第百十八話 無事に試験が始まる
どうしよう、元々はこの二人は途中で撒くつもりだった。撒くことができなくても、適当な理由を付けて遠ざけておこうと考えていた。
例えば課題に対する競争でも持ち掛けて、誰が課題を班内で一番早く達成できるか、という方向に話を持っていこうなどと考えていた。
俺の活動も知っているし、俺の活動にも肯定的だ。戦力的にも頼りになる。エトルタにも言ったことだが、後ろから斬りつけてくるような真似はしないと思う。
ただしそれは、相手がルーニー伯爵に限れば、の話だ。人身売買に手を染めるルーニー伯爵らを潰すだけなら、二人に協力を頼んでもよい。むしろ積極的に手伝ってくれそうまである。
今回はエトルタ、エルフ族のエトルタがかかわっている。俺にしたところで、獣人がいたから信用してくれたのだ。アディーン様と対話できることも信頼材料の一つだとは思う。
俺自身への信頼度がどれだけ育っているのかと考えると、それなりに使える協力者、ではあっても、全幅の信頼には程遠いことは確実。
エトルタは構わないと言っていたし、この言葉に嘘はないと思う。しかし他のエルフ族はどうだろうか。如何にエトルタが了承したにしても、すんなりと受け入れるとは考え難い。
サンバルカンの名前だけでもあれだけ警戒されるのだ。悪徳貴族と名高い両家の人間を連れていったりすればどうなるか。
信じてくれそうにないし、信じてもらえるよう説得するのも時間の無駄だ。まだまだ不十分など信頼など、木っ端微塵に吹き飛ぶこと間違いない。
加えてエドワード、黄昏の獣たちが盛大にかかわっている。俺やエトルタ、解放の戦士たちと相対することになる。
好色なエドワードなら、寧ろ積極的にエトルタに近付いても来るだろう。
サラザールはとてもとても手に負える相手ではないので近付かない、が《スレイヤーソード》に後れを取ったクライブが戦いたがる可能性がある。現時点でのクライブでは、秒で赤いシミになって終わりだ。
エドワードは肉弾戦もこなすが、魔眼を使っての搦手の戦い方が主で、毒使いのフィエロも遠距離戦型だし、単純な戦い方のクライブとは相性が悪い。シルフィードは人形を押収されて、絶賛戦力ダウン中。
二人とも協力は得られるだろうが、足手まといになりかねない。それに戦力としてはともかく、二人には頼みたいこともあった。どう切り出すか。
「いや、その」
今がタイミングだろうか、別の機会にするべきか。どうすべきか考えていると、シルフィードがポン、と腹を叩いた。
「ぶふぅ、どうやらなにかしらの事情がある様子。しかも我らには話せない類、の」
「シルフィード氏もそう思うでおじゃる? 試験官、いやこの場合は役人というべきかな、役人と示し合わせていることから考えて、なにか、こう、少なくとも試験の枠を超えて動いているだろうことは想像つくでおじゃるのだが」
「加えて出かけ際にあったアリア嬢からの、気を付けて動け、との言葉を合わせて考えると、マルセル殿の影の活動……亜人解放が関係している、か。あるいは」
「例の《スレイヤーソード》のような連中が絡んでいる可能性は考えられるでおじゃるな」
となると、とシルフィードが贅肉の多い顎をタプタプさせる。思案を巡らしている様子だ。
「試験中、僕は人形が使えない」
「麿の筋肉は隠密には向いておらんでおじゃるし」
「我らがご一緒するわけにはいかんか。マルセル殿が単独で動けるよう、配慮すべきかな」
「……」
本当に何なの、こいつら。スペックが高いことはわかっていたが、ここまで頭が回るなんて聞いてないぞ。しかも、こっちの事情を汲んでくれるとは。
「で、よろしいでおじゃるか、マルセル氏?」
「ぁ、ああ、ありがとう」
「ほっほ、して、マルセル氏は直ぐに動くつもりでおじゃるかな?」
そのつもりだ。のんびりしていいことはなにもない。何なら今すぐ走り出すつもりまである。俺の首肯に、二人もまた頷いた。
「では、せめて人気の少なくところまでは、共に走るとするでおじゃるよ。その後はマルセル氏はやるべきことを成すため、別行動となる、と。麿たちはどうするでおじゃる?」
「ぶひ、試験終わりまでどこかで時間を潰すよ。他国の優秀な生徒たちと戦う機会もあるだろうしね」
「ほ、それは確かに。麿の鍛え直した筋肉も暴れたがっておるしな」
理解が早く、懐の深い二人には感謝する他ない。
人気の少ないところ、と言ってすぐに思い浮かんだのは、閑古鳥が鳴いていた冒険者ギルドだ。向こうからすれば不本意だろうが、紛れもない事実。
冒険者ギルド方面にまでは三人固まって移動しよう。周囲に注意を向けると、課題を受け取った他の試験参加者らも動き始めている。
走り出すものがもっとも多く、「急げ急げ」だの「あの家の班には負けるなよ」だの、威勢と勢いの良いセリフが溢れている。
目を引くのはやはり、主人公の班だろうか。主人公は腕まくりをして無駄に張り切っているし、ライバルも婚約者も静かな闘志を滾らせている。ニコルは緊張で表情が硬い。
主人公たちはどうでもいいが、ニコルには是非とも合格してほしいものだ。
「ほ、ではマルセル氏と別れた後は、影ながらニコル嬢をサポートさせてもらうでおじゃるかな」
「筋肉が溢れてバレないようにね」
自分で口にして意味がわからない。
ヒヤリ、とした感触に首筋を撫でられた。思わず振り向てしまいそうになるのを堪え、気付かないふりに徹する。巨大な蛇が細長い舌を動かす映像が、俺のすぐ後ろに浮かんでいる感じ。
発信源はエドワードたち、いや、サラザールだ。
エドワードもこちらを見ているが、エドワードの視線は敵意が強い。壮行会で邪魔されたことを根に持っていることが明らかで、機会があれば報復をしようとでも考えていることがうかがえる。正直、予想内だ。
エドワードの反応や行動は、原作を知っている身からは予想しやすい。凶暴で凶悪な男ではあっても、行動パターンはシンプルなほうだ。こんな場所で魔眼を使ってくる可能性も低いし、警戒レベルをそこまで上げる必要はない。
サラザールは別だ。
原作では登場しなかった従騎士試験に参加しているなんて、それだけでも不安要素が増えて嫌なのに、どうして俺に向かって興味とか関心を向けてくるんだよ。
近付きたくもないし、近付いてきてほしくもない。
原作通りの展開なら、エドワードとルーニーの接触は試験終盤になる。余裕と油断を併せ持ったエドワードが、他の試験参加者を嬲ることに集中するからだ。
嬲る相手の中に主人公の班があって、衝突へと発展していくのである。
この展開通りになると想定した上でなら、ルーニー伯爵襲撃は試験前半、それも開始直後くらいに電撃的に行うことが望ましい。
エトルタも徒に時間をかけて様子を見るような真似はしないだろうし、早い分だけエドワードたちとの接触が減る可能性があるというものだ。
単独行動=各個撃破されるリスクはあるが、今更、どうしようもない。腹をくくるとしよう。
「ぶひ、彼女となにか因縁があるのかい?」
「なにもないよ。壮行会が初対面だから」
話しかけてきたシルフィードも、サラザールに視線を向けていない。危険度の高さを察しているのだろうか。
「その割には、関心を惹いているね。壮行会の一件が尾を引いているのかな」
「素直に謝罪しておけばよかったかな」
したところで状況が変わるとは思えないが。
出発間際、ニコルが手を振ってくれたのが嬉しかった。クライブの顔が蕩けたのは気持ち悪かったが、偶になら、まあ、許容できる。
ストックが尽きたので、しばらく投稿は止まります。
再開したら、またよろしくお願いします。




