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第十八話 味方が欲しいお年頃

「俺自身には変わったという自覚はない。だが変わったと言うのなら、この変わった姿を本当のものだと周囲にもわかってもらえるよう、今後も努力するとしよう」


 それが脱悪役、脱破滅に繋がっていくのだと信じて。


 原作から知る限り、ラウラの才能は一級品だ。今の俺を殺すくらいなら、いつだってできる。それこそサスペンスドラマよろしく階段から突き落とすなんて、ベタな手段でも証拠の一つも残さないだろう。


 水分補給ですとか言って持ってきた水に毒を盛っていたとしても、シャールズベリが絡むなら毒が発見されることはないに決まっている。


 絶対にこいつの殺意メーターを上げないようにしよう。


「できればラウラには、それを見ておいてほしいんだ」


 できるなら、可能な限り遠くで。すぐ傍で見続けます、なんて言わないで。


 穏やかに、朗らかに、爽やかに、できるだけ友好的に、俺、人生最高の決め顔(前世も含めて)。


 断っておくと、ラウラは見ておくだけでいい。間違っても手伝いに来るとか、距離を詰めてくるような真似はしないでほしい。


 このラウラ、初恋に破れたマルセルの、次の恋の相手だったという設定がある。三十巻で描かれたヒロインどうしの巻末座談会で披露された情報で、ラウラは物凄い顔をしていたのが印象的だ。


 どうせ主人公にとられるヒロインだから、俺としては興味の欠片もないけどね。好きなキャラだったというだけのことさ!


「それに」

「それに?」

「友人を大事にするのは人として当然のことだろう?」


 歯がきらりと光りそうなくらいに爽やかな笑顔はしかし、ラウラの心の琴線には掠りもしなかったようだ。


「素晴らしいお言葉です、坊ちゃま」


 ラウラは花のように笑い、次いでレイピアのように目を細めた。目は口程に物を言う。ラウラは原作の人気投票では上位十人の常連で、作中での描写も多い。当然、作者サイン本を持つくらいのファンとしては、ラウラの性格や言動はよく知っていた。


 ――――以前の坊ちゃまなら考えられません。ご友人を諭すような真似はせず、寧ろ焚き付けてより悪い方向にもっていこうとしていたでしょう。意味もなく使用人や領内の娘を虐待して、ご自身を満足させていた方とは思えません。


 とでも言うに決まっている。もしかしなくても、心の中では絶対に言っている。


 あ、背筋がゾクゾクしてきた。死への恐怖からのゾクゾクですよ? Mっ気方面のゾクゾクではないですじょ?


 個人の感情的にはラウラは味方に引き入れたい。人気キャラだし、戦闘力も高いし、味方にいれば心強い限りだ。三悪人で結託もしくは一致団結して善人になることも大事だが、身近に味方の一人も欲しい。


 ただし原作を知る身からすると、絶対に近くにはいてほしくない。敵だった相手が味方になるという展開には憧れもある。単に憧れよりも自分の心身の健康のほうが重要なだけだ。


 ラウラの戦闘力や性格を知っているので、彼女が傍にいると心臓が痛くなってくる。


 俺自身は嫌われ者。原作ヒロインは遠ざける。このままだと、マルセルの周りには三悪人以外誰も寄り付かない環境になってしまいそうだ。専属メイドのカリーヌともまだまだ信頼関係は醸成できていない。


 せっかくの異世界転生、デブとマッチョに囲まれて終えるだなんてあんまりだと思う。何度やられても反省なく立ち上がるマルセルの神経は太くとも、俺の神経はか細いものだ。


 かつての敵を味方に、なんて逆行ものの定番も、ラウラのような原作ヒロインは心臓に悪いので願い下げ。と言いつつも、マルセルの敵、つまり主人公側の奴らは基本的に高スペックな連中が多い。


 味方にすることができれば、俺の生存確率は飛躍的に上昇すること請け合いなんだが。


「あの、坊ちゃま? そんなに見つめられますと……」


 そんなことをグルグル考えながら美少女メイドを凝視してしまっていたら、ラウラはほのかに顔を赤らめ微かに身を捩る。はっきり言おう。超♥絶可愛い。


「見、見つめると?」

「虫唾が走ります」

「……」


 この女、メイドなのは格好だけですよ。表面上だけでも主人に尽くそうとか、そんな努力をするつもりもないらしい。ちょっとラウラさん、一応仮にも雇用主に対してあんまりじゃございませんかねえ?


「はあ」


 俺はため息をついた。味方に引き入れることができれば最高だが、そんな叶いそうもない理想を口にしても仕方がない。ヒロイン枠にない相手ならありかもしれない、と考えたカリーヌとの距離もまだ遠い。


「とにかく、ラウラはこれからの俺をよく見ておいてくれ。頼んだぞ?」


 俺、人生最高の決め顔(今世二度目)。


「……」


 そして返ってきたのは案の定、液体窒素も裸足で逃げ出すような冷え冷えとした視線でしたよ。


 お願いやめて。「アクロス」の第二回人気投票で投票したくらいに好きだった相手から、ここまで蔑まれた視線を向けられるのは、かなりしんどいんですけど。


「アクロス」の人気投票では一人で五人のキャラに順位付けて投票できる。俺が投票したのは枠いっぱいを使った五人。


 ストーリーの進捗具合や、時々の思い入れによって順位は変わったが、ラウラは第二回投票から常に入れている。「アクロス」のスマホゲームでは、少ない小遣いを遣り繰りしてラウラの水着イベントを手に入れたのに。


 これで転生先がマルセルでなければ「絶対に主人公のハーレム要員なんかにさせてたまるか」と意気込んでいたかもしれない。安心安全を考えるなら、マルセルの暗殺許可を持っているような人間はすぐにでもクビにしたい。


 しないのには理由がある。危険人物ほど手元に置いておく、というのがそれだ。ごめんなさい嘘です格好を付けましたなにかの漫画で読んだセリフをそのまま流しただけなんです。


 本当は彼女を解雇しても、すぐに別の人間が送られてくるだろうからだ。ラウラのことは漫画を通じて知っているけど、次の刺客が俺の知識にある人間とは限らない。


 どうせ危険なことに変わりがないのなら、少しでも知っている人間のほうがまだマシ。


 彼女からの評価は、破滅エンド回避の指標にもなるだろうしね。決め顔+サムズアップしている俺に対し、ラウラは大げさなため息をついた。


「……はぁ、かしこまりました。これまで通り、誠心誠意、公爵家にお仕えさせていただきます」


 かつてない嘘を聞いたよこの野郎!? ページ裏で「もっと苦しませてから殺すべきだった」と言ってたのを知ってるからね!? これまでのマルセルの被害者の方々の溜飲が少しでも下がるようにと、即死しないように加減をすることを誠意とでも言う気ですか!?


「できたら、俺個人にも誠意を向けてくれたら嬉しいんだけどね?」


 返ってきたのは、


「………………」


 冷たさと蔑みと侮りが色濃く混ざった視線だった。まったくもって予想通り。


 主人公アクロスに見せたような魅力的な微笑みを期待するのは、この上ない間違いだったということだ。誰か、優遇してくれとは言わないから、せめて等価交換で相手してくれないかなあ。


 後日、シルフィードとクライブから別々に同じものが届いた。王都で人気という育毛剤が。


「うがぁっ! いらん気を使うなよ!」


 気苦労が絶えなくなると、無性に体を動かしたくなるのは一体、どういう理屈なのだろうか。


「アクロス」はスマホ向けにも家庭用ゲーム機向けにもゲーム化されている。スマホ向けは史上最速で二千万ダウロード突破とかCMで言ってたっけな。


 俺にとって重要なのは、どれだけヒットしたかではなく、どっちのゲームでもマルセルは使用キャラにはならなかった点だ。


 こんな不人気キャラをプレイしたがるユーザーがいるはずないのは当然として、困るのはマルセルの身体能力を把握できないことにある。


 主人公アクロスのような人気キャラなら、ゲーム上の動きを見て、できることや能力を把握することもできるのに、マルセルだとそうはいかない。


 派手にフッ飛ばされる演出ばかりだし、原作での戦闘シーンは魔法か他力本願。


 身体能力の確認と向上は、自分自身で体を動かす必要がある。


 ストレス発散も兼ねて、俺は森の中に足を運ぶ。森と言っても遠出をする必要まではない。バトル漫画を原作としているためか、都市の近くには訓練に適した広場や森が点在しているのだ。

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