眼鏡。美人女教師の必須アイテムともいえる眼鏡。マルセルたちを追い込む情報を主人公たちに提供するときの輝く眼鏡。白い手でスッと上げられる眼鏡。
……あふぅ、眼鏡、なかなか素晴らしいじゃないかね。
『なに言うとんねん、自分』
現実逃避です。
「こちらが経歴書になります」
「ほほう、王都の魔法騎士学院を三位の成績で卒業。現在は経験を積むためにあちこちで仕事をしていると。ふむ、ここの前はシーウォル侯爵家に務めていたのかね。その年で大した経歴だ」
シーウォル侯爵は監察官を束ねてるおっさんだろうが!
表向きは日和見の諸侯、といった風情の人物のくせに、原作ではマルセルを始めとした悪役三人組を断罪するときに結構な活躍をしていた。
絶対、単に家庭教師をしにきただけじゃない。俺の懸念を余所に、キャロラインの家庭教師就任はあっさりと決まってしまう。
「よろしくお願いしますね、ハマルセル様」
ニッコリ笑顔と、微塵も笑っていない瞳。
ねえ、なんなのこれ。登場する原作ヒロイン、全員が全員、同じ表情をしてるんだけど。体格も性格も服装も得意分野も、どれも違うのに、笑顔だけはそっくり、てどういう事よ。