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第百十二話 じゅうぅ~~~

「おや、シルフィード氏ではおじゃらんか?」

「そういう君はクライブ殿」


 マルセルが休日を満喫している頃、シルフィードとクライブも思い思いに休日を過ごしていた。


 クライブは高タンパクに主眼を置いた朝食の後、宿舎に備え付けられているトレーニングルームで汗を流した。


 十字懸垂でウォーミングアップをし、四百キロになるバーベルを上げ、他にも部位毎に沿った筋トレを片付ける。


 他の利用者がドン引いて、プログラムが終わるかなり前に、トレーニングルームにいるのはクライブ一人となっていた。


 筋トレ終了後は外に出て、ランニングパンツにタンクトップという格好で二十キロを走る。巨大な筋肉は、この格好ではより迫力を増す。


 周囲の注目を集めたことで気を良くしたクライブは、広場の真ん中でモストマスキュラーポーズを決めて、タンクトップを弾き飛ばして見せた。


 拍手が来るかと思いきや、来たのは通報を受けた官憲だったため、クライブは慌てて逃げ出し、途中の露店でシャツを買い、逃げ切ったところで、シルフィードと合流したのである。


 シルフィードはシルフィードで、王都内を歩いていた。


 常日頃から腰やら膝やら股関節やらに痛みを抱えることに加え、イヴリルとリンジーから肥満を指摘され続けたことで、ようやく運動を習慣化することに成功していた。


 背筋を伸ばし、腕を大きく振り、踵でしっかりと着地する。痛めては意味がないので、サポーターでの保護も抜かりない。


 五キロを歩いて、市民が利用する公園に辿り着く。芝生の上で座り、四苦八苦しながらマルセルから教わった座禅をして、魔力操作の練習を行う。


 魔法を使えないシルフィードだが、この習慣を欠かしたことは生涯で一度もない。


 周囲の、一般人のみならず、公園を警備する兵士らもが思わず足を止めて注目するほどに見事なコントロールを見せ、もう一度、ウォーキングに戻る。


 持っていた水を飲み干していたシルフィードは、途中で雰囲気の良い料理屋に入り、店員が拒否したテラス席に座ろうとしたところで、クライブと出会ったのであった。


 時刻は正午まであと一時間ばかり。午前のティータイムを取るのに、まさに頃合いといったところ。


 体型以外は貴族としての優雅さを忘れていないシルフィードは、香りを楽しむという文化を心得ている。広いテーブルの上には、レイランド王室御用達の陶磁器で作られたティーセットが並び、有料で楽しむことができる優雅な音楽が流れている。


 まさに王道のティータイム。


 衆目を集めるテラス席には、お茶の香りと、


 ――――じゅうぅ~~~~~。


 焼けた肉の香りが広がっていた。


「シルフィード氏……」

「なにかな?」

「同席している身で何なのだが…………これは?」

「もちろん、お茶請けだよ」

「麿の知っているお茶請けの概念と違うでおじゃるが!?」


 クライブの叫びは、シルフィードを除くこの場全員の叫びである。


「普通、お茶請けというのはスコーンやクッキーだと思うでおじゃるが?」

「ハラミやモツやタン塩もいいものだよ。何なら、付け合わせのレモンでレモンティーにするといい」

「そう言われると……ティータイムで合っているでおじゃるのかな?」


 絶対に合ってないから!


 周囲から無言の叫びが立ち昇ったのは言うまでもない。厨房ではシェフなのかオーナーなのか、壮年男性が天を仰いでいた。ウェイターもこめかみを押さえている。


 このウェイターは、シルフィードがテラス席を希望したとき、断った経緯がある。別に他の利用客がいるわけでもないのに、予約がどうのと言ってテラス席を使わせようとしなかったのだ。


 最近のシルフィードならここで引くのだが、今回はワガママ貴族だったかつてのように、テラス席を強引に要求した。


 理由が透けて見えたので不愉快になったのだ。


 テラス席は大通りに面している。従騎士試験開催中の今は、一年でもっとも人通りの多い時期だ。テラス席には見目麗しい美女の客を座らせて、店の宣伝に一役買ってもらおうというのである。シルフィードのようなデブなオークもどきに陣取られては、宣伝どころか甚だしいイメージダウンになるではないか。


 はっきりと言葉にしたわけではなかったが、表情や態度の端々に、店側の思惑が透けて見えていた。見目による差別的な扱いに、シルフィードの堪忍袋は緒が切れるどころか、遥か彼方に飛んでいく。


 肉食の豚のような笑顔を満面に張り付かせ、しかし身分や財力を振り回しはしなかった。あくまでも冷静に、丁寧に、微かに立場をちらつかせながら、道理を説明する。


 テラス席に予約の札も立っていないこと。予約客は知り合いである可能性があるから、こちらから連絡を入れる考えがあること。


 万が一にも、予約がないにもかかわらず、正当な理由がないにもかかわらず、テラス席の利用を拒絶するような差別的侮辱的な対応を取ったのならば、厳正な法的対応で応じること。


 これらを並べたのだ。ついでに、レイランド王国の法執行機関には顔が利くことをそれとなく匂わせておく。


 顔色を変えた店側は、過剰な謝罪をした上で、テラス席を開放したのである。いる、と言っていた予約客については、「たった今、キャンセルの連絡があった」とのことだ。


 ここまでは、まあ、ともかくとして。


 注文した料理がまさか焼肉になろうとは。魔聖ダリュクスとて思うまい。


 店の人間が今にも泣き出しそうな顔をして、ワゴンに乗せて肉を運んでいたが、シルフィードは特に気にしていなかった。やり込めたことすらさっさと忘れて、腹を満たすことだけ考えていた。


 この店は肉料理も提供しているのだから、雰囲気に馴染まないとは限らない。店のスタッフがそう思い込むことにしたことを、やはりシルフィードは気にしていなかった。


「ところでクライブ殿、トレーニングは終わったのかな?」じゅうう~~。

「ふむ、午前のノルマは終わったでおじゃる。午後は……どうするでおじゃるかな」じゅぅ~。

「朝食前には、ニコル嬢に会いに行くと言っていたような気が?」じゅううぅ~。

「ぐふぉ……それ、はでおじゃるな」じゅ~~~~。


 肉を焼きつつ、クライブは顔を伏せた。


 確かに起床時にはそう思っていた。朝食後も決意に揺らぎはなかった。筋トレ中に揺らぎ始め、走っている最中にはすっかり考えを変えていた。


 曰く、大事な試験前に余計な負担をかけるべきではない、というわけである。


 結論を導き出したクライブの大きな肩は、元気なくしぼんでいた。


「そういうわけなわけね。確かに今はニコル嬢も試験に集中したいであろうから、クライブ殿の判断は決して間違っていないと思うよ。戦略と決断は重要」じゅうう~~。

「そ、そうでおじゃるよな!? うむ、麿は決して間違っていない! ありがとう、シルフィード氏!」じゅぅぅ~

「どのような決断にも多大な労力が必要なるもの。ささ、まずは腹ごしらえと行こう。おっと、そこは野菜のエリアでお願いするよ」じゅうぅぅ~。

「確かタン塩は別の網で焼くのが良かったでおじゃるかな? いや、シルフィード氏はこんなに肉を食べていいでおじゃるか? 妹御に怒られるのでは?」じゅぅう~。

「うぐ!」じゅう~。


 まこと手痛い指摘である。指摘であるが、シルフィードにはこの機会を逃すなんて考えはなかった。


 ダイエットに本格的に取り組み始めたとはいえ、イヴリルとリンジーの監視の目は想像以上で、シルフィードの食事事情は厳しく管理されていた。脂質にしろ糖質にしろ、グラム単位の計算を示されるのだ。


 健康のために痩せようと決めたはずが、ストレスが強くなっている感が増している。


「これは、チートデイというものだよ、うん」


 自分自身に免罪符を与えることに、シルフィードはとっくに成功していた。

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