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第十六話 変わった?

「シルフィード君、まず奴隷を扱うのはきっぱりやめるんだ」

「ぶひぃっ!?」


 驚き方が「ぶひぃっ!?」てどうなんだよ!


 繰り返すがこの世界には奴隷が存在する。奴隷推進派、反対派、中立派が存在し、シルフィードは家の影響もあって中立派寄りの推進派だ。現マーチ侯爵自身は完全な推進派である。


「よく考えるんだ。奴隷にはリスクが付きまとう。反対派の中には過激な手段に出る奴もいるから、警備のためにも費用が掛かる。だろ?」

「ぶひ、奴隷を見張るための人手、管理するための人手、奴隷に与える食料も、奴隷を置いておく場所も必要だよ」

「だろ? それに奴隷には獣人が多い。奴隷を扱うことは獣人から憎悪の対象になる。つまり獣人相手の商売ができなくなるってことだ」


 獣人は亜人とも呼ばれ、犬人や猫人や熊人などの様々な種族がいる。翻っていわゆる普通の人間は元人を自称して、真の人間は自分たちだけだと主張していた。


 当然、元人は獣人に対し差別感情を持ち、獣人も元人を毛嫌いしている。獣人国とは戦争も起きているほどだ。それでも互いを除いての経済活動では効率が悪く、本音はどうであれ、表面的には友好的に振る舞って商売をしているものも多くいる。


 ただし獣人を奴隷とするような奴と取引をしたがる獣人がいるはずもなく、マーチ侯爵家も獣人との取引はできないでいた。


「言いたいことはわかるが、我が家は奴隷賛成派なんだぞ? 父上は賛成派どころか積極推進派だ」


 賛成派のシルフィードなんか、取引以前に殺害対象である。


「今ならまだ間に合う。侯爵家自体は確かに賛成派だが、君自身は奴隷売買にはまだ手を出していないだろ」


 商才の有無にかかわらず、こんな年齢で奴隷売買に関わっているようなら、この国もおしまいだ。ニューマルセルとしても、全力でシルフィードとの関係を断ち切る方向に舵を取る。


「ぶひ、試しに買おうと思ったことはあったが、母上に止められた。次の誕生日まで待て、と」


 ナイス、母上。顔も知らないけど、とにかくナイス。


「だったらチャンスはある。獣人の総数は俺たちとほぼ同じだ。奴隷売買に手を染めるということは、世界の半分の市場をむざむざと捨てることになる。これが商人としてどれだけ愚かなことかはわかるな?」

「わかることはわかるが」

「が、じゃない。わかると言い切れ。それがシルフィード君の未来に利益を生み出す」

「それはどういう」

「シルフィード君は、近々、領地を与えられるんじゃないのか?」

「ぶひ!? ななななぜそれを!?」


 ページの合間にある裏設定に書いてあるからね。


「いや、シルフィード君の学力を考えれば、君の弟さんが黙っていないんじゃないかと常々思っていたからなんだが」

「ぶふぅ、なんという洞察力……正直、感服した」


 カンニング、しかも漫画で得たものを褒められるのは凄まじく妙な気分だ。


 漫画情報では、そう遠くないうちに、シルフィードは侯爵領の一部を与えられることになる。シルフィードは妾の子で、正妻も男子を生んでいる。数か月違いの弟なのだが、父の侯爵はこの弟を溺愛していた。


 見た目とは裏腹に学問に長けているシルフィードを忌避したこの弟が、父のマーチ侯爵に働きかけた結果、シルフィードは本宅を追い出されるのである。


 現侯爵としても、魔法も使えず、人形制作にのめり込むシルフィードを家の恥と捉えていて、幸いとばかりに動いたのだ。


 領地を与えてでも、本家から遠ざけたかったわけだ。領地経営で成功すれば、後に侯爵領に併合する。逆に失敗すれば、責任を負わせる形で家の管理下に置く。


 侯爵が商売を手伝わせるのも、金儲けよりも失点探し&失点作りの側面がある。


 原作でのシルフィードが事情をどこまで把握していたかはわからない。だが侯爵の商売にかかわりながらも、独立するために様々な事業や研究に手を出す。一つが「生命を弄ぶ」ことだったのだから、救いようがない。


 でも今ならまだ間に合う。


「そこで君はマーチ侯爵家とは違うとアピールするんだ。人種にかかわらず広く人材を受け入れることで、君の商会は大きく発展するだろう」

「僕の、商会」


 原作のシルフィードは、家の金を使って商売をしていたため、実家からの影響力を排除しきれなかった。奴隷売買にどっぷり浸かっていったのは、このあたりの事情も関係していると思う。本人の資質や性格が一番大きい要素ではあったにせよ。


「ぶふぅーむ、僕の商会、か」


 シルフィードもまた、首との境目を失った顎に手を当てて考え込む。


 うんうん、二人とも日の当たる道を歩いていくんだよ。人様から後ろ指差されるようなアウトローな生き方だけは決してしないようにね。


 原作での盟友たちを少しでも正しい道に導くことができたと信じつつ、二人の少年を見送る。


 どんな相手であれ、友人というのはありがたいものだ。他に見舞いがないから殊の外、そう思う。


「坊ちゃまは、本当に変わられましたね」

(ひぃぃいいいいっ!?)


 背筋に氷の杭が突き入れられた感じがした。足音も気配もなく、いつの間にか俺の背後には公爵家に仕える美少女メイド、ラウラが立っていた。


 公爵家使用人の彼女がここにいることに大した驚きはない。それよりも気になることが一つ。なぜラウラが俺の部屋にいるかだ。専属メイドのカリーヌはどうしたのだろうか。


「カリーヌは用事を命じられ不在ですので、その間は私が坊ちゃまのお世話をさせていただきます」

「そ、そうか」


 俺に向けられる、俺を心配しつつもどうにか落ち着かせようと浮かべられた穏やかなはずの笑みが、万を超える鋭利な刃物に見える。


 彼女は俺が目覚めて最初に目にしたこの世界の人間であり、親父殿から庇ってくれもした。


 一見すると味方のようにも思え、しかし一ファンの知識として、またやり直しを経たことから、決してそうでないと身をもって知っている。


 く、いくら混乱していたからといっても、こんな危険人物、どうして最初に見たときに思い出さなかったんだ。マルセルからしたら、もしかすると主人公アクロスよりも危険な相手だぞ。


「坊ちゃま?」

「いいいいいや何でもない何でもないんだ」


 まさか使用人たちの間で取り決めをしているわけでもないだろうけど、専属メイドのカリーヌが不在のときは、ラウラがマルセルの傍にいることが多くなっている。


 くそ、この女に近くに来てほしくないからカリーヌを専属にしたって面もあるのに。


 悪態をその場で飲み込む。いやカリーヌにだって他に仕事があるのなら仕方ない。カリーヌを責めたりはしない。俺は心の広い主なのだから。


 そういえば、このラウラは以前から俺の世話につけられることが多かった。まさか使用人たちの間で取り決めをしているわけでもないだろうけど、ラウラばっかりが来るって、別にイジメとかじゃないよね?


 誰も引き受け手がいないから、若いラウラに俺を押し付けているってことはないよね? もしそうなら俺は落ち込むぞ。泣くぞ。滂沱の涙で湖を作ってやるからな。


「あの、坊ちゃま? その、髪の毛は」

「はぅぁ!?」


 思わず頭に手をやる。拍子に更に髪の毛が抜けた。ハラハラと、ではなく、どっさりだ。


「ぴぃぃいいぇぇええぇぇっ!?」

「坊ちゃま、大丈夫ですか!?」

「なな何でもないと言ってるだろぉ! ななななんだ!? なにか俺の発言に疑わしい点でもあるのか? あるわけないよな? そう、あるわけがないんだよ! なぜなら本当に何でもないのだから!」


 だからラウラ、できるならお前は俺の近くに寄らないでくれ。お前が近くにいるだけで全身の肌が粟立つし、動悸が激しくなるし、呼吸は乱れるし、髪の毛が抜けていくんだよ!?


「は、はぁ」


 狂乱気味に返したのが気に食わなかったのか、ラウラは微かに目を細め、細めた目には凍気を振りまく霜が降りていた。顔は笑顔のままで、怜悧な気配だけが鋭くなる。


 以前の、根拠のない自信に満ち溢れ、周りのことなど顧みることのなかったマルセルなら気付くことすらなかったに違いない。


 だが今は違う。ラウラの正体も知っているし、技倆も知っている。

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