表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/180

第十九話 ラウラの目

 魔物が出るような深い場所ではなく、人気のない少し開けた場所。剣を振るうには適している。両手で剣を持ち、大上段に構え、気合と共に思い切り振り下ろす。


「うお!?」


 剣速は中々のものだと自負していても、経験が中途半端。踏み出す足の左右を間違え、危うく自分の剣で自分の足を傷つけそうになってしまう。


 剣を置き、深呼吸を数回して仕切り直す。剣を握りなおし、今度こそ剣を振るう。斬り下ろし、横薙ぎ、斬り上げ。


 マルセルは貴族の基本的な嗜みとして、最低限度の剣の手ほどきは受けている。あくまでも最低限であり、達人の水準には程遠い。


 日本人時代の俺も、示現流や新陰流のような流派はもとより、剣道の経験すらない。当然、技術は未熟。だって剣道の防具って臭いんだ。


 だが知識だけはある。ゲームや漫画を通じて得たものもあれば、マルセルが経験した敗北からのものも含む。魔法と体術の併用方法だって知っている。


 剣を構えたまま腰を落とし、目を閉じる。


 本来ならどうやって体を動かすかを試行錯誤する。だが俺は違う。


 今の実力から繰り出せるであろう技や魔法の大体の目星はついている。ゲーム化した際のキャラの動き、主人公アクロスがマルセルを叩きのめした際に見せた動きから、体の動かし方も消費する魔力量も大体はわかる。


 体を回転させた横薙ぎで木を斬り飛ばす。宙に浮く形となった木は一瞬の間をおいてから、赤い炎に包まれた。『炎剣』、ゲームでは『炎剣Ⅰ』というスキルだ。


 飛ばした斬撃で斬った相手を燃やす技で、最初から炎を剣に纏わせるものを『炎剣Ⅱ』、炎で作った剣を『炎剣Ⅲ』に設定されている。


 いずれも原作序盤に登場する初級技。炎や水や雷を剣に纏わせるもので、アクロスも『光剣』を使っていたが、どちらかというとライバルのエクスが好んで使っていた術だ。


 エクスは二刀流、刀身を伸ばす、刀身を散弾のように飛ばす、など様々な形態に変えてみせ、最終的に漆黒の闇を操って巨大な『闇炎剣』という術にまで昇華させていた。


 果たしてマルセルはどこまで使いこなせるようになるのだろうか。炎の温度を上げることは? 炎に込める魔力の量は? 剣の素材はどうする?


 原作ではマルセルが使用していたのは火属性の魔法のみ。設定では複数の属性魔法を使えるのだが、描写された例がない。理由は二つほどあると思う。


 原作側の理由としては、別にそこまで注目する必要がなかったからだろう。


 この世界のマルセルの理由では、恐らく、弱者を炎で嬲るのが好きだったのだ。火を見せれば相手が逃げ惑う。暗闇の中でも、火で照らせば恐怖に引きつった顔を堪能できる。


 歯向かった連中の顔を燃やすとスッキリしたと感じたのだろう。支配の証として焼き印を押し付けるのもまた楽しかったと感じていた。


 我が事ながら最低だと思うが、だからこそもう一度言う。


「俺は! まだ! 本気を! 出して! いない! だけ!」


 そんな雑念に囚われながら剣を振っていたことがまずかった。




                    

 マルセルの修練を観察、いや、監視している人間がいる。正確には、修練だけでなくマルセルの行動の一切を監視しているのだ。


「あれは本当にマルセルなのか……?」


 ラウラの発した呟きはあまりにも小さく、二センチも進まぬ間に木の葉のざわめきに溶けて消えた。


 ラウラの知るマルセルはクズという表現でしか言い表せない。弱者を傷つけることが大好きで、傷つけることのできる自分のことを偉いと考えている。誰か他人に命令をして傷つけさせ、他人が葛藤する姿を見るのが大好きという下衆だ。


 他者を痛めつけることにのみ熱心で、訓練や修行というものを軽んじている。すべては血統により決まっているのだと高笑いし、努力を積み重ねる人を徹底的に見下す。


 だが今のマルセルはどうだ。ラウラの目の前で剣を振るうマルセルは、果たして本当に本物のマルセルなのか。


 厳しい訓練を経てきた己の目を疑う。サンバルカン家に潜入してから約半年。あんなマルセルは見たことがない。


 マルセルの知らない事実――決して知りたくはないだろうが――として、最近になってラウラはマルセルへの警戒を強めていた。


 かつては軽蔑には値しても、警戒にはまるで値しなかった。だが転落事故から目覚めて以降、明らかにマルセルは変わっていたのだ。


 使用人を始めとする他者に対する態度は最たる例であり、他にも剣の再稽古が挙げられる。以前は


「剣など、魔法を満足に使えない下民共が縋りつくだけの惨めったらしい技術だ」


 と切り捨てていたのに、今は真剣に取り組んでいた。しかもラウラが見る限り、かなり成長度が高い。突きも薙ぎも斬り上げも、威力も速度も精度も鋭さも、どれも十二歳の水準より遥かに上だ。


 真面目に取り組んでいなかったとはいえ、基礎は学んでいたとあって、一度、真剣になると才能が開花するのも早いらしい。


 ラウラの背筋を冷たい汗が伝う。


 マルセルは普通ではない。血筋からして魔力量が多いのはともかく、剣技や使用している魔法がおかしい。扱う剣は大人用のもの。子供では持つのも一苦労、ましてやマルセルの体躯は中肉中背よりやや小さい。


 だが魔法による強化も手伝って、剣速も剣閃の鋭さも熟練者のそれだ。剣技はまだ拙くとも、補って余りある魔法の才を持っている。


 強化魔法による強化の程度も並ではなく、更には付与魔法まで習得しているではないか。


 確かに『炎剣』は初級魔法だ。しかし実戦に使用できるレベルの付与魔法となると、従騎士や上級生の水準になる。


「これは、評価を更に改める必要がありますね」


 マルセル・サンバルカンという人間のことを正しく見抜けなかった、ラウラ自身の評価も含めて。


 もう一度丁寧に洗い直そう。そう考え直した直後、ラウラが身を潜める木に炎の弾丸が直撃した。


 ――――っ!? まさか、気付かれた!?


 ラウラに染み付いた反射は、スカートから素早くナイフを取り出していた。木陰に隠れたまま、向こうからは決して見えないように気をつけながら、様子をうかがう。


 炎弾の威力は大したことはない。木を吹き飛ばすこともできず、燃え上がらせることもできない水準。


 問題は命中箇所だ。炎弾の射線上にはラウラが身を潜めていた場所があった。微かに息を飲み、目を見開きはしたが声を出すようなヘマはしない。小石や枝を踏んで音を出すこともない。


 低威力だから命にかかわるようなものではない。ただ警戒レベルを最大に上げ、注意深く観察対象に意識を向ける。


 マルセルの位置は変わらない。誰何の声もなく、近付いてくる足音もなく、しかしその場から動くこともせずに、鋭い視線だけを向けてくる。


 出てこい。声に出さずにそう命じている。


 ――――これは、逃げるのは難しそう、か。


 姿を、気配を悟らせることなく逃走することも考えたラウラだが、マルセルのこちらを見据えて微動だにしない眼光に、選んだ選択は、大人しく姿を見せることだった。


「申し訳ございません、坊ちゃま。邪魔をするつもりはなかったのですが、結果として煩わせてしまいました。重ねてお詫び申し上げます」

「……」

「?」


 ラウラの観察眼はマルセルの唇を微かな動きを捉えた。やっぱりお前か。そう言っているようだった。


 気のせいだ、とラウラは考え直す。マルセルとの距離は離れている上、唇の動きも乏しいものだったので、正確性には著しく欠ける。潜んでいることを見破られたことで、過剰に反応してしまっているだけ。


 だからといって警戒レベルを下げるわけにはいかない。組織の中で鍛えられ、多少なりとも自信を持っていた隠密術を見破られた。加えて抵抗も逃走も許さない無言の圧力。


 ラウラはマルセルへの評価を改めざるを得なかった。マルセルに対するラウラの、否、国中からの評価は押しなべて低い。貴族の血筋、十二使徒の宿主であるという点以外は取るに足らない存在。


 そう軽んじていたら、一瞬ですべてを覆された。この一瞬だけで、マルセルは自分という人間を上回っていることを思い知らされたのだ。


「本当に邪魔だな」


 少ない言葉による警告。二度目はないぞ、と言外に告げてくる。少なくともラウラはそう受け取った。


「申し訳ございません」

「あまり俺に近付くな。不愉快だ」

「はい」


 確かに警告は受け取った。下手に探りを入れると、こちらの身が危うい。マルセルの表情を伺うような真似もせず、ラウラは一礼と共に背を向けた。


 マルセルを探るにしても一人では無理だ。


 チームを作り、且つ、もっと慎重にならなければ。ラウラの内側で、マルセルに対する警戒度は最大にまで上がり、「単なるクズ人間」から「クズであり危険人物」への格上げまで成されたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ